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知悉の瞳と守る者  作者: 乃木伊穂理
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知悉の瞳と片目の絲使いⅡ

「蓮見さん、どういうことなの?」


 私の問いに、切菜は首を傾げながらも答えてくれた。


「何に対しての問い掛けなのかは分かりませんが、私はマナを持っている。私はエイヤ=リーサを知っている。私は貴女を手に入れたい──この中に答えはあると思います」

「そのマナを持っているってやつだね……君のマナは私の目には映っていない。これはどういった原理なの?」

「簡単なことです。人間には見えない程の細さにすればいいだけなのですから──貴女たちの周りにあるその糸よりも……」


 私は一瞬切菜が何を言っているのか理解できなかった。だが、すぐにその意味を理解することになる。


「!?」


 先程までは映っていなかったところに、マナの糸が張り巡らされていた。恐らく、切菜が糸を少し太くしたのだろう。


「貴女の目に映らない程の太さでは実用的とは言えないのです。このくらいあれば、比較的容易に切断の為の硬度を与えることが出来るのですけれど」


 細すぎると、鋭さよりも切れやすさが優先されてしまうのだろうか。

 針金より少し細い程度の太さとなった糸は、私を含めて誰一人として動くことが出来ないような形で張られていた。

 と、その時、マナの糸が見えていないらしい音葉が、急に前方に足を出そうとしながら言った。


「さっきから何の話をしているの? マナの糸なんて一体どこに──」

「音葉、動いちゃダメだよ!!」


 私の注意喚起に従うように音葉は身体を止めた。他の三人も、今の私の言葉に戸惑いを隠しきれていないようなので、恐らくだが、“知悉の瞳”にしかこの糸は映っていない。太さは見える程なので、透明か何かになっているのだろうか。


「立ち話も何ですし、続きは帰ってからにしましょう。乙倉さん、私と一緒に来てくれますよね?」

「いや、どう考えてもその流れはおかしいと思うよ……」

「来てくれない……のですか。ならば仕方ありません。私が、私の手で連れていくことにします」


 切菜は自分に言い聞かせるように言った。そしてその後、私の方へと一直線に歩み寄ってきた。勿論私の周りにも糸は張り巡らされているので、彼女自身にも危険は及ぶはずだと私は思った。だが、これはいらぬ心配だった。王に跪くかのように、切菜が近付いた糸から、その身を切り始めていったのだ。道を作った後、切れた糸たちは音葉たちの周りにある他の糸へと繋がっていく。マナの糸は見事なことに、私だけを糸の牢獄から解放した。


「貴女に戦う力が無いことは知っています。大人しく連れていかれてくださいね」


 そう言って切菜は私の手首に手錠のように糸を巻き付け、私の肩を抱きながら歩き出した。私が従わずにいると、業を煮やした切菜が私の両足に硬めの糸を巻き付け、謎の力によって強制的に私を歩かせ始めた。


「凪!」


 音葉は今にも飛び出しそうな勢いで私の名を呼んだ。


「ちゃんと後で助けに来てよね!」


 私はいつも通りの口調でそれに答える。


「待てる訳……ないでしょ!!」


 音葉は、マナの糸に四肢を切断されながらも前進した。切れた直後から、彼女の身体は再生を始める。


「……何という無茶を」


 切菜は呆れるように言った。

 そして、マナの糸を結って細い槍を作った。


「近頃は槍投げが流行っているらしいですね」


 そう言って、切菜はその槍を音葉目掛けて投げつけた。力無き投擲だったからか、糸の槍は先端しか刺さらず、音葉は少し顔を歪めただけだった。だが、その後糸の槍は花弁を開くように動き出し、物凄い速さで音葉をバラバラに切断した。


「さて、行きましょ──」


 切菜が半分程踵を反した時、音葉は既に完全に再生していた。


「樹、剣貸して」


 威圧感のある声で音葉は言う。


「……任せたよ音葉」


 樹はそう言って剣を召喚した。動ける音葉は動けない樹の手から剣を受け取る。


「その再生力……もはや人間とは呼べませんね」

「……凪を返しなさい」

「嫌です」

「……そう」


 音葉はマナを斬る剣を振り回しながら猪突猛進した。マナの糸も彼女の進行を止めようと切断を繰り返すが、音葉の再生力の前ではまるで歯が立たない。


「面倒ですね……」


 切菜は音葉の左足に糸を巻き付け、彼女を後方へと引っ張って投げるように飛ばした。振り出しへと戻された音葉は、すぐに立ち上がり、また私たちの方へと突っ込んでくる。だが、また切菜の糸によって後方へと戻されてしまう。起き上がった音葉の頭上に出現したマナの糸の網が、追い討ちをかけるように彼女を肉片へと変化させた。それでも、数秒後には肉片が音葉の形へと戻っている。また突っ込んでくるかと思われたが、冷静になったのか、音葉は樹の周りで無造作に剣を振り回した。たとえ見えていなくても、回数を重ねれば切断することも不可能ではない。数秒程で樹の周りの糸は一本残らず無惨に散っていった。


