知悉の瞳と片目の絲使いⅢ
以前私は、“知悉の瞳”で弥子がマナを持っているということ見抜いた。その時からずっと彼女の能力が気になっていたのだが、私にそれを知る術はなかった。しかし、その願望は今この瞬間に叶えられることとなった。
「“マナの結界”に一体何をしたと言うのですか……!?」
切菜は、ここに来てようやく困惑の表情を見せた。“マナの結界”に直接干渉する能力──異例すぎるそれに驚くのは、至って普通のことだろう。私だって驚いている。
驚愕する私たちに、弥子は得意気な表情でこう告げる。
「ちょっとマナの構成を変えただけだよ。別に難しいことじゃない」
「マナの構成を変える……面白い能力ですね。ですが、それを披露するタイミングは全く面白くありません。今すぐもとに戻してください」
「そういう訳にもいかないんだよねー。うちのお客さんが連れていかれるのを黙って見ているなんて、私には無理さね」
弥子の飄々とした態度に、切菜は次第に怒りを募らせ始める。
「分かりました。ならば、貴女を倒してここを通らせていただくことにしましょう」
そう言って、切菜は弥子に右手を向けた。
「うわっ、待って待って!」
弥子は、慌てふためきながら“マナの結界”の外へと飛び出した。
弥子の姿が見えなくなると、切菜は静かに右手を下ろした。
「一体どうしたものでしょう……」
弥子を倒さねば、切菜は外に出ることは出来ない。勿論私たちも出ることは出来ないのだろうが、切菜と違って、この状況はむしろ好都合と言える。
「凪ちゃんを返せぇ!」
樹は、忘れてもらっては困るといった様子で切菜の背中に斬りかかった。それを、切菜は見ることすらせずに避ける。
「危ないですね──」
いかにも棒読みといった口調で呟いた切菜は、何かを思い付いたのか、ハッとした様子で樹と向き合った。
そして、何も言わずにマナの糸で樹の腕を切断した。
「うぐ……!?」
切断したはいいものの、直に音葉の回復能力が飛んでくる。一体切菜は何を考えているのだろうか?
そんな私の疑問に、彼女はすぐに答えてくれた。
「この剣、貸してもらいますね」
切菜は、腰を曲げて落ちた樹の腕から剣をもぎ取った。同時に、音葉の能力によって落ちた腕は消え去った。
「待て! 何をするつもりだ!?」
樹の問いに切菜は答えない。それでもここに居る全員が彼女の思考を理解するのにそう時間はかからなかった。
切菜は、樹の剣を思いきり“マナの結界”に降り下ろした。すると、“マナの結界”は斬り裂かれ、外の世界を覗かせた。
「えいっ、えいっ」
切菜は、剣で扉のような穴を作った。その穴の先から、弥子が顔を覗かせる。
「それはズルいわー……」
弥子は苦笑を浮かべながら言った。
「ズルくありません」
切菜が弥子に刃先を向け、前進しながら返答する。
一歩、また一歩と、切菜と私は“マナの結界”の外へと出ていく。
「行かせない!」
そんな様子を皆黙って見ているはずもなく、詩枝が“月刀”をこちらへと飛ばしてきた。
「それもマナ……ですよね」
飛来する“月刀”を、切菜は樹の剣で両断した。分裂した黄金の槍は、そのまま姿を消す。
「これは厳しいかもねぇ……」
私は諦めムードでそう呟いた。口では厳しい、と言ったが、本心では私の救出は不可能だと思っていた。
その時だった。
「時間稼ぎありがとうございました!」
弥子は切菜の背中を蹴り、再び彼女を“マナの結界”の中へと戻した。
「こちら、勝利への片道切符でございます!」
振り返り、反撃をしようとする切菜だったが、弥子が私を盾のように構えていることを察し、その手を止めた。
「田神君! ここからは君のお仕事だよ!!」
弥子は、そう言いながら開いた“マナの結界”を閉じた。