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知悉の瞳と守る者  作者: 乃木伊穂理
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知悉の瞳と抉る者Ⅲ

「よぉーし、行くぜぇ!」


 薫は突き出した腕を横に戻し、樹と詩枝には目もくれずに音葉の方へと駆け出した。


「行かせないっ!」


 詩枝は“月刀”に薫を追わせる。“月刀”にとって、走る薫に追い付くは容易だった。だが、薫はマナの斧を背中側へと回すことで、“月刀”によるダメージを皆無にした。やはり、今の“月刀”では彼のマナの武器を貫くことは出来ないようだ。しかし、薫は姿勢を変えたことにより、少し走る勢いが落ちていた。すかさず樹が間に入り込み、薫の前に立ち塞がった。目標を音葉から樹へと移した薫は、巨大な槌を力一杯振り下ろした。樹は後方に飛び退くことでその攻撃を回避し、地面に叩きつけられた槌の周りには、丸い窪みが出来上がった。


「なんて破壊力だ……!」


 驚愕する樹に、横薙ぎの槌が連続で襲いかかる。樹は反撃の隙を窺いながら回避を繰り返すが、大振りな動作とは裏腹に、その攻撃にはほとんど隙はなかった。


「どうしたどうしたぁ? 逃げてばかりじゃ俺には勝てないぜぇ?」

「くっ……!」


 追い詰められる樹を、詩枝が“月刀”で援護をした。詩枝は、マナの斧で隠されていない薫の足元目掛けて“月刀”を直進させる。“月刀”は見事に彼の足を貫き、それが彼に一瞬の隙を生んだ。


「ここだっ!」


 樹はそう言い放ち、薫の胸を剣で貫いた。


「ごふっ……」


 薫は血を吐きながら前方へと倒れた。引き抜かれた剣は鮮血を纏い、薫の傷痕からは赤い液体が流れ出していた。辺りに鉄の香りが立ち込める。


「まずは一回……だね」


 樹のもとへと駆け寄ってきた詩枝が一息吐きながら言った。樹は苦渋を味わったような顔を見せるだけで、何も答えようとはしない。そんな彼の様子を見て、詩枝はフォローの言葉を発する。


「樹、君はまだ人を殺した訳ではない。彼は何度か復活するからね。だから、君の願望はまだ終わってはいないんだよ?」

「そう考えたいのは山々なんだけど、果たしてこれが本当に殺人ではないと言い切れるのかな……」

「……言い切れるよ。僕が保証する」


 樹は何処か腑に落ちないといった様子だったが、詩枝の言葉に賛同するように小さく頷いた。


「さて、次はゾンビ化した彼をどう抑えるかだけど……」


 詩枝は二本の“月刀”を召喚しながら言う。


「これを蘇生する前の彼の心臓に突き刺しておくとどうなるんだろう……?」


 そうすることで、薫が復活した瞬間に心臓を貫かれ、また動けなくなる……という理屈なのだろう。確かに、それよりも安全で手っ取り早い手段を私は思い付くことが出来ない。やってみる価値は十分にあるだろう。


「私もそれがいいと思うよー!」


 樹と詩枝から離れたところに居た私は、少し大きめの声でそう言った。


「うん、やってみる価値はありそうだね……」


 薫は、少なくとも後二回は蘇生するはずだ。不殺の方法を考えるのは、この作戦が上手くいった後でも構わないだろう。


「では……」


 詩枝は、薫の傷痕の上に“月刀”を突き刺した。少量の血液が外に出てくる。


「後は警戒しながら待つだけだ」


 詩枝が薫から少し離れ、少し気を緩めたその時──


「あら、もう倒しちゃったんですの?」


 戦の天才が、ちょうど十五分でこの場に帰還した。エイヤは驚きはしたが、予想の範囲内だといった余裕を見せている。歩みを進めるエイヤの前に、樹が立ち塞がる。


「悪いけど、エイヤさんの相手をしている暇はないんだ。もう一度コーヒーを飲みにいってくれないかな?」

「いえ、結構ですわ。それより、その子に刺してある槍を抜いてほしいのですが……」

「止まれ。それに、“月刀”は抜かないよ」


 エイヤは歩みを止めない。


「へぇ、それは“月刀”という名前なのですね……上弦の月──“クォータークー”といったところでしょうか」

「……またコピーしようっていうのかい?」

「いえ、わざわざ新しくコピーする必要はありませんわ。要はそれ、“クーンシルッピ”でしょう?」


 細かいところは違えど、確かに詩枝そのものが“月鎌”になるのではなく、詩枝が手に取ったように使う“月鎌”という意味では類似していると言えなくもない……エイヤが“クーンシルッピ”を振り回せるのなら──だが。


