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知悉の瞳と守る者  作者: 乃木伊穂理
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知悉の瞳と太陽海月Ⅰ

 翌日、私と音葉は約束通り、何事もなかったかのように存在するプラネタリウム室を訪れていた。部屋の鍵は開いていたのだが、どうやら二人はまだここには居ないらしい。

 私と音葉は横長の椅子に腰を下ろし、今日話されるであろう内容について語り合っていた。


「あいつ、凪を危険に巻き込もうとしているわ……何を言われても、絶対に了承しちゃダメよ」


 音葉が真剣な眼差しで言った。


「昨日もそうだったんだけどさ、どうして音葉は私のためにそこまで真剣になってくれるの?」


 私の素朴な問いかけに、音葉は声を荒げる。


「そんなの、大切な友達だからに決まってるじゃない!」


 音葉の急な大声に、私は言葉を失ってしまった。

 私が喋れずにいることを察知してか、音葉は小さな声で謝罪の言葉を述べる。


「ごめんね、昨日からずっとカリカリしちゃってて……」

「音葉が謝ることはないよ。それだけ私を心配してくれてるってことなんでしょ?」

「……うん」


 正直なところ、音葉がこんなにも私を思ってくれているとは思わなかった。この人のためにも、私は二日前と同じ部外者になるべきなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、不意にプラネタリウム室の扉がゆっくりと開く音が聞こえてきた。


「遅かったわね、係の仕事でもあったの?」


 振り返りながらそう言った音葉は、話しかけた相手が昨日の二人ではないことに気が付いて恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「す、すみません! 知り合いと待ち合わせしてて……!」

「そうだったんですか……よかったらお知り合いが来るまでの間、お話でもしませんか?」


 右目に眼帯をつけた少女は、ゆっくりとした口調で言う。


「構いませんが、プラネタリウム室に何か用事があったのでは……?」

「いえ、鍵が開いていたので、星でも見られるのかな、と……」


 眼帯の少女は、一度音葉の隣に座ったが、何かを思い出したかのように慌てて立ち上がった。どうやら、自己紹介がしたかったらしい。


「申し遅れました。二年C組の“蓮見切菜はすみせつな”です」

「私は二年B組の“暮木音葉”です!」

「同じくB組の“乙倉凪”だよ。よろしくね蓮見さん」

「はい、よろしくお願いします。同い年ですし、タメ口で構いませんよ」


 ──と敬語で切菜は言った。ツッコもうかと思ったが、今はそんな空気ではないので、あえて私は黙っておくことにした。

 切菜は丁寧にお辞儀をし、今度こそ音葉の隣に腰を下ろす。

 一息つき、続けて切菜が口を開く。


「待ち合わせをしている──とのことですが、どうしてプラネタリウム室なんでしょうか。空き教室なら他にも幾つかあると思うんですが……」

「この部屋、待ってる人の部室なのよ」

「田神君って部活やってたんだ」

「言ってなかったっけ? 樹と詩枝しえ……あっ、詩枝は昨日一緒にいた子ね。その二人で占星術部をやってるのよ」


 占星術部──聞いたことのない名前だ。一年生の時に行われた部活紹介でも聞いた覚えはないので、恐らく今年に創られたものだろう。

 活動内容や顧問の先生など、色々聞きたいことはあったのだが、切菜は興味がなかったらしく、場面は次の話題へと移された。


「お二人は恋などをなされたことはあるんですか?」

「こ、ここここ恋!?」


 突然の言葉に、音葉が思わず立ち上がる。この分かりやすすぎる性格は、果たして利点なのか欠点なのか……


「こ、恋なんてそんな! したことないない!!」


 音葉は両手で頬を押さえながら、まさに恋する乙女といった顔を見せた。見え透いた嘘をつく音葉に、意地悪な私は更に追い討ちをかける。


「そうなんだー。じゃあ私、田神君に告白しちゃおっかなー」

「んなっ!?」

「冗談だけどね」

「ほんっと性格悪いわね……」


 呆れる音葉にニヤニヤしている私……そして、無表情の切菜──他の人には、私たちがどんな会話をしているのかを理解するのは不可能だろう。現に、今プラネタリウム室に入ってきた樹は、頭上にハテナを浮かべている。


