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知悉の瞳と守る者  作者: 乃木伊穂理
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知悉の瞳と穿つ者Ⅰ

 四発の銃弾を受けた詩枝は、為す術なく地面に倒れ込んだ。


「詩枝!」


 回復しようとする音葉を、聞き覚えのない声が制止する。


「動かないでいただけるかしら? でないと、貴女もそうなってしまいますわよ?」


 声のした方に目を向けると、そこには高貴そうな白髪の少女が立っていた。

 

「お前が詩枝を撃ったのか!!」

「ええ、その通りですわ」


 激昂する樹だったが、少女は全く動じない。


「絶対に許さない……!」


 踏み出す樹に、少女は呆れたように告げる。


「わたくしの言葉を聞いていなかったんですの? 動くなと言ったのですけれど」


 少女に銃口を向けられ、樹はその場に縛られてしまった。

 しかし、少女のその行動が仇となる。

 少女が樹に気を取られている隙に、音葉が詩枝の背中に手を当て、回復を始める。

 マナの光が輝き、詩枝を癒し始めたその時──


「……バカばっかりですわね」


 突然、詩枝の傷痕から四発の銃弾が飛び出してきた。四発の銃弾は皆、迷わずに音葉の脳天を貫く。


「恐るべき再生力と言えど、脳を射抜かれては再生できないでしょう」


 詩枝に覆い被さるように倒れた音葉の額からは、少しずつ血液が溢れ出していた。親友の無惨な姿を見て、樹は声を荒げる。


「お前ぇ!」

「言ったはずですわ。動くと死んでしまう──と。自業自得ですわね」


 少女の煽りに、樹の怒りは頂点へと達した。


「お前……絶対に許さないからな」

「あら、怖い怖い」


 樹は、風のような速さで前進した。あまりの速さに、さすがの少女も驚きを隠せないといった様子だ。慌てて青く光る小銃を構える少女だったが、樹の渾身の一振りを小銃程度で防げるはずもない。

 樹が少女に向かって剣を振り下ろし始めた時、私は彼女の小銃が形を変えていることに気が付いた。小銃は形を歪ませ霧散する。直後、彼女の腕にこれまた青く輝く小さな盾のようなものが出現した。

 盾は、持ち主である少女に被害が及ばないように、叩き付けられる樹の剣の勢いを身を呈して緩めている。

 少女が一メートルほど後ろに押された頃に、ようやく樹の剣が勢いを失った。


「とっても力が強いんですのね……腕の骨が折れるかと思いましたわ……」


 よろけながら後ずさる少女を、樹は鋭い目で睨み付ける。


「その能力、マナの造形変化か……?」

「半分正解……とでも言っておきましょうか」


 睨み合う両者に、私は水を差すことにする。


「形だけじゃなくて、硬さも変えられるみたいだね。一番使い慣れているのはさっきの銃。一発につき一回だけ勢いはそのままに、方向だけを変えて弾を跳ばせるみたい」

「“知悉の瞳”……厄介な能力ですわね……」


 “知悉の瞳”──この目の能力のことだろうか。

 手品の種を明かされ、焦りの表情を露にする少女を、私は更に追撃する。


「てかさー、君マナ持ちすぎじゃない? ぶっ飛んだマナの持ち主の音葉くらいあるじゃん」

「そんなことも分かってしまうんですの……!?」

「マナの量も分かっちゃうみたいだよ。おかげで、音葉と詩枝がまだ生きてるってことも一瞬で分かったけどね」

「!?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする二人は、同時に音葉と詩枝の方へと視線を向けた。傷を癒した音葉が上半身を起こす姿を見て、樹は安堵の息を漏らし、少女は唸るように何かを呟いた。


「脳を撃っても死なないとは……貴女も持ち帰る必要がありそうですわね……」


 小声で呟いた少女の言葉は、他の誰にも聞き取ることはできなかった。

 動揺する少女に、音葉は大声で怒鳴り付ける。


「よくもやってくれたわね白髪しらが女!」

「し、失礼な方ですわね! これは白髪しらがではなくれっきとした白髪はくはつですわよ!」


 くだらない言い争いをしている間に、音葉の能力によって詩枝の傷痕が完全に塞がった。

 詩枝は、突然肉体に魂が戻ってきたように目を覚ます。


「ここは……?」

「おはよう詩枝。ここはリベンジマッチの会場よ」

「リベンジ……? 貴女、本気でそんなことを──」


 少女が言い終わる前に、樹が少女に向かって剣を突き出す。すんでのところで避けた少女は、不意打ちを仕掛けた樹に向かって怒りを露にする。


「危ないですわね! 死んだらどうするんですの!?」

「大丈夫、もう殺したりはしないよ」

「そういう問題ではありませんわ!」


 ほっとしたような笑顔で少女に斬りかかる樹は、今までの鈍感な少年とはまるで別人のようだった。盾で剣を受け流すのがやっとといった少女は、突然後方に大きく飛び退き、両手を顔の前で交差した。その直後、盾は消え、代わりに少女の手の中に二丁の小銃が出現した。


