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知悉の瞳と守る者  作者: 乃木伊穂理
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知悉の瞳とベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ

「──ってことがあったんだよね」


 私はプラネタリウム室で、昨日の出来事について二人に語った。あまりの負傷に、二人が気絶してしまっていたからだ。傷は音葉の能力によってすっかり良くなったようだが、大事を取ってか、詩枝は学校を休んでいるらしい。

 私の語りを聞いて、樹は参ったという様子で苦笑した。


「マナの銃だけならまだしも、“月鎌”をコピーされてしまったのはかなりマズいね……」

「“月鎌”を参考にしたのは間違いないけど、あれはもう“クーンシルッピ”っていう新しい技だと思った方がいいんじゃないかしら……」

「……その方がいいかもしれないね。“月鎌”との相違点もかなりありそうだし」


 やはり、“エイヤ=リーサ・カタヤイネン”について語る上では、“クーンシルッピ”の話題は外せないだろう。あれを完成させられてしまうと、もう我々に勝ち目はない。なので、鎮圧するならば早い方がいいのだろうが、相手の拠点が何処にあるのかが分からない為、攻め入ることもできない。まさに万事休すの状況と言える。

 三人で抜け穴を模索していた時、不意に樹がいい意味で思考放棄をし始めた。


「悩んでいても仕方がない。どのみち、俺たちがエイヤさんより強くならないと勝てないんだから、修行あるのみだよ!」

「それじゃ、私も──」


 音葉の便乗の言葉を、樹は素早く遮った。


「それはダメだ。音葉は俺たちの最後の砦……君が動けなくなるということは、俺たちの敗北を意味すると言っても過言じゃない。……気持ちは嬉しいんだけどね」


 樹に断られ、しょんぼりとする音葉だったが、何とか納得したようだった。加えて樹は、私にも同じような発言をする。


「どうやら奴等は凪ちゃんを狙っているようだ。君も前線で戦おうとはせず、もしもの時は俺と詩枝を置いてでも逃げるんだよ?」

「分かった、前には出ないよ。でも、二人を置いて逃げるくらいなら、最期まで足掻きたいかな」

「凪の言う通りよ。私たちは大切な仲間なんだから、もしもの時は戦わせてもらうわ」

「だからそれは……ったく、二人は強いなぁ。でも、無茶だけはしないでくれよ?」


 樹は呆れるように私たちの意見に納得した。優しさ──なのかは分からないが、こういった懐の深いところが彼の魅力なのだろう。


「ところで、詩枝は大丈夫そうだった?」


 音葉の素朴な質問に、樹は言葉を濁して返答する。


「それが……ね」

「何よ、そんなに大事になってるの?」

「完敗したのがかなり心に来たようで……落ち込んでるみたいなんだ」

「なら、励ましに──って私詩枝の家知らないんだった」

「田神君は知ってるんじゃない?」

「それが、俺も知らないんだよね。何故かそのことだけは教えてくれなくてさ……」


 いつも一緒の二人だが、互いのプライベートまでは干渉していないのだろうか。スーパーの特売がどうたら……と言っていた気がするので、スーパーからそれほど離れていない場所に住んでいそうだが……


「本人が教えたくないことを無理に聞くのも野暮だし、今はそっとしておいてあげよう」

「そうね。あの子なら、すぐに元気になってくれるわよね……」

「それじゃ、今日はこの辺で解散しようか。昨日の疲れも抜けてないだろうし、二人はゆっくり身体を休めておいてね」


 そう言って、樹は慌ただしくプラネタリウム室を飛び出していった。


「それじゃ、私たちも帰りますかぁ」


 私は鞄を手に取り、立ち上がる。


「ねぇ、凪」


 音葉は立ち上がった私の制服の袖を引き、視線を自分の方へと向かせてから続きを言った。


「この前の続き……いいかな?」

「……ドーナツね」

「わ、分かってるわよバーカ!」


 音葉に手を引かれ、樹に負けず劣らずの勢いで私たちもプラネタリウム室を後にした。



 ◆



 先日訪れた例のドーナツ店は今日も大繁盛だ。値段に見合ったドーナツの味と質、それに建物の雰囲気が人を寄せ付けているのだろうか。


「んで、今日はどれにするの?」

「今日はチュロスにしよっかなー」


 定価二五〇円と、このお店にしてはお求め易い価格だが、やはり一回り程値段が高い。まさに学生の敵と言えるお店だ。味と量は保証されているので、月に一度のご褒美程度なら訪れてもいいのだろうが……