「い、樹!?」

「遅かったねぇ田神君」

「……」


 それぞれが異なったリアクションを見せたことにより、樹の頭上のハテナは更に数を増やした。


「ごめんごめん、今日日直だったことをすっかり忘れてしまっていてね……」


 まぁいいやといった様子で樹はそう返答した。


「僕もいるよ」


 樹の後ろから、小さな少女──詩枝が顔を出した。


「四人とも揃ったことだし、さっそく話を始めようか!」

「待ってよ樹。この部屋には五人いる」


 詩枝は驚くこともせずに張り切る樹に現状を説明した。

 今まで気が付いていなかったのか、樹は驚いたような顔で言う。


「ほ、本当だ! ……えーと、そちらの彼女は?」

「貴方が田神さんですね。私は“蓮見切菜”。こちらのお二人とは、先ほど出会ったばかりです」

「よろしくね蓮見さん!」

「はい、よろしくお願いします……それでは、お知り合いの方も来られたことですし、私はそろそろおいとまさせていただきますね。またいつかお話ししましょう──」


 切菜はそう言い残すと、風に溶けるようにこの部屋から立ち去った。


「変わった子だったわね……」


 音葉の呟きに、私は大きく頷いた。



 ◆



「さて!」


 ホワイトボードを私たちの正面に持ってきた樹は、元気にそう言った。


「今日は凪ちゃんに俺たちのことを知ってもらおうと思います!」

「田神君たちのこと?」


 念のため聞き返しておいたが、恐らく彼の能力についての解説だろう。


「そう! 結論から言うと、俺たちは皆能力者なんだ!」

「皆……? 音葉と詩枝も能力を持ってたの?」

 

 私の問いに、詩枝がこう返答する。


「音葉はともかく、僕はもう君に能力を見られているはずだけれど」

「うーん……突然私の後ろに現れたあれが能力とか?」

「それは単に詩枝の存在感がないだけよ」


 率直に言う音葉を、詩枝は冷ややかな目で見つめる。


「ごめんってば。だからそんな目で見ないでよ……!」

「……まぁ、それも事実ではあるんだけれどね。でも、僕の能力はそれじゃない。君も見ていたはずだ──黄金の槍“月鎌”を」

「あれか……」


 昨日、樹が“月鎌”と叫ぶと、彼の手の中に黄金の槍が現れた。あれは彼の能力だと思っていたが、どうやら違っていたらしい。

 “月鎌”が詩枝であることは理解できたが、私には後一つだけ疑問に思うことがある。


「一つ聞きたいんだけど、何で槍なのに鎌なの?」


 私の質問に詩枝は、


「鎌と聞いて槍が飛んできたらびっくりするだろう?」


 と得意げな顔で答えた。

 沈黙を続ける私に、詩枝は更にこう続ける。


「それに、槍より鎌の方が響きがいいだろう?」


 私にとって、この追記は更なるマイナス要素でしかない。もっと驚くような理由があると思っていたからだ。勝手にそう思っていた私にも責任はあるが、まさかここまで単純な理由だったとは……


「ま、まあ、敵を欺くことも戦術と言えるし、何よりモチベーションは大事だもんね……」


 必死にフォローの言葉を口にする私に、詩枝は嬉しそうに頷いた。


「ようやく理解者が現れてくれたよ。樹と音葉は彼女の爪の垢を煎じて飲むべきだ」

「そうだそうだ、飲め飲めー」


 私も詩枝の考えを理解して言ったわけではないのだが、ここはあえて便乗することにした。


「ま、また今度ね……さて、話を戻そう。俺と詩枝が攻撃的な能力を持っているのに対し、音葉は補助的な能力を持っているんだ」

「今は見せられないけど、私の能力は再生。回復の魔法みたいなものね」

「それって、どんなものでも回復できるの?」

「私の手が触れられる範囲ならね。勿論、死者を生き返らせることはできないわ」

「ふーん……」


 音葉の手が触れられる範囲なら、どんな傷でも治すことができる……そんなことを言われると──


「いった……!」

「ちょっ、凪!?」


 この目で確かめてみたくなってしまう。

 血が溢れる私の左手を、音葉は右手で優しく持ち上げる。そして、左手をその傷痕に覆い被せるように配置した。音葉の左手からは仄かに温かいマナが発せられ、それが傷痕をどんどん塞いでいく。数秒ほどで痛みは引き、私は安堵のため息を漏らした。


