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知悉の瞳と守る者  作者: 乃木伊穂理
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知悉の瞳と穿つ者Ⅱ

 “キャトルベルセルク”──今までの二体の“召喚獣”とは一風変わった種族のようだ。全身が漆黒の分厚い皮膚に覆われ、額からは一本の立派な角が顔を出している。筋骨隆々な体躯をしており、右手には黒曜石のように黒い三股の槍が握られていた。一見ほとんど無さそうに見えるマナもそれなりに持っているようで、何やら厄介な能力を扱うことができるらしい。

 いくらあの“エイヤ=リーサ・カタヤイネン”であろうとも、この化け物を倒すのは至難の業だろう。

 勿論、この“召喚士”が私たちの味方である保証もないので、最悪の事態も想定しなくてはならない。しかし、今のところはこちらに刃を向けるつもりはないらしい。


「あら、間抜けなハーゼちゃんじゃありませんか。二度も失敗したくせに、今更何を言っているんですの?」


 ハーゼと呼ばれる少女は、眉間に皺を寄せながらエイヤにこう言い返す。


「あんたこそ何上から物言ってんの? あたしがあの槍を使わせたからあんたが今そこに立っていられるってことを忘れるんじゃないわよ」

「上から物を言っているのはハーゼちゃんの方でしょう? 悔しかったら下に降りてきてみなさいな」

「人の名前も覚えられないような奴と同じ目線で話すことなんてないわ」

「そうですか。で、“AR”……でしたっけ? 貴女がわたくしに、一体何の用ですの?」

「まだあんたの出る幕じゃないって言ってんの! 分かったらさっさと帰りなさい!」

「『二度あることは三度ある』──この国のことわざにはこんなものがあるらしいですわ。今の貴女にぴったりな言葉ですわね」

「どうやら退く気はないみたいね……なら、死ぬ覚悟はしておきなさいよ?」


 どうやら話は終わったようだ。“AR”という少女が、こちらに振り返り、


「“知悉の瞳”、あんたを連れていくのはこのあたしよ。今回は助けてあげるけど、次は無いと思うことね!」


 と言った。

 更に続けて、


「そういう訳だから、そこの死にかけ二人を回復させて、とっとと逃げなさい!」


 と、恐らく音葉に向かってそう言った。

 頼りない小さな背中だが、それが今の私にはとても頼もしいものに見えた。


「貴女、何を言っているんですの!? せっかくわたくしがここまで追い詰めたというのに、また状況を振り出しに戻す気ですか!?」

「あんたのやり方は癪に障るのよ! その腐った性格、あたしが叩き直してあげる!」


 “AR”の声と共鳴するかのように、“キャトルベルセルク”の身体が動き始めた。大きな身体を活かした前進で、一気にエイヤとの距離を詰める。当然エイヤもその場に立ち尽くすような真似はせずに、ピョンピョンと後ろへ飛び退く。そして、両手に持つ小銃から大量の銃弾を撃ち放った。銃弾は全て“キャトルベルセルク”の足に命中したが、効いていないのか、彼はまったく仰け反らない。魔方陣からの銃弾も同様だ。


「くっ、火力が足りないか……」


 そう呟きながらも、エイヤは発砲を続ける。


「無様ねフィンランドの貴族さん。所詮貴女の力はこの程度なのよ!」


 銃弾には一切興味がないと言わんばかりに、“キャトルベルセルク”が両手で三股の槍をエイヤに向かって降り下ろす。巨体からは想像もつかない速さだが、それでもエイヤを捉えることはできていない。

 この行動により、三股の槍を降り下ろした“キャトルベルセルク”の身体は少し前屈みとなった。これをエイヤは見逃さない。

 “キャトルベルセルク”が前屈みになるということは、どういう仕組みなのかは分からないが、涼しい顔で肩の上に座っている“AR”とエイヤの距離が近くなるということだ。これをエイヤは狙っていたらしい。エイヤは生身の人間である“AR”に向かって弾丸を乱射した。いくら硬い皮膚をもつ“召喚獣”が居ても、本体である“召喚士”を狙われては意味がない。三股の槍を降り下ろした直後の“キャトルベルセルク”に、“AR”を守る為の行動をする猶予はない。勝負あった──ここにいる誰もがそう思っただろう。だが、“召喚士”の身体が穿たれることはなかった。