「会計済ませておくから、凪は席を探しておいてくれる? 後欲しいなら飲み物も言っておいて。後で請求するけど」

「飲み物は適当に何か頼んでおいてー。えーと、空いてる席は……」


 音葉を雑にあしらい、私は空席を探す為に店内を見渡した。どうやら空席はないらしい。だが、思わぬ人物を発見した私は、含み笑いを浮かべながらその人物のもとへと近付いた。


「“AR”ちゃんハロー♪」


 私が耳元でそう囁くと、“AR”は飛び上がるように肩を揺らした。


「ち、“知悉の瞳”!? 何であんたがここにいんのよ!!?」

「ちょっとした野暮用だよ野暮用。“AR”ちゃんは?」


 私は“AR”の許可も取らずに対面するように席に座った。


「何勝手に座ってるのよ……あたしも野暮用よ」

「またノリノリでCD視聴しに来たの?」

「ばっ──いつよそれ! いつ見てたの!?」


 昨日も思っていたのだが、この子は表情豊かで本当にからかい甲斐がある。まるで音葉のようだ。真っ赤に紅潮する姿もとても愛らしい。


「一昨日だよ。17時くらいだったかなぁ……」

「くっ、不覚だったわ……!」

「何聴いてたの? もしかしてエッチなやつ?」

「そ、そんなの聴くわけないでしょ!? ドイツのロックよ!」

「洋楽好きなんだ?」

「あたし、生まれがドイツなのよ……!」

「そうだったんだ。ようこそ日本へ」

「お迎えどうも!」


 お怒りムードだが、“AR”に感謝してもらうことができた。

 早くこの場を立ち去りたいといった風に素早くドーナツを貪り始める“AR”を私は決して逃がさない。


「食べてる姿も可愛いね“AR”ちゃん」


 吹き出しそうになるのを必死に堪え、なんとかカフェラテでドーナツを飲み込んだ“AR”は、ご立腹な様子で言う。


「あんたもうどっか行きなさいよ!」


 何処かに行こうにも空席がないのだ。ここは知り合い同士、相席をするしかない。

 一向に移動しようとしない私をしばらく見た後、“AR”は私にも聞こえるように舌打ちをした。“AR”はまた、ドーナツを口に運び始める。と、その時。


「ち、ちょっと凪!?」


 会計を済ませた音葉が私を発見し、“AR”を指差しながらそう言った。“AR”はドーナツを口の目の前で止め、ゆっくりと声のした後方を振り返る。


「ふ、ふざけんじゃないわよ……」


 動揺を見せる“AR”を無視し、私は音葉に事情を告げる。


「やっほー音葉。他に席空いてなかったんだよねー」

「席空いてなかったんだよねーじゃないわよ!! こいつは敵の勢力の人間なのよ!?」

「でも、昨日は助けてくれたじゃん? 今日も攻める気はないみたいだし……」

「はぁ、あんたのマイペースっぷりには頭が上がらないわ……」


 私の隣に座った音葉は、頭を抱えながらそう言った。


「いや、何座ってんのよ……」

「他に席空いてなかったんだよねー」


 音葉は棒読みでそう言った。かなり渋い顔をしながらも、“AR”は相席を許諾した。双方が納得したところで、音葉からの請求タイムが始まる。


「はい、チュロスとベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ」

「……は? 何それ?」

「一番高いのお願いしますって言ったらこれが出てきたの」

「いやいや、何で一番高いの頼んじゃうのさ! てかよく名前覚えられたね!」


 ……おかしい。いつもボケに回っている私が、何故か今全力でツッコんでいる。音葉の表情を見るに、どうやら彼女もこのような常軌を逸した飲み物が出てくるとは思わなかったらしい。そんな私たちの様子を“AR”は嘲笑するかのように見ている。


「あたしも頼んだことあるけど、それくっそ高いわよ」

「頼んだことあるの!? ちょっと音葉! これいくらするの!?」

「一〇五〇円だけど」


 一〇五〇円──一見そんなに高額には見えないが、これは飲み物一杯分の値段だ。ただ、入れ物は大きく、一杯分と言えど非常に飲みごたえのあるブツに仕上がっているようにも見える。とは言え、自分なら絶対にこの価格のものは注文しないだろう。