「……“月鎌”」

「えっ……?」

「“月鎌”を投げて!!」


 音葉は八つ当たり気味に樹を怒鳴った。


「つ、“月鎌”!」


 その言葉に呼応するように、詩枝は黄金の槍へと姿を変えた。


「俺に彼女を殺すことは出来ない……詩枝、心臓じゃなくて太股を狙ってくれよ」


 槍となった詩枝は、樹の要望に返事をしなかった。もしかしたら、返事が出来なかったのかもしれない。とにかく、詩枝は無言のままだった。


「……よし、行っけぇ!!」


 それでも、彼女を信用しているのか、樹は普段通りの勢いで“月鎌”を投げた。黄金の槍は真っ直ぐ飛び、やがて姿を消す。次の瞬間には切菜の右の太股からは、大量の血液が溢れ出していた。しかし、彼女は狼狽えもせず、今まで通りの無表情でその場に立っていた。


「そんな馬鹿な!?」


 驚きを隠せないでいる樹に、溜め息を吐きながら切菜は糸の槍を投げる。樹の回避運動は間に合っていたが、音葉が糸の槍の横から剣を降り下ろし、それを二つに引き裂いた。


「樹、これ返すわ」


 そう言って、音葉は樹に剣を手渡した。


「だから、凪を救ってあげて。私も精一杯の援護をするから……」


 音葉は、暗く平坦な声で言った。

 二人がそんな行動を取っている間に、切菜は負傷した部分に包帯のように糸を巻き付け、また前方へと歩みを進めた。心なしか少し歩く速度が速くなっている気がする。そんな彼女に、全速力で駆けてきた樹が斬りかかった。その太刀筋からは動揺が窺えた。

 切菜は振り向きもせずにマナの糸で樹の手首を後方へと引いた。すると、樹は負けじと剣を押し込みながら切菜に問い掛けた。


「どうして立っていられる……!?」

「どうしてでしょうね。貴方の攻撃が痛くないから……でしょうか」

「確かに“月鎌”は貫通した。それが痛くないなんてことはあり得ない!」

「……そうですね」


 適当な返答をした切菜は、樹の手首に巻いたマナの糸を細くし、彼の腕を切断した。しかし、彼の手が地面に落ちるのとほぼ同じタイミングでそれは再生した。同時に、落ちた手は跡形もなく消え去った。


「“暮木音葉”……思っていた以上に面倒な能力ですね」


 切菜の言う通り、今のは強化された音葉の能力によるものだ。回復速度はそのままに、触れなくとも回復させることが出来るようになった彼女は、まさに最強の盾と言えよう。


「当然よ。あんたを倒す為の力だもの……一つ答えて。どうして凪を連れていこうとするの?」

「そんなの、単純なことですよ」


 切菜は頭を整理するかのように目を瞑った。


「一目惚れしたからです」


 彼女の予想外の返答に、私たちは困惑した。


「初めて会ったあの日からずっと彼女を見ていました。優しくて強くて面白くて可愛くて、おまけに素晴らしい能力も持ち合わせている……完璧じゃないですか」


 赤らめた頬を両手で包みながら、切菜は恍惚な表情で言った。

 流石の私でも、これには少し引いてしまう。いくらなんでも度が過ぎるというものだ。


「……狂ってるわね」

「貴女にどう思われようと、私には関係ありません」


 汚物を見るような目を向ける音葉に、切菜は全く動じることなく応えた。


「……もういいでしょう? 私にも時間は余り無いのです」


 音葉が返答しないことを確認した切菜は、再び踵を返した。“マナの結界”から出るまで、後五歩といったところだろうか。ここを出られてしまっては、再びマナを消費して“マナの結界”を展開するか、いっそそのまま戦うかの択を迫られてしまう。どちらにせよ、こちら側が不利になってしまうことは明らかだ。

 樹や音葉もそのことに気が付いているのか、人間の姿へと戻った詩枝と共に、切菜との距離を一気に詰めた。


「はっ!」


 最初に攻撃をしたのは、三人の中で一番切菜の側にいた詩枝だった。“月刀”を放ってはマナの糸に消されるという行動を繰り返し、一気に性能を向上させる。だが、それでもその刃が切菜へと届くことはなかった。

 詩枝と入れ替わり様に、今度は樹が切菜へと斬りかかった。降り下ろされた腕が再び切断されてしまったが、音葉の回復によって、少し勢いを落としたものの、樹は攻撃の手を緩めなかった。

 樹は、何度も切菜へと剣を降り下ろした。だが、それは彼女の歩みすらも止めることはできなかった。

 そして遂に、切菜が負傷した右足を“マナの結界”の外へと──


「!?」


 出そうとしたその時だった。彼女の足が“マナの結界”の外に出ることを拒絶するように、それは激しい光を放ちながら彼女の足を弾いた。


「うちの常連さんを何処に連れていく気?」


 そんな“マナの結界”の外から、見覚えのある少女“笹沢崎弥子”が姿を表した。

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