「皮肉なものですわね。新たに使えるようになった能力が、まさかコピーのコピーになるなんて」

「本当にそうか……後で試してみるかい?」

「遠慮しておきますわ。今日はその斧と槌で結構な量のマナを使いましたし」


 エイヤの言う通り、彼女のマナの量が前回と比べて少なくなっているのは一目瞭然だ。しかし、それは詩枝にも言えること。“月刀”の三段階目と四段階目……この二つの段階は、前二つの段階とは比べ物にならない程マナの消費量が増加している。見た感じだと、今の詩枝は、“月刀”を三段階目まで強化したところでマナが尽きてしまうだろう。

 と、その時、エイヤが突然右方向へと走り始めた。突然の行動に、樹と詩枝は反応が遅れてしまう。エイヤはマナの小銃を形成し、薫に近付きながら、それをところ構わず発砲した。飛び散る弾丸は魔方陣に姿を変える。


「まずい……! ここから離れるぞ詩枝!!」


 樹と詩枝は薫を放置し、障害物となる木々の間に飛び込んだ。

 エイヤは走るのを止め、堂々と歩きながら薫に突き刺さっている“月刀”を抜いた。“月刀”は為す術なく消えてしまう。

 その後、エイヤは考えるような仕草を見せ、私と音葉の方に顔を向けた。何か仕掛けられるかと警戒したが、エイヤは二度頷いただけで何もしてこなかった。彼女は、今度は樹と詩枝の方へ顔を向ける。そして、不要となった魔方陣全てから弾丸を撃ち出した。

 樹と詩枝は木々を利用しながら、被弾なく全ての弾丸を無力化した。全ての魔方陣が無くなったことを確認したエイヤは、横向きで放置されているマナの槌の上に座り込んだ。直後、薫がむくりと立ち上がる。薫は辺りの様子を窺い、樹と詩枝の存在を確認した。樹と詩枝は慌てて別方向へと逃げ出した。薫は詩枝を目で追いかけ、満面の笑みを浮かべた後、全速力で走り出す。迫り来る恐怖に“月刀”を突き刺す詩枝だったが、もはや身体がどうなろうと構わないといった様子で走る薫は止まらない。そのままどんどん詩枝との距離を詰めていく。薫が詩枝に飛び掛かり、二人は地面に伏せる形となった。


「は、放せぇ……!」


 抵抗する詩枝だが、小柄な彼女は大した力を持ってはいない。薫は詩枝の髪を鷲掴みにし、首の横へと口を運んだ。薫は、詩枝に噛み付く為に大きく口を開いた。その時、樹が右手を上に挙げ、こう叫んだ。


「“月鎌”!!」


 直後、詩枝は槍の姿となり、樹の手中に収まった。樹は、それを薫へと投擲する。胸部に穴を開けた薫は、一瞬のうちに力尽きた。

 そんな様子を見ていたエイヤが、樹にヤジを飛ばす。


「今のそれ、わたくしに向かって投げればよかったんじゃないですの?」


 ハッとする樹を見て、エイヤはご機嫌に足を揺らす。今更手遅れなのだが、樹はエイヤに弁解の言葉を述べた。


「い、今は彼を倒すことが最優先事項だ! エイヤさんも見てるだけなら帰ったらどうだい!?」

「見てるだけ? あら、わたくしも参戦してよかったのですの?」

「それは止めてくれ! 見てるか帰るかだ!」


 私と音葉は、無様で弱気な発言をする樹を直視することが出来なかった。今の彼の状態はあまりにも悲惨すぎる。


「見るなと言ったり見てろと言ったり忙しい方ですわね……まぁ、わたくしもここから動く気は無いのですけれど」

「なら、俺らから危害を加えるようなことはしない! だから、エイヤさんも邪魔しないでくれよ!?」

「カタヤイネンは騎士道精神を尊ぶ一族ですわ。不意打ちや妨害なんてもっての他ですわね」


 エイヤはその二つをあえて代表として提示した。まさかとは思うが……

 念の為、私はエイヤのマナに変化がないかを定期的に確認することにした。見るだけでいいというのは、“知悉の瞳”の最大の利点と言えるだろう。

 私の視線に気付いたエイヤは、ニコニコしながら私の目をじっと見つめてきた。私も負けじとガンを飛ばしたが、エイヤは視線を逸らそうとはしない。やがて、耐えられなくなった私は一瞬エイヤから目を逸らしてしまった。エイヤはそんな私をクスクスと笑った。