「いやー、治らなかったらどうしようかと思ったよ」


 これが本音だということは、私の額を流れる冷や汗が証明してくれている。今までも思い切ったことは何度かしてきたのだが、今回ほど後悔しか残らなかったことはない。


「ヘアピンを自分の手に刺すなんてバカじゃないの……!?」


 音葉が呆れたように言った。


「僕も動揺したよ。自分の身体はもっと大切にした方がいい」

「詩枝の言う通りよ! 次はもう助けてあげないんだからっ!」

「さすがの私も反省したよ……音葉の能力で私の性格も直らないかな?」

「直る訳ないでしょバカ!」


 音葉は私にキツいデコピンをお見舞いした。


「いっ……!?」


 その痛みは、ヘアピンの痛みを忘れてしまうほどのものだった。


「本当に君たちは仲良しだなぁ」


 悶える私をよそに、樹がいつもの鈍感という能力を発動する。


「時間もなくなってきたし、話を進めるよ。俺たちの能力については今説明した通りだ。次は、あの蠍についての俺の見解を述べようと思う。」


 樹はそう言いながら、ホワイトボードに“召喚士”と書いた。


「あれは恐らく“召喚士”の能力によるものだ」

「私たち以外にも能力者が居るってこと?」

「その通り。もともと俺たちが集められたのは、悪い能力者を倒すためだったんだ」


 樹の発言から、その“召喚士”の他にもまだ能力者がいるということが窺える。


「最初は俺もまた悪い能力者が現れたと思ったんだけど、どうやら今回は違うようなんだ」

「どうして分かるのさ?」

「能力者というものは本来、他の能力者以外にその正体を明かすようなことはしないんだ。だから、戦闘に入る時は基本的に“マナの結界”を張るようにする」

「“マナの結界”……?」

「そう。“マナの結界”内では、マナを持つもの以外は時間が止まったように静止してしまう。だから、自分が能力者だということがバレることはないんだ」


 よく分からないが、別世界に能力者だけが送り込まれるといった感じなのだろう。

 私が納得をした表情をすると、樹は一度頷き、“召喚士”に対する考察を語り始める。


「昨日の蠍は校舎を破壊していた──つまり、“マナの結界”なしで召喚されていたということだ。これは、“召喚士”の目的が能力者ではなく学校にあるということになる」

「能力者ではなく学校ねぇ……」


 私がいまいちよく分からないといった様子でそう呟くと、樹は彼には似合わない機敏な対応をしてみせた。


「また何か気になる部分があるのかい?」

「“召喚士”の目的が能力者ってところが気になったかな。能力者が能力者を狙うと何かがあるの?」

「能力者にも勢力があってね、他勢力の厄介な能力者は早々に始末しておきたいものなんだよ。当然その能力者の周りには護衛がつくだろうし、そもそも能力者自身が厄介な能力を持ってるんだから、そう簡単には倒せないんだけどね」


 樹の解説に付け足すように詩枝が言う。


「それがメインではあるのだけれど、他にも能力者を殺せばその相手のマナを奪い取れるっていう噂をよく聞くね。僕たちは殺したことはないから、それが真実なのかは分からないけれど」

「ほんと、狂ってるわよね」

「だから、俺たちも君も、いつ狙われてもおかしくないってことだね──」


 ……冗談ではない。

 昨日まで私は、女子高生として普通の人生を歩んでいたのだ。それが能力があると分かった途端にこれか。これから先、私は一生死の恐怖を感じながら生きていかねばならないのか。攻撃できるわけでもないふざけた目のせいで──などとは思わなかった。


「分かったよ。私の能力が不要になったり、マナが欲しくなったらいつでも殺してね」


 私は死など恐れてはいない。それならまだ痛みの方が怖いくらいだ。この感性が普通ではないということは十分に理解しているが、これが私の本心なのだからどうすることもできない。

 私の発言を聞いた三人は、各々個性的な反応を見せた。

 怒りを隠そうともしない音葉は机を叩きながら立ち上がり、無表情の少女こと詩枝はその平静の仮面を外し、驚愕の顔を見せた。そして、頭を抱えて苦悩する樹が口を開く。


「不思議な子だとは聞いていたけど、まさかここまでとはね……」


 それに続くように音葉も自分の気持ちを露にする。


「あんた、今のは冗談では済まされないわよ……!」

「ご、ごめんってば! だから落ち着いて? ね?」

「……考えが変わったわ。樹、あんたがこの子を呼んだ本当の理由……今すぐ話しなさい」


 少しでも刺激すれば爆発してしまいそうな音葉に名指しされた樹は、これはまずいといった風に発言する。


「え、えーと、単刀直入に言うと、俺が守るから凪ちゃんには俺たちの勢力に加入してもらいたいんだ。その能力で俺たちを手伝ってほしい。頼むよ……」

「危険に巻き込みはするけど、絶対に危険な目には合わせないってこと? それって大変じゃない?」


 私の問いに答えたのは樹ではなく音葉だった。


「それはそうでしょうけど、あんたを目の届かないところに置くと何されるか分かったもんじゃないわ。それなら、多少大変でも側に置いておく方が賢明よ。心配しないで、樹が取り零した分は私が無かったことにしてあげる。あんたなんか、絶対に死なせやしないんだからねっ……!」

「別に何もしないよ……というか、この目ってそんなに凄いものなの?」


無知な私に、樹が興奮するようにこの目の重要性を語る。


「凄いなんてものじゃないよ! 敵に知られたら一発で最優先排除目標さ!」

「それっでますます関わらない方がいいんじゃないの!? 絶対にお断りだね!」

「君は絶対に死なせない! 俺が死んでも守り通す! だからお願い! 俺たちに力を貸してくれ……!」


 こんなはずではなかった。たった一言で私の未来が定められてしまうとは……


「わ、分かったよ! けど、私もただのお荷物にならないように努力させてもらうから! 別にいいよね!?」


 半ばやけくそになっていたが、今の私にはこの道以外に選択肢はなかった。


「君も厄介なことに首を突っ込むことになったね」


 囁く詩枝に、私は何も答えることはできなかった。

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