「そんなバカな!? あり得ませんわ!」


 エイヤがそう思うのも無理はない。私と“召喚士”、それに“キャトルベルセルク”しか、この“召喚獣”のマナの使い道を知っている者は居ないからだ。


「“反射の延長線”──」


 “キャトルベルセルク”にも、人間と同様に反射神経というものが備わっている。恐らく後一秒エイヤの発砲が遅れていたら、彼の手がエイヤの銃弾の前に立ち塞がっていただろう。だが、“キャトルベルセルク”の手は間に合わなかった。彼の反射神経では、それを対処することができなかったからだ。そこで活躍するのがこの“反射の延長線”だ。“キャトルベルセルク”は、どちらかというと守りに特化した“召喚獣”のようで、攻撃には一切マナを使うことができないらしい。だが、これは逆に言えば、守りに全てのマナを使うことが出来るということだ。“反射の延長線”もその内の一つで、これは、“キャトルベルセルク”が反応できない攻撃、そもそも彼が気付いていない攻撃から彼とその“召喚士” を守るという働きをするらしい。外敵からの攻撃を防ぐ為の最小限のマナしか消費せず、しかも自動的に発動するというまさに“召喚士”の側に置きたい“召喚獣”ランキング第一位の“召喚獣”と言える。

 そんな“召喚獣”を平然と操る“AR”は、興奮を抑えきれないといった様子でエイヤを嘲笑った。


「ざまあないわね間抜けなルミウッコ! あたしたちに隙なんてものはないわ!」


 悔しそうに“AR”を睨み付けるエイヤだったが、何かに気が付いたのか、突然にやけ始め、こう言った。


「先程貴女は『あたしがあの槍を使わせたから今そこにあんたが立っていられるということを忘れるな』と言いましたわよね?」

「……それが何だって言うのよ」

「まったくもってその通りですわ。わたくしにはあの槍を防ぎきる力はありませんもの」

「……何が言いたいの?」

「ふふっ……貴女はこれから、貴女の召喚獣にあの槍を使わせたことを後悔することになりますわ」

「ふーん……やれるものならやってみなさいよ。この子にダメージを負わせられるのならね」

「……では、お望み通りに」


 エイヤの両手に握られていた小銃は、あっという間に姿を消した。代わりに、エイヤの周りに凄まじい量のマナが姿を現す。


「な、何よそのマナの量は……そんなに使って何をしようって言うの……!?」


 エイヤの周りを舞うマナは、彼女の右腕に集まり、籠手を模すように姿を変えた。そしてその手には──


「“クーンシルッピ”──三日月とはいい名前を付けますわね。日本人も三日月のことを“月の鎌”と比喩するのかしら」


 ──“月鎌”にそっくりな槍が握られていた。


「完成度は七割……といったところでしょうか。まぁ、横目で見ていただけではこの程度が限界ですわね」


 エイヤは“AR”を見上げながらそう呟く。彼女の圧倒的な威圧感に、最強の盾を手にした“召喚士”は震える声でエイヤに言い返す。


「あ、あの槍は槍本体に特殊な能力が備わっているはず……あんたのパチモンじゃ、あれ程の貫通力は生まれないわ……!」

「正論ですわ。では、一つ質問しましょう。わたくしがどうして多量のマナで籠手を作ったのか──その理由は理解出来ていて?」

「そ、そんなの知らないわよ……! あんた自身も貫通力はないって認めてるし訳分かんない……!」

「そうですか。なら、もう一つ質問しましょう。貴女はその“キャトルベルセルク”とわたくしの“クーンシルッピ”──どちらが勝つと思いますか?」


 もし、エイヤの“クーンシルッピ”が“月鎌”と同じように消える槍ならば、“キャトルベルセルク”の“反射の延長線”が発動し、彼の肉体を貫くことはできないだろう。たとえ“キャトルベルセルク”のマナが尽き、“反射の延長線”が貫通されたとしても、“月鎌”程の貫通力のない“クーンシルッピ”が彼の硬い皮膚を貫くとは到底思えない。となると、この勝負は“召喚士”がややリードしているのではないだろうか──これが私の見解だ。

 “召喚士”自身も、自分の“召喚獣”を信じているようで、


「そんなの決まってるじゃない! “キャトルベルセルク”が絶対に防ぎきってくれるわ!」


 と高々と勝利宣言をした。

 彼女の勝利宣言を聞いたエイヤは“クーンシルッピ”を投擲する姿勢に入る。


「では実際に試してみましょう! わたくしはこれから、その“召喚獣”の右腕を貫いてみせますわ!」


 そう言って、エイヤは力強く“クーンシルッピ”を前方に投擲した。籠手からはマナが溢れ出しており、そのマナが槍の勢いを増幅させる。

 とうとう“クーンシルッピ”は“月鎌”の初動とほぼ同じ速度となった。だが、この槍は最後まで姿を消すことはなかった。そして、“キャトルベルセルク”と“クーンシルッピ”が接触する──


