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序章 1

※主人公のみの。独白に近いです。

私、キーア・シャッテンは前世の記憶を持っている。


その事に気が付いたのは六歳になったばかりの頃だった。

始めはただの不思議な夢が続いているとばかり思っていた。

夢の中の私はニホンという国に生まれ、アパートという集合住宅に住み、学校と呼ばれる場所へ勉強をしに行く日々を過ごしていた。

見たこともない食べ物や服装、身の回りの便利な品物、知らないはずなのにその名前や使い方がわかるのは夢だからなのだとその時の私は疑問すら抱いていなかった。


そんな夢が一年程続いたある時、ふと気が付いた。

夢の中の私も“私”なのだと。

名前も違う。年も違う。髪の色も瞳の色も肌の色も違う。家族構成も違う。

だけど、根本が同じだった。


夢の中の私は友達と呼べる人がいなかった。

それどころか知り合いと呼べる人もほとんどいなかった。

一方的な知り合いは、いる。

だけど相手は夢の中の私を知らないのだ。

いや、知らないというよりは記憶に残っていない。忘れられていると言った方が正しいのかもしれない。


夢の中の私もその存在自体が酷く薄いのだ。

登校しクラスへ入り「おはよう」と声を掛けても誰も気づかないのは勿論、廊下の端を歩いているのに前から来た人とぶつかる、出席をとる教師ですら点呼を取り忘れる、班分けの際に余っているにも関わらず話を進められる、声を上げているのに気づいて貰えない。…挙げればきりがない程のエピソードがある。


当然、現在の私キーア・シャッテンも存在が薄い。それはもう、とても薄い。

シャッテン家は小さな領地を所有している男爵家だ。

豊かとは言い難いが貧窮しているとも言い難い、そんな経済状況の男爵家は当主である父、男爵夫人である母、長女である私、そして一つ下の妹、それから執事や侍女等の使用人数名が一つの屋敷で生活をしている。


大所帯ではないものの、これだけの人数が生活しているのにも関わらず、私の存在は夢の中と同様に忘れられるのだ。

朝起こしに来るはずである侍女がまず来ない。

寝ていても仕方がないので自分で起きて服を着替え、食堂へ行くも食事は既に片付けられた後。

これは朝も昼も夜も同じであり、食事中であっても当然の様に私の食事は用意されていない。

そして食堂に入っても誰も気づかない。声を掛けても気づいてくれない。

仕方なく使用人たちの食事スペースへ行き余っている食事を一人で静かに食べる。

ベットメイキングも洗濯も掃除も大抵忘れられるので自分で出来る事はして、洗濯は他の物に紛れ込ませ、乾いた物は自分で取りに行き、畳んでしまう。

服のサイズは小さくなってきたと思ったら両親へ何度か催促すると、仕立て屋がやってきて妹の服を作るのと同時に私の服も作ってくれる。

簡単な読み書きやマナー等を教えてくれる教師も来るのを忘れる、来ても何故か妹の勉強を見るといった具合だ。


今にして思えば良く六歳まで無事に成長できたなと感心してしまう。

だが夢が夢ではなく、前世の記憶なのだと理解し納得してしまった私は愕然とする。

折角、貴族として生まれ変わったのにまた、こうなのかと。

また友人も知人もできず、認識すらされない人生を送るしかないのか、と。


前世では特に容姿が悪い訳でも、声が小さい訳でも、嫌われていた訳でもなかった。と、思う。

性格に関しては無口、内向的、消極的、といったマイナスイメージの言葉ばかりならんでしまうけどもそれも仕方がないと思う。

何せ話しかけようとしても三度四度声を掛けてからじゃないと会話が始まらない上に時間をおくと何度も自己紹介から始めないといけないのだ。

保育園の時に勇気を振り絞って声を掛けて友達になっても次の日には「だれ?」から始まり、また友達になってもその翌日にはまた「だれ?」となる。 

いくら幼いと言ってもそれが何回、何十回と続けば理解する。

『わたしにともだちはできない』と。

理解して諦めたら後はただ独りで過ごすだけの日々だ。

それでも小学校へ入りもう一度頑張ってみようと声を掛けてみるも結果は同じ。

からかわれている訳でもなく、悪意がある訳でもない。でも、どうしても忘れられてしまう。

友達が欲しかった。おしゃべりして笑い合ってる子たちが羨ましかった。一緒に遊んでみたっかた。

だけど、どうしようもなかった。

親に言っても相手がふざけているだけでしょう?と真剣に取り合ってはくれないし、教師も同じ。

ただただ、空気の様に時間が過ぎていくのを待つだけだった。

救いとしてはネットという逃げ場があった事ぐらいだろうか。

不思議な事に掲示板への書き込みやチャット等、文字を介すると私の存在を認識してもらえた。

だからどうにか改善させようと掲示板などで相談して、発声練習を勉強してみたり、派手な色の服を着てみたり、化粧をしてみたりと色々試してみたが、効果は得られないまま私はなんとか大学生になった。

しかし問題はその後。就職活動でその存在のなさから面接に落ちまくってニートへとまっしぐらだった。


前世の記憶は所々抜け落ちている様で死因は覚えていない。

自宅で死んでいたら私の事を認識してくれていた母が見つけてくれるはずだけど、外で死んでいたとすると…誰にも気づかれないまま腐乱死体、あるいは白骨化するまで放置、最悪、遺体はあるのに行方不明で処理され、忘れされる可能性だってある。


死後とはいえ自分の体が目も当てられない状態になっているのは嫌だ。考えない様にしておこう。

頭を振り、前世の事はとりあえず横に置いておく。


前世の母には親不幸のままで申し訳ないが、終わった人生よりもこれからの人生が大事だ。

存在が薄い。その原因が分からないのではどうしようもないが、どうにかしないといけない。


貴族の結婚は成人の十五から二十までが適齢期だ。

通常であれば親が婚約者を探して子はそれに従う。

あるいは夜会等で知り合った二人が両家の合意を得て結婚する。


だが、私の場合は確実に忘れられる。

前世の親には認識されていたが、今世では認識されていない。

時々は思い出す様に声が掛るが、年に一度か二度程度だ。

正直、結婚は期待できない。

両親が辛うじて私の年齢を思い出し、婚約者を連れてきたとしても恐らく結婚相手は私の事を忘れて浮気、下手をすると重婚する可能性だってある。


何の罰ゲームなのだろう。

想像し得る未来を思い浮かべて重たい溜息を吐きだす。

下級とはいえ貴族の家系に生まれてきたのにも関わらず、未来に希望が見いだせない。

考えれば考えるほどマイナス思考に陥りそうになる。


暗い寝室で考え込んでるからいけないんだ。

気分転換に外に出よう。

そう決めると手早く服を着替え、適当に髪を整える。

鏡に映っているのは地味な少女だ。

癖のない真っ直ぐなダークブラウンの髪と灰色の瞳、病的ではないが不健康そうな白い肌、パーツ自体は悪くないのに何故か全体でみると凄く地味な顔立ちになる。

前世とは地味という共通点以外は似ても似つかないはずなのに、どうして存在が薄いという事が引き継がれているのか不思議でならない。

本日何度目かになる溜息をついてそっと部屋を出る。


既に太陽は真上に近づいているのに、今日も部屋を訪れる者は誰もいなかった。


屋敷の裏にある森の入口には周りより頭一つ飛びぬけて大きい樹がある。

盛り上がった根は腰を下ろすのに丁度よく、緑が直射日光を遮ってくれて森から吹いてくる風が気持ちが良くてキーアは大抵その樹の根元か書庫のどちらかで時間を過ごしている。

