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知悉の瞳と守る者  作者: 乃木伊穂理
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知悉の瞳と太陽海月Ⅱ

 会議を終え、外に出ると、真っ赤に燃える太陽が私を照らした。心なしか、いつもよりずっと赤く染まっているように見える。


「もうこんな時間か。遅くまで付き合わせちゃって悪いね」


 眩しそうに空を見上げる樹が私たち三人に謝罪の言葉を述べた。


「僕は構わないよ。スーパーの特売セールまでの時間を有意義に過ごすことができたからね」

「一人暮らしは大変ねぇ……」


 プラネタリウム室での話とは打って変わって、今している話はとても現実的だった。普通の高校生がする普通の会話だ。もっとも、一人暮らしをする高校生が普通かと言われればノーだが。

 三人の会話を聞いていると、先ほどまでは眩しくて鬱陶しかった夕空に浮かぶ太陽も、心地よくか感じられるようになる──そんなことを思っていると、突然樹が真剣な声で、


「止まって」


 と言った。

 私以外の三人は互いの顔を見合わせ、何かを悟ったような表情をしている。


「“マナの結界”が張られた」


 ──近くに能力者が居るということか。


「私は何も感じなかったけど……」

「凪もそのうち分かるようになるわよ」


 私が分かるようになったところで警戒くらいしかできないのだが……まあ、警戒すらできないよりは幾分かマシか。


「凪ちゃんは音葉と一緒にどこかに隠れていてくれ。敵が出てきたら、音葉に相手の情報を教えてあげてほしい」

「その後私が樹たちにその情報を届けに行くけど、凪は絶対に出てきちゃダメだからねっ!」

「それが一番安全だろうしね。分かったよ」


 私が承諾すると、音葉は私の手を引き、少し離れた木陰へと私を誘導した。


「木って本当に隠れるには最適な場所だよね」

「そう言えば、昨日も木に隠れてたわね」


 剣を構える樹とナイフを手に持つ詩枝とは違って、こちらの空気は軽いものだった。緊張しすぎるのもよくないので、このくらいがちょうどいいのだろう。


「!?」


 気の抜けた私の身体に、見えない何かが絡み付いた。それと同時に、私の頭の中に様々な情報が浮かんでくる。音葉にその情報を伝えようとしたその瞬間、私の身体に凄まじい電撃が走った。