「あんにゃろ……!」


 その様子に腹が立った私は、思わず感情を口に出してしまった。


「どうしたの?」


 音葉は私と私の視線の先──エイヤを交互に見る。当然この地味な対決のことを知らない音葉は、訳が分からないといった様子だ。

 そんなことをしていると、薫が二度目の蘇生を完了させ、立ち上がった。先手必勝と言わんばかりに斬りかかる樹の前を、エイヤの小銃の弾が通り抜ける。


「ちょっと! 騎士道精神はどうした!?」


 回避する為に立ち止まった樹がエイヤを怒鳴りつける。


「これは悪いことをしましたわね。暴発してしまいましたわ」

「どう見ても軌道がこっちを狙っていたじゃないか!!」

「たまたまですわよ。ほら、余所見してると食べられちゃいますわよ」


 エイヤの言葉通り、薫は樹に飛び付いていた。だが、すんでのところで詩枝が“月刀”で援護した為、被害はゼロに抑えられた。


「うーん、やはり一人では厳しそうですわねぇ……」


 エイヤはそう言い、まだ持っていなかった左手にも小銃を形成した。そして、それらを連射する。


「この大嘘吐き! もう二度と信用しないからな!!」


 樹は捨て台詞を吐きながら遠くへと離れていった。詩枝も同様に、牽制をしながら距離を取る。


「樹! まずはエイヤ=リーサをどうにかしないと埒が明かないよ!」

「“月鎌”もない俺らが彼女に勝てるのか!?」

「それは……うん」


 二人が離れると、エイヤは発砲を止め、マナの槌から地面に降り立った。


「こっちですわよ薫」


 エイヤは薫に二発の銃弾を浴びせ、自身に意識を向けさせた。薫は、狙いをエイヤに定め、樹と詩枝に背を向けて走り始めた。


「何をやってるのよあいつ!?」


 エイヤは薫を牽制するように後退する。だが、手にする小銃を発砲する気配はなかった。

 エイヤが何を考えているのかは読めないが、薫が背中を向けている今こそ彼を倒す絶好のチャンスだ。樹は様子を見ながら薫の後を追い、詩枝は持ち前のリーチで薫の脚めがけて“月刀”を放つ。“月刀”が命中した薫はよろけたが、すぐに体勢を立て直し、目の前の獲物を追い続ける。その姿はゾンビの名に恥じない人間離れしたものだった。そこから一分程経った頃だろうか。不意に薫がその場に縛られるように立ち止まり、俯いた。


「ク、ククク……」


 笑う彼を見て、エイヤも逃げる足を止める。


「サンキューなお姫様ぁ。これで、俺も護衛の騎士となれそうだぜ……」

「礼には及びませんわ。ですが、ここからは貴方一人の手でやるのですよ?」

「分かってるよ」


 蘇生した後の薫には意識がなく、ただ目の前の餌を食べ尽くすことにのみ力を注ぐと推測していた私は、目の前に広がる光景に驚愕した。エイヤとちゃんとした会話が出来るということは、今までの彼は考えた上であのような奇行を行っていたと言うのか。それとも、立ち止まったあの瞬間に冷静さを取り戻したのか……

 ……そのことについては今はどうでもいい。私は、今までとは違って武器を目掛けて歩き始める薫をじっくりと観察した。マナの残量も見えない蘇生の能力も、何一つ変化はしていない。ただ一つ、思考回路だけは蘇生前と同じものに変化していると見受けられる。

 ともかく、厄介なことには変わりない。私と同じ考えらしい詩枝は、彼が武器を手に取る前に止めをさそうと一気に攻め始めた。詩枝の“月刀”が薫の身体を貫通し、これで止められると思ったが、彼は顔を歪めることすらしなかった。“月刀”の刺さったそのままの状態で、薫は着々と前に進んでいる。


「痛覚がないのかしら……?」

「どうなんだろう……私の目で見れればいいんだけどな」


 いくら“知悉の瞳”と言えど、痛覚の有無までは見透すことは出来ない。普通の相手ならば、見えても仕方がないものだからだろう。それが見えなくても特に困ることはないので、私はそこまで悲観することはなかった。