「わたくしも本気で行かねばならない状況のようですわね」


 今までの追い詰められた表情から一変し、少女の顔からは余裕の笑みがこぼれ始めていた。


「なら、僕も参戦させてもらうよ!」


 持ち前の影の薄さで少女の背後に回った詩枝は、こっそり私に返してもらったナイフを、少女の首をめがけて横に薙ぎ払った。しかし、少女の素早い動きによって、その攻撃は回避されてしまう。しゃがんだ少女は背中に左手を回し、一度小銃のトリガーを引く。こちらも相手に回避されてしまい、銃弾は何もない方向へと進んでいってしまった。やがてその銃弾は魔方陣のようなものへと形状を変化させ、空中で静止した。少女はすかさず樹の方へも発砲し、今度は右に飛び退いた。素早く後方へと跳ねる少女を、樹と詩枝が攻めながら追いかける。お互い牽制するように攻撃を仕掛けている為か、状況は全くと言っていいほど変わらなかった。しかし、戦闘フィールドがその均衡を崩す。二人は少女を壁へと追い詰めた。だが、笑みを浮かべていたのは少女の方だった。


「チェックメイト……ですわね」


 少女の銃弾は、一度だけ方向転換をすることができる。つまり、少女を追いかけていた二人の後方には、多数の銃弾が存在しているのだ。


「お前の目的は何なんだ……?」


 追い詰められた樹には、口程度しか動かすことはできなかった。樹の問いを無視し、少女は不満を口にする。


「その“お前”っていうのやめていただけません? わたくしには、“エイヤ=リーサ・カタヤイネン”という立派な名があるのです!」

「わ、分かったよ。エイヤでいいかな?」

「うーん……まぁ、それでいいですわ。わたくしの目的は“知悉の瞳”。厳密にはその能力ですわ」


 突然の指名に、私は思わず動揺してしまう。


「わ、私の能力が何だって言うのさ! まだ昨日目覚めたばっかりなんだけど?」

「厄介な能力を持つ者を、相手方の勢力に置いておくのはナンセンス。だから、わたくしたちの勢力に入ってもらおうと思っていますの」

「……どんなことをされようと凪ちゃんは渡さないけど、それでも違うやり方があったはずだ!」

「ええ、ありましたわ。眼球だけを奪って、能力者本人は殺してしまうという方法が」

「ふざけるな!」

「ふざけてなんかいませんわ。うちの勢力にいる目を失って困っている子の為ですもの。高度な技術が必要ですが、うちなら眼球の移植くらい容易く行えますわ。まぁ、この案はその子本人に却下されてしまいましたけれど」


 少しの沈黙の後、エイヤが二つの提案をしてきた。


「お喋りはこのくらいにして、そろそろ決めていただかなくてはいけませんわ。ここで全員死に、知悉の瞳を奪われるか、大人しく“知悉の瞳”を手渡すか──選んでくださいます?」


 どちらにせよ、私は連れていかれてしまうのか……

 三人にとっては非常に選択し難い択だっただろうが、どうやら答えは完全に一致していたらしい。


「凪ちゃんは渡さない。俺たちが守る!」

「……本当にバカな人たちですわね」


 エイヤは不快そうな口調で言った。

 それと同時に、樹と詩枝の後方に出現した多数の魔方陣から、銃弾の雨が発射される。お互いに背中を向けるように立った二人は、魔方陣からの銃弾と、エイヤが新しく発砲する銃弾を担当するように武器で捌き始める。精一杯防ごうとすると二人だったが、流石に全てを捌ききることはできず、至るところに銃弾を受けてしまっていた。エイヤを担当する詩枝が、ナイフで弾いた銃弾や回避した銃弾も魔方陣となる為、エイヤのマナが尽きるまでこの雨が止むことはない。

 それだけではない。詩枝が弾いたことによって、前後だけではなく、上下左右至るところから銃弾が飛び込んでくるようになったのだ。

 見かねた私は、自分の意志で相手に下ることを告げた。だが、二人はそれを許さず、『必ず守り抜く』という言葉を最後に喋ることを止めた。

 血塗れになりながらも懸命に戦う二人を見ていることしかできない私と音葉は、戦う力のない自分を呪った。やがて見ていられないといった風に駆け出そうとする音葉を、私は必死に抑え込んだ。音葉の能力を発動するためには、相手に触れなければいけない。守る術のない音葉が行っても、健闘虚しく死んでしまうだけだ。私も砂でも投げてやろうと考えていたのだが、音葉がこうでは砂を手にすることもできない。絶体絶命とはこういう状況のことを指すのだろう。

 大体、樹もこうなることは分かっていたはずだ。なのに、どうしてあんなことを口にしたのか。私を捨てれば、傷つかずに済んだはずなのに……

 詩枝の身体が揺らぎ、横に倒れる。後方が無防備になったことを知ってか知らずか、樹はなお視線の先の銃弾だけを見ていた。エイヤがトリガーを引く指に力を込める。その直後、上空から巨大な何かが落下してきた。


「まだあたしの番は終わってないんだけど、どういうことかしら……エイヤ=リーサ」


 一角の牛の形をした二足歩行の獣の肩には、見覚えのある金髪ツインテールの女の子が座っていた。その影はまさに、“召喚士”と呼ぶに相応しいものだった。

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