「なんで……!?」


 “キャトルベルセルク”の右腕には、深々と“クーンシルッピ”か突き刺さっていた。


「さすがに貫くことはできませんでしたか……この勝負、引き分けですわね」

「ふざけんじゃないわよ! あんた、一体何をしたっていうの!? なんで“反射の延長線”が発動しなかったの!?」

「教えて差し上げましょう。わたくしが狙ったのは右腕の上腕部。ですが、今刺さっているのは前腕部……つまりその子はわたくしの槍に反応できていたのですわ。間に合うか間に合わないかは別問題ですけれど……」

「いくらこの子でもあの速さは──」

「だから先に言ったのです。わたくしは右腕を狙うと──」


 何処に槍が飛んでくるのか──その範囲をある程度絞れていれば、当然対応できる速さの幅は広がる。逆に、右腕を狙うと言われた後に左腕に槍を投げられたら、反応するまでの時間が延び、ここまで速くない槍でも“反射の延長線”の発動圏内に入っていただろう。エイヤの宣言は所謂騎士道精神というものではなく、自身を有利に働かせるためのものだったのだ。

 エイヤは引き分けと言ったが、この勝負はエイヤの勝ちと言っていいだろう。

 絶望する“AR”に、エイヤは更なる追い打ちをかける。


「では、貴女にチャンスを与えましょう。わたくしは次にその子の右脚を狙いますわ」


 そう言って、エイヤは“月鎌”にもできない待機時間無しでの再召喚をしてみせた。投げられた槍は“キャトルベルセルク”の脛に突き刺さる。赤い血が舞い、“キャトルベルセルク”は痛みに思わず膝をついた。


「次は左脚──」

「分かった! もう分かったから! だから、これ以上は──」


 “AR”の説得も虚しく、無慈悲にも第三の槍が投擲される。痛みを堪え、片足だけで高く跳躍する“キャトルベルセルク”だったが、“クーンシルッピ”は彼の足の親指を切り離した。なんとか着地した“キャトルベルセルク”だったが、着地の衝撃からか、牛特有の低い叫び声を轟かせた。


「あら、刺さりませんでしたわね。このまま標本のようにしてあげようと思っていたのに」

「もう止めて……お願いだからぁ……!」


 涙を流し懇願する“AR”を見て、エイヤはわざとらしく首を傾げた。


「えー、どうしましょうかぁ。あっ、そうですわ! 最後にその子の中で一番硬そうな角とわたくしの槍を勝負させてみましょう! 」


 エイヤの挑戦的な発言を聞き、“AR”は“キャトルベルセルク”を必死に説得し始めた。


「キャルク……もういいわ、あたしを下に降ろして……あんたがこれ以上傷つく必要はないのよ……」


 だが、“キャトルベルセルク”は動こうとしない。自分の敗北は主の敗北を意味する──彼は、そのことを悟っているようだった。


「キャルク、お願い……! 今は退いてよ……!」

「……時間切れですわ」


 エイヤは“クーンシルッピ”を手に取る。


「ち、ちょっと待って! ほら、キャルク早くしなさい……?」


 エイヤは“AR”の制止に耳を貸さない。“クーンシルッピ”を構え、投擲する。これ以上は見たくないといった風に“AR”がぎゅっと目を閉じる。

 だが、私は今回の槍に少し違和感を感じた。先程までと比べて、明らかに速度が遅いのだ。この速度ならば、“キャトルベルセルク”の胴体すら貫くことはできないだろう。“クーンシルッピ”は“キャトルベルセルク”の角に弾かれ、地に落ちる。


「どうやら、あなたの召喚獣の方が上手だったようですわね」


 エイヤの声を聞いた“AR”は、恐る恐る目を開けた。


「角……ある……?」


 ふにゃふにゃした声で“AR”がそう呟いた。


「ほら、早く降りてきなさい? そんな顔、人様に見せるものではありませんわ」


 エイヤは、“AR”に向かって手を差し出した。それに応えるように“キャトルベルセルク”が“AR”を地面に降ろす。その後、“キャトルベルセルク”は他の“召喚獣”と同様に姿を消した。


「ありがとう、キャルク……」


 胸の前でぎゅっと手を握り締めながら“AR”が言った。その後、差し出されたエイヤの手を取る。エイヤは優しく微笑み、踵を返した。背中を向けたまま、私たちに、


「今日のところは見逃して差し上げますわ。死にたくなければ、次相見えるまでに強くなっておくことですわね」


 と言い、“AR”と共に何処かへと去っていってしまった。

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