 ……不満は有れど、これは私の落ち度だ。ここは潔く支払うしかない。


「はい、一〇五〇円……」


 私は財布からお金を取り出した。お金を受け取り、音葉は満面の笑みとなる。


「一〇五〇円頂戴致しまーす♪」

「あはは! ざまあないわね間抜けな“知悉の瞳”!」

「その台詞、負けフラグなんじゃない?」

「う、うっさいわね! 次はあたしが勝ってやるんだからっ!」


 仲間同士で潰し合ってくれるのなら、それはとても喜ばしいことだ。本人は気付いていないようなので、このことはあえて黙っておき、私は呪文のような名前の飲み物が入った入れ物を手元に寄せる。


「おっ、飲むの?」


 ワクワクしている音葉を尻目に、私はストローを入れ物に突っ込んだ。とりあえず量を減らすことを最優先に考え、クリームは後回しにしてフラペチーノの方を少し飲んでしまおうという考えだ。私がストローの先端に口を付けると、音葉の顔がこちらにどんどん迫ってきた。普段ならこの子供のような仕草をゆっくりと眺めるのだが、今はただ飲みにくくなるだけだ。私は目で離れろと合図を出すが、音葉がそれに気付く様子はない。やむを得ず、私はこのままの状態でストローを吸うことにした。口の中に冷たい液体が入ってくる。その味は──


「意外にいけるね、これ……!」


 意外──と言ったが、よくよく考えてみれば、不味い組み合わせをわざわざ店側が提供するはずがなかったのだ! 私は更にフラペチーノを飲み、上に乗せられているクリームが入れ物の内側に入ったのを確認してからスプーンでそれをかき混ぜる。 フラペチーノとクリーム、トッピングのヘーゼルナッツやチョコレートソースが混ざり合い、少し白くなったフラペチーノを再びストローごしに口に入れる。


「チョコレート成分が強くなって、こっちもいい感じだよ!」


 にこやかにフラペチーノを飲む私を至近距離で見ていた音葉は、甘えた声で、


「なーぎーちゃん♪ 一口頂戴?」


 と要求してきた。

 私がこの味を独り占めしたい気持ちと、誰かと分かち合いたい気持ちとを葛藤させていると、“AR”がまたまた顔を赤らめ始めた。


「あ、あんたたち、こんな公共の場で間接キスするつもり!?」

「“AR”ちゃんはウブだなぁ。ほれ、音葉~一口あげるよぉ」


 私は、“AR”に見せびらかすように言った。私の魂胆も知らない音葉は、嬉しそうな顔をしてこう言う。


「やった♪」


 音葉は私のストローに口を付け、フラペチーノを少し飲んだ。


「あっ、確かに美味しいかも!」

「私決めたよ。次からはこれを奢ってもらうことにする!」

「待って待ってそれはダメ」


 私たちの何気ないやり取りを見ていた“AR”は、両手で口元を押さえ、信じられないものを見たかのような声で発する。


「ほ、本当にやるなんて……」


 幼い容姿をしている“AR”だが、どうやら内面もまだまだ曇ってはいないらしい。そんな彼女は、私にとって格好の餌だ。私は、紅潮する“AR”を更に煽っていく。


「あれれー? 何で“AR”ちゃんが照れてるのかなー?」


 今更だが、今日は私含めて皆テンションがおかしくなっている気がする。昨日、あんな体験をしてしまったからだろうか。

 ……理由はどうであれ、折角の機会だ。私は、“AR”との心の距離を近付ける作戦に出ることにした。


「あっ、“AR”ちゃんも飲みたいのかな? 一口だけだぞ~」


 そう言って、“AR”の側にフラペチーノを近付けると、彼女の顔は沸騰しているかのように紅さを増した。


「ば、ばばばバッカじゃないの!? 大体あたしはそれ飲んだことあるし! だから、美味しいことだって分かってるんだから!」

「ほら、皆で食べるご飯は美味しいって言うでしょ? だからこのフラペチーノは前飲んだ時よりもずっと美味しいと思うんだよね」

「えっ? そ、そうなのかしら……」


 “AR”の心が揺らぎ始めた。これは、後一押しすれば確実に落とすことができる……!


