知悉の瞳と片目の絲使いⅣ
「……一体どういうことなのでしょう」
消え去った樹の剣の剣先を見つめながら切菜が呟く。
「マナを封じたのさ!」
そう言いながら、弥子は私と共に“マナの結界”の中に入った。
すると、私に絡み付いていた切菜のマナの糸が跡形もなく消え去った。
私が自由になった手を動かしているのと同じように、音葉や詩枝も能力が発動できないことを確認していた。
「ね? マナは使えないでしょ? つまり、ここからは肉弾戦。だから、田神君が鍵となるってことさね!」
弥子は、樹を指差しながらそう言った。だが、どうやら樹は弥子の言葉に賛同はしてないならしい。
「凪ちゃんは取り戻せたし、もう戦う必要は無いんじゃないかな……」
「それはそうだけど、また蓮見さんが攻めてこないとも限らないでしょ? その辺は分からせておかないと」
「同感ですわ」
弥子の不穏な言葉に真っ先に賛同したのは、糸によって動くことを許されていなかったエイヤだった。
「切菜はアンジェリカの仇……貴方方が手を出さないのならば、わたくしが彼女を始末するだけですわ」
エイヤはかなりの武闘派家系の出身だ。肉弾戦も得意なのだろう。
今にも飛び出しそうなエイヤを、樹は慌てた様子で制止した。
「ま、待った! 分かったよ、俺が行く。俺が危険な状況になったら、皆も加勢してくれ」
樹はそう言いながら一歩前進した。
「やれやれ……実に面倒なことになりましたね」
呆れを隠そうとしない言葉を発しながらも、切菜も同様に前進した。
「いいでしょう。乙倉さんを連れて行くのは貴方たち全員を倒してからにします」
切菜は脚に巻いた糸をキツく結び直しながら言った。
「脚、大丈夫なの?」
「問題ありません──行きます」
切菜は一気に樹との距離を詰めた。その勢いのまま、右の拳を樹の頬目掛けて突き出す。
「くっ……!」
樹は二の腕で切菜の拳を受け止めた。だが、それでも幾分かのダメージは受けてしまったらしく、苦しそうな表情を見せた。痛みを堪え、樹も右手でアッパーを繰り出す。しかし、こちらは後退によって華麗に回避されてしまう。後退時の踏ん張りを活かし、切菜は樹の方へと飛び込んでいった。彼女の拳が樹の頬を捉える。
「凄い戦いだね~」
気楽そうにそう呟いたのは、私ではなく弥子だった。私が言うのも何だが、この子も少しおかしい子なのかもしれない。
その間にも、二人の猛攻は続いていた。追い込んでいるのは、どうやら切菜の方らしい。彼女の回避力は筋金入りのようで、身体でダメージを軽減している樹と比べて遥かに消耗が少なくなっている。
「終わりです」
切菜が渾身の拳を樹へと放った。しかし、その行動が彼女の最大のミスとなる。
「っ──!?」
突然切菜が膝をついてしまったのだ。
力を込めすぎたせいだろう。彼女の脚に巻かれた糸は、真っ赤に染まっていた。
「もう終わりだよ……諦めるんだ」
樹が優しく切菜を諭す。
しかしながら、彼女は聞く耳を持たない。
「片足だけでも……戦えます」
切菜は、ふらつきながらも立ち上がった。
「どうして君はそこまで……!?」
「好きなんです……乙倉さんが!」
切菜が強く拳を握り締める。恐らく、彼女にとってこれが最後の一撃となるだろう。だが、彼女の意志に反して、身体はもう限界を迎えていた。力無く倒れ込みそうになる彼女を、私は抱き抱えた。
「君の気持ちはよーく分かった。でも、今はゆっくり休もうよ。んで、元気になったら、一緒にドーナツでも食べに行こうよ──」
「やだ……嫌です……貴女は、私だけのもの……!!」
切菜の涙が、私の手の甲に滴る。
「そういう訳にはいかないよ。私は私のものだから、切菜じゃない人とも遊ぶし、ずっと切菜の側に居る訳にもいかない。でも、友達ってそういうものでしょ?」
「やだ……やだやだ……! 私はまだ戦えます……! 諦めません……!!」
「聞き分けの悪い子だなぁ。そんな子とは私はつるまないよ」
「っ──!!」
──決まった。私たちの勝利だ。