「かっ……は……」


 叫ぶことすらできないほどの電撃は、約三秒で静まった。たったの三秒ではあるが、私を動けなくするにはそれで十分だった。


「凪!?」


 音葉は今異変に気付いたようだった。足に力が入らない私は前に倒れ込み、音葉に抱き抱えられる形となる。


「大丈夫!? 喋れる!?」


 喋ることは沢山あるのだが、口が言うことを聞こうとしない。

 私が喋れないことを察してか、音葉が自信の能力で私の身体を癒し始めた。何とか身体を動かせるようになった私は、自分の足で立ち上がる。

 今度こそ敵の情報を言える──そう思い、口を開こうとしたその時、今度は見えない何か──もとい何かの触手が音葉の身体に絡み付いていた。

 その触手は確かに見えない。だが、知悉の瞳にはその姿がはっきりと映っていた。

 電撃を流され、その場に膝をつく音葉を寝かせた後、私は冷静に触手の続く先を見た。


「お前が“太陽海月たいようくらげ”か……」


 この目の能力なしでは視認することもできない大きな海月は、ふわふわと宙に浮かんでいる。

 太陽を背にしているのでじっくりと観察することはできないが、“大黒蠍”の半分ほどの大きさの傘からは、無数の触手が伸びていた。


「“太陽海月”……ね。次の情報もお願い……」


 何という再生力だろう。まだそれほど時間は経っていないのだが、音葉は私の視線の先をしっかりと捉えていた。勿論、彼女には何も見えていないのだろうが。


「触手からはしばらく動けなくなるくらいの電撃。弱点はちょうど中心。夜になれば誰でも見えるようになるみたい」

「よくやったわね……!」


 音葉が私の頭を優しく二回撫でる。


「樹たちにも教えてあげたいところなんだけど、ここに凪がいることがバレている以上、一人で置いていくわけにもいかないわね……」

「じゃあ一緒に行こっか」

「仕方ないか……凪には見えてるんだから、触手が来たら死ぬ気で避けなさいよ?」

「分かってるって」


 一拍の沈黙の後、私と音葉は勢いよく樹たちのもとへと駆けていった。

 私たちと樹たちの距離はそこまで離れていなかったので、五秒もかからずに二人のところへと向かうことができた。


「どうしたんだい!?」


 勢いよく駆けてきた私たちを見て、樹は驚いたように言った。


「どうやら、既に敵は現れているみたいよ……!」

「えっ、どこに!?」

「日が沈まないと見えないみたい。凪には見えてるみたいなんだけど」


 音葉がこちらを見ている。恐らく、“太陽海月”の位置を示してほしいのだろう。音葉の要望に応えるべく、私は“太陽海月”の傘を指差した。


「あそこだよ。弱点もちょうどその辺」

「そうかい。攻めたいところだけど、見えないのは厄介だな……」

「“月鎌”もダメなの?」


私の問いに答えたのは、“月鎌”の能力者本人だった。


「ダメではないけれど、見えないものを標的にするのは難しくてね。それ抜きにしても、見えないものと戦うのは分が悪すぎる。僕は日没を待つことを提案するよ」

「それには私も賛成だけど、問題はどうやって時間を稼ぐかよね……」


 悩む音葉の背後に、再び透明の触手が降りてくる。


「音葉の背後に来たよ! 田神君、斬って!」


 今度は先ほどのような失態は犯さない。

 私の叫びを聞いた樹は、斜めに剣を降り下ろした。

 触手が斬られたというのに、“太陽海月”は一切の反応を見せなかった。やがて、斬られた触手は光となり、跡形もなく消え去ってしまった。


「手応えがあった……」


 驚くように呟く樹に、詩枝がいつもの口調で続く。


「何だか気持ち悪いね。相手はどんな姿をしているんだい?」

「海月だよ。樹が今斬ったのは触手の一本。触れると痺れるから気を付けてね」

「見えないから避けようがないんだけどね……」


 そう言って、樹は苦笑した。


「理由は分からないけど、今のところ一本ずつしか触手を降ろしてきていないね。これなら時間稼ぎも難しくはないんじゃないかな」

「そのことなんだけどさ……」


 樹が不安そうな顔をしながら口を開いた。


「“マナの結界”内で日没を経験したことがないから、あくまで憶測なんだけど、しないんじゃないかな……日没」


 “マナの結界”内では、時間が静止したような状態になる。故に、太陽が移動しない可能性があるのだ。


「でも、凍えちゃわないし太陽は動いてるんじゃない?」

「それはそうなんだけど、太陽の熱を感じないのが引っ掛かるんだよね……」


 確かに、私の肌は一定の温度を感じ取っている気がする。まるで、温度というものが存在しないかのように。


「一度“マナの結界”を解いたらどう?」

「“マナの結界”を解けば、民間人にも危害が及んでしまうかもしれない。それはできないよ」

「樹は平和主義者だなぁ」


 とにかく、“マナの結界”を解かずに透明な“太陽海月”を倒すためには、私の目は必要不可欠な能力だろう。

 なんとかして弱点に印をつけたいところだが、生憎それができそうなものは近くにはない。となると、ここはかなりの威力を持っている“月鎌”を、弱点を気にせずに“太陽海月”に向かって投げてもらうしかないのではないだろうか。


「ちなみに、“月鎌”って弱点以外の部分にも効くの?」

「勿論さ。ただ、リスクが大きすぎる」

「マナをいっぱい消費しちゃうとか?」

「そうだね。だから、僕の“月鎌”は十二時間に一度くらいの頻度でしか使えないんだ」

「再使用待機時間があるから確実に当てていきたいってことね……」


 “月鎌”を使わないのならば、樹の剣と詩枝のナイフで頑張ってもらうしかなくなってしまう──


「詩枝のナイフがあるじゃん!」


 私が詩枝のナイフを“太陽海月”の弱点に刺す──これは立派な印となり得る。

 そうと決まれば話は早い。


「詩枝、ナイフ貸して」

「いいけど、何に使うんだい?」

「ふふーん、マーキングだよ」


 詩枝からナイフを手渡された私は、再度“太陽海月”の弱点を確認した。

 危険を察知したのか、“太陽海月”がゆっくりと上昇を始める。


「遅いよ!」


 “太陽海月”の真下へと入り込んだ私は、真っ直ぐ頭上に向かってナイフを投擲した。

 ナイフが“太陽海月”の弱点部分に突き刺さる。


「弱点命中! 止めは任せたよ!」

「うわぁ、ナイフが浮いてるよ……あっ、“月鎌”!」

 

 樹によって投擲された黄金の槍──詩枝が、見えざる敵を一直線に貫いた。

 消え行く“太陽海月”に取り残されたナイフが地面を穿つ。


「消えた敵は死んじゃってるの?」


 地面に突き刺さるナイフを見つめながら私が言った。


「どうなんだろう……“召喚士”に会ったら是非聞いてみたいね」


 私と樹が話していると、いつの間にか元の姿に戻っていた詩枝が私たちの側へと歩いてきた。


「ともかく、今日はこれにて一件落着だ」

「まさか詩枝ちゃんそのものが“月鎌”だったなんてねぇ……」

「僕も好きで投げられている訳じゃない。皆を助けるために仕方なくやっているんだよ?」

「はいはい。いつもありがとね」

「なんだいその言い種は。もっと気持ちを込めて──」


 四発の銃弾が、怒る詩枝の言葉を遮った。

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