「恥ずかしがらずに飲んでみなよ。何度も買える値段じゃないんだしさぁ」

「そ、そこまで言うなら仕方ないわね……!」


 先程も感じたが、やはりこの少女は音葉とかなり似ている。何度も音葉を落としてきた私としては、ここまでやりやすい相手は居ない。


「さっきも言ったけど、一口だけだからね」

「言われなくても、あたしはそこまでがめつい人間じゃないっつーの!」


 “AR”が前屈みになり、ストローの高さまで顔を下ろした。彼女の唾を飲む音がここまで聞こえてくる。“AR”はゆっくりと口を開き、ストローをくわえ、一気にフラペチーノを飲み込んだ。


「どう? 前より美味しかった?」


 私が問いかけると、“AR”は目線を逸らしながら、


「わ、分かんなかったわよ……あんたたちのせいで……」


 と小さな声で言った。


「あっ、そうだ」


 何故かこのタイミングで、私は一つこの“召喚士”の少女に聞かねばならないことがあったことを思い出した。


「消えちゃった“召喚獣”ってさ、死んじゃってるの?」

「はぁ? そんなことになるならあたしが最後まで戦う訳ないじゃない。単に“ゲート”の中に帰っていくだけよ」

「“ゲート”って何?」

「“ゲート”は“召喚士”が“召喚獣”を保管しておく空間のことよ。マナの力で“召喚獣”の居る空間とこの世界の空間とを繋ぎ合わせるって感じかしら……って、なんであたしが敵であるあんたらにこんなことを教えないといけないのよ!?」


 彼女がチョロい人間でよかった。ともかく、これで樹との約束──とは少し違うが、私たちの疑問を晴らすことかできるようになった。どうせならば、もっと“召喚士”の根底となることを聞けばよかったと少し後悔したが、今更思ったところで仕方がない。

 私はチュロスを一口食べ、フラペチーノを飲む。そうすると、“AR”はバツの悪そうな顔で紅潮する。こうしていると、私たちは普通の女子高生にしか見えないだろう。しかし私たちは、マナというものを持っている──


「“マナの結界”……!」


 何かを感じ取ったように呟く“AR”と同時に、音葉のスマートフォンが着信を知らせる音楽を奏でる。


「樹!? 場所は何処!?」


 “AR”は頬杖をつきながらこう呟く。


「あんたたちの勢力にも優秀な“察知能力者”がいるのね」


 “察知能力者”……? 樹も詩枝も、そんな能力を持っているとは聞いたことがないが……


「そっちの勢力の“察知能力者”さんは“AR”ちゃんなの?」

「何を今更。あんたも見てたはずよ。夜の空を舞うコウモリたちをね」


 コウモリ……“大黒蠍”の時に見たあれか!

 今の発言を聞くに、あのコウモリたちも“召喚獣”ということになるのだろうか。


「と言うか、あんたの仲間は“察知能力者”の決まりも教えてくれてない訳? ま、あの様子だとあの“回復士”も知らないようだけど」


 音葉すらも知らされていないもう一人の能力者──そんな人物は本当に存在するのだろうか。もしそうなら、樹はどうしてその人物の存在を隠しているのだろうか。 居ると仮定するならば、隠された能力者は一人ではない可能性がある。校舎を一晩にして修復した人物も居るはずなのだ。逆接的観点で見ると、“察知能力者”が存在するという可能性があってもおかしくはない。謎は深まるばかりだが、こればっかりは樹本人に直接問いかけるしかないだろう。

 音葉が電話を切ると、また“AR”が口を開いた。


「今回“マナの結界”を張ったのは、あんたらのところの“月鎌”みたいよ。相手が誰なのかは知らないけど、まさかあいつの方から仕掛けるなんてね」


 詩枝は人並み以上のナイフのスキルを持っている。とは言っても、それは保険のようなものだ。能力者相手に攻撃を仕掛けていい程のものではない。側に樹が居てくれればいいのだが、電話をかける余裕があるということは、その線は薄いか……?

 とにかく、私たちは詩枝のもとへと向かう必要があるだろう。


「凪、今すぐ行くわよ!」

「ちょっと待って。ここのドーナツって持ち帰り出来たっけ?」

「店員に言ったら出来そうだけど、今はそれどころじゃないでしょ!?」


 音葉の言う通りだ。今は一刻も早く現場に向かわなければならない。

 私が諦めきれないといった表情をしていると、“AR”が天使のような台詞を言ってくれた。


「あたしが店員に頼んで包装してもらうわ。飲み物もね。ちゃんと後で持っていってやるから、現場で待ってなさい! いいわね?」

「ありがとう“AR”ちゃん! んじゃ、行きますか!」


 その言葉を合図に、私と音葉は早足で店を後にした。


「またお節介を焼いちゃったわね……」


 という“AR”の独り言を聞きながら。

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