 薫は先程までエイヤが座っていたマナの槌の目前まで迫っていた。それを掴む為に伸ばされた片腕を、樹が斬る。そこから鮮血が溢れ出すことはなく、遠目からでは本当に樹が切断したのかどうかが分からない程だった。樹は少しの動揺を見せたが、その勢いのまま、薫の横腹に剣を突き立てる。彼の左の脇腹から剣が頭を覗かせている。流石に無視することが出来なくなったのか、薫は樹にこう話しかけた。


「いい突きだなおい。だが、それでは俺は止めらんねぇ」


 薫は素早く手を伸ばし、マナの槌を手にした。彼は、それを高速で樹目掛けて振り抜いた。咄嗟に剣を抜くことが出来なかった樹は、手ぶらで後退することとなる。樹を退かせた薫は、自身に刺さった剣を引き抜き、それを舐めるように見ながら言った。


「これ、鉄製の剣じゃねーか! マナが蔓延るこの世界で、今時こんなものを使ってる奴が居たとはな!!」


 薫はその剣を目の前に投げ捨てた。そして、マナの槌を大きく振り上げる。


「おい、何をするつもりだ……?」


 樹はこれから起こるであろうことを信じたくないといった様子をしている。彼の問いかけに、薫は笑顔で答える。


「敵の戦力を削ぐのは当たり前の行為だよなぁ?」


 直後、薫へマナの槌を勢いよく振り下ろした。樹はそうはさせまいと全力で走り、そして飛び込んだ。彼は剣を掴み、腕の力で思いっきり後ろへ飛ぶ。だが、それが間に合うことはなく、彼の両腕は、剣と共にマナの槌の餌食となった。


「うがあああああああ!!!!」


 樹は、獣のような叫び声を上げた。


「たった剣一本でここまでするバカが居るとは思わなかったぜぇ!! マジ傑作だわ」


 薫はそう言いながらマナの槌を持ち上げた。樹の剣は刃が砕け散り、無事だったのは、付け根部分に少し残っている分くらいだった。そんなことよりも、まず樹の腕の方に目が行った。部分部分が吹き飛び、残されたところも地面に縫い付けられているその様は、とても見ていられるものではなかった。


「樹!!」


 音葉が、全速力で彼のもとへと駆け付ける。


「おいおい、自らマナを分けに来てくれたのかよ。それじゃあ遠慮なくいかせてもらうぜぇ?」


 薫は、回復の為に座り込んだ音葉の横腹を思い切り蹴飛ばした。


「うぐ……!」


 一歩遅れて、“月刀”が薫の心臓を貫く。だが、今回の薫は今までの彼とは違っていた。


「心臓なんてもう止まってんだよバーカ!!」


 薫は、詩枝の方へと駆け出す。

 その間に、恐らく折れたであろう肋を押さえながらも、音葉は起き上がろうと尽力していた。マナの力によって、音葉は自分の肋を再生する。それと同時に、音葉の表情もいくらか落ち着いたように見られた。


「樹……今、助けてあげるから……」


 音葉は立ち上がり、ふらふらしながらも樹のもとへと歩き始めた。


「音葉、時間稼ぎは僕に任せるといいよ」


 詩枝は、“月刀”で薫を何度も刺しながら言った。聞こえているのか聞こえていないのか、音葉は黙ったままだった。


「オラオラオラァ! そんな細いモンで俺の槌を止めれるのかぁ!?」

「くっ……!」


 詩枝は力業でごり押してくる薫に苦戦しているようだった。当たれば最後のマナの塊を避け、輝く槍を巧みに操り薫に被害を与える。だが、何処を刺そうと薫は無反応のままだった。彼にとって、“月刀”による攻撃は蚊に刺されたも同然なのだろうか?

 詩枝が苦戦している原因はそれだけではない。既に、彼女のマナは底が見えているのだ。このままやり合えば、すぐにマナが尽き、薫の槌の餌食となるのは避けられない。なので、ここは出来るだけ“月刀”にもダメージを与えない立ち回りが要求される。

 回避と牽制主体の行動を続ける詩枝に愛想を尽かしたのか、突然、薫は立ち止まり言った。


「つっまんね。やっぱ俺、あの牝を殺すわ」


 薫は樹のもとへと辿り着いた音葉の方を見、凄まじい勢いで接近した。


「あっ、待て!」


 反応が遅れた詩枝も、慌てて“月刀”を操る。だが、それも間に合いそうにない。だからここは私の出番だ。

 マナの槌を振り下ろし始めた薫と音葉の間に、私が入る。すると──


「貴女という人は……!」


 エイヤが私を守りに来てくれるのだ。彼女らの狙いは私を生きたまま連れ帰ること。つまり、私には攻撃することが出来ないという