今日もその場所で厨房から持ってきたパンに残り物をはさんでサンドイッチにした昼食に噛り付き、拝借した革袋に入れた水で喉を潤す。


普段であれば書庫から持ち出した本を読みながらのんびりしているのだが、そうは言ってられない。

これからの事を考えなければならないのだ。


結婚には期待できないし、したくない。

死ぬまでこの屋敷で過ごすというのもしたくない。

本来なら私が婿を取り家を継ぐのだろうが、恐らく妹が継ぐ事になるのではないかと思う。

そうなったら追い出されはしないだろうが、かなり複雑だ。

いつの間にか食料が減っている、物が動いている、とか噂が立って幽霊と勘違いされそうだし。

…既にそう言った話が使用人の間で出ていてもおかしくはないけど…。


家を出て独りで生きて行くには色々と足らない。

お金も、知識も、力も足らない。

まだ六歳なのだから仕方がないと言えば仕方がないが、平民の子であれば六歳と言えど立派な戦力として家の仕事をしている年齢になる。

井戸がない所では朝晩の水汲みに畑仕事、家畜の世話、集落の中に自分より小さい子供がいれば親に代わって世話をして、食事の手伝い等もしている。


他の貴族令嬢と比べれば出来る事は多いが、前世の世界とは違い、ネットも電子レンジもガスコンロもヒーターも車もバスもない、科学技術が未発達なこの世界では家を出ると野たれ死ぬのが関の山だと思う。

治安も前世とは比べ物にならないほど悪く、強盗、山賊、人攫いは勿論の事、人が住む場所へは滅多に出ないが魔獣と呼ばれる存在もある。

道をただ歩いているだけでも死ぬ可能性はそれなりに高いのだ。

まぁ、他人から認識されにくい私は強盗や山賊に襲われる可能性がかなり低いというのは不幸中の幸いと言うべきか…。


科学技術の代わりにあるのは魔法だけど、普通の人が使えるのはランプに火を点ける、小さな風を起こすといったぐらいで、本格的な魔法を学ぼうと思ったら十二歳になるまで待ち、王都にある学院に入学しなければならない。

学院の入学条件としては貴族であること、または学院が優秀な人材であると認めるかのどちらかになる。

キーアは一応、貴族なので入学条件を満たしてはいるが、学院となると少し気分が重くなる。

前世の記憶、見ていた夢の大半は自宅と学校の往復で終わっていた。

それがまた、続くのかと思うと…憂鬱過ぎる。


ただ、学院で魔法の基礎を学べれば生きて行く上でかなりのプラス要素になるのは確実だ。

傭兵の中には独学や誰かに師事して実用的(戦闘用)な魔法を使える人間が時々いるそうで、そういった人間は重宝されていると聞く。

自分にそういった能力があるのか、生き方ができるのは怪しい所ではあるけども候補に入れておいてもいいかもしれない。

力のある人達の中には魔獣を狩ったり、人が滅多に足を踏み入れない秘境を旅して珍しい物を探し、持ち帰る事で生計を立てている冒険者と呼ばれる人たちも少数だけどいる…うん。いいかもしれない。


学院は十二歳で入学して十五歳で卒業する。たった三年の我慢だ。

その後は面倒事を避ける為にも貴族である事を捨てたらいい。

手っ取り早くキーア・シャッテンという貴族の娘の死を偽装すればいいのだ。

日付けを書いた遺書を残し部屋に置いて家を出る、それだけでキーア・シャッテンの消息は追えなくなる。

なぜなら家の者が遺書を発見した時には私が姿を消してから数カ月経ってからになるだろうし、学院の寮に入り三年間そのまま過ごせば、私の部屋に埃が数センチ積もるのはほぼ確実。

卒業した後に一瞬だけ寄り、遺書を置いて誰にも会わずに旅に出る。

路銀を確保できるかどうかが問題だけど、今からこっそり貯めていれば少しの間ならもつだろう。

そうと決まればキーア・シャッテンの死を撹乱する為に羊皮紙を用意しなければいけない。

九年の歳月を得て良い具合に古びた遺書が何年も使われていない部屋から出てきたとなれば面白い事になりそうだ。

笑う事も悲しむ事も泣く事も忘れ、滅多な事では動かなくなっていた表情筋が久しぶりにほんの少し、震えた気がした。

初投稿です。2016/02/28 1と2を統合。ちょこっと修正。

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