バカ犬ジロのクリスマス
「今日は、あのバカ犬、また随分と吠えてるな。もう夜中。
まったく安眠妨害、甚だしい」
エゾシカのリーダーは、フフンと鼻をならして、
道の向こうのボロボロの家を見ていた。
「直接、文句、言いに行けば?へへ。臆病だからそんな勇気もないか」
と、キタキツネがバカにしたように笑います。シカのリーダーは、キツネを蹴る
仕草でキツネを黙らせました。
「臆病というより、慎重なんだよ。君もあまり人間に近づかないほうがいいよ。
餌をくれる人ばかりじゃないからね。
それにしても、バカ犬、本当にうるさい。”誰か来て!””助けて””離して”
って繰り返してるけど、犬の側に行くのは、ごめんこうむる」
リーダーは、犬の吠え声に、安全確認にきただけでした。
火事などがないとわかると、山へ帰って行きました。
「へ、やっぱり臆病なんだな。俺は行ってみるさ。
ヤツは鎖につながれてるから、安心。からかってやってもいいしさ」
キツネは、楽しそうに バカ犬のほうへ走って行きました。
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「誰か来て、このままじゃ、ご主人、凍死する。俺が吠えたくらいじゃ
目を覚まさないんだ」
シカとキツネに”バカ犬”と笑われた犬でしたが、ジロ というちゃんとした名前があります。ジロは、北海道犬の雑種で、白い毛の中型犬です。
ただ、始終吠えてばかりなので、周りの人間からも”バカ犬”と言われてました。
ジロの飼い主は農家でした。中野 義信・更紗夫婦、小さな子供二人家族です。
北海道で農業をしに、脱サラして東京から北海道に移住してきました。
離農した民家を土地ごと買い、2年、頑張りましたが、
今年の収穫はよくなかったようです。
ジロは、アセってました。
玄関前に主人の義信さんが、バッタリ倒れてるのです。
今夜は気温は-10度近くで、空の星は凍り付いたように光ってます。
いくらジロが吠えても、隣の家は1km先。
そして、肝心の家族が、誰も出てきません。
もう、寝てしまったのでしょうか。
キツネは、おいしそうなニオイがプンプンする義信さんの側に来ました。
ジロは、より一層吠えました。
「ご主人、起きて。キツネきた。キツネ、傍によるな。」
歯をむき出して威嚇するジロでしたが、キツネは どこふく風で、
おいしそうな甘いニオイの小さな包を、義信さんが持ってるのに気づきました。
「お、これは食べるものミッケ。ごちそうっぽい。
ヤッパ、クリスマス大好きだ」
ジロはポカンとして
「クリスマスって何?おいしいものか?」
「夜が一番ながくなる頃に、クリスマスってのがあって、
家族でごちそうを食べるそうだ。願い事をすると赤い服のおじさんがかなえてくれるんだとか」
家族と聞いて、ジロは、義信さん以外の家族がいないのに気がつきました。
確かに家の中からはカスカにニオイはしますが、気配がしないんです。
奥さんと子供たちは、出かけていないと 気がついて、また吠え出しました
「助けて、助けて、誰か助けて、ご主人、起こして」
ケタたましい声にキツネも耳をタレながら、
「もう、バカ犬、うるさいな~。俺が起こしてやるよ。起きろ、馬鹿主人」
キツネの甲高い声でも無理、義信さんは、グッスリ寝てます。
「しょうがない、秘技・キツネジャンプ!」
キツネはネズミなどの小動物を捕まえるように、ジャンプして義信さんの
うつ伏せになった背中にのりました。
「う~~ん。もう少し・・」
何がもう少しなんだと首をかしげる二匹でした。
ジロは、キツネジャンプをもう一度頼みました。
報酬は、自分のエサをわけることで話しをつけて。
二度三度どキツネはジャンプをくりかえし、あともう少しのところで、
キツネのほうが、へばりました。
「ごめん、もう無理。俺、お前のご主人酒臭くて、耐えられない。
この包み、もらってくわ。いいだろう?腹減って巣穴に帰れそうもないし」
さっそく、包みの中に鼻をつっこむキツネ。中身は小さなケーキのようです。
キツネの鼻の頭に雪のようにクリームがついてました。
「今日がごちそうがあたるっていうクリスマスなら、願い事もかなうかな?」
「さあ。やってみれば?大きな声で願い事を星に向かって言うらしいぞ」
ジロは大声で夜空に叫びました。
「ご主人を助けたい、起こしてあげて」
何度も何度も大声をだし、しまいに声がかれてしまいました。
ご主人の義信さんは、さっきのキツネジャンプで少しか
少しだけ起きかけてるようでもあります。
「困った、困った。ご主人、起きて」
ジロは嗄れた声をふりしぼって、さけびました。と同時にジロをつないでいた楔が地面から抜け、
義信さんのそばに駆けつける事ができました。
「ご主人、起きて。外で寝たら凍死する」
その言葉にやっと、義信さんは目を明けました・
「ジロ~。お前だけ、待っててくれたんだ。聞いてくれ。母さんが東京に帰ってしまった。
もう戻って来ない。”離婚しましょう。あなたについていけないって”ってさ。
俺はさ、自然の豊かな北海道で子どもを育てたかったんだ。農業も夢だったし。
でも、俺一人で決めちゃったことだったからさ。”もう ついていけないって。
子どもたちもいい小学校にいれたいから、東京にいます。”って。
ジロ、わかってくれる?俺、勘違いしてたんだ。俺の夢を更紗も応援してくれると思ってた。でも彼女の夢は、子供をいい学校に入れる事しか、今、頭にないようなんだ。」
そして、義信さんはジロ相手に愚痴るとまた寝そうになったので、服を引っ張って玄関に連れて行こうとしました。やっと目が覚めた義信さん、
「わかったわかった。今、家の中に入るから」立ち上がりました・
ジロも家に入りてもらえて、その夜は、二人で過ごしました。
それから、義信さんは、「俺の息子のジロのために頑張るから」と、
前よりも一生懸命働くようになりました。
義信さんは、相変わらずの貧乏のようですけど。
ジロは、あの晩からなぜか、ご主人の言ってることがわかるようになり、
”バカ犬”の汚名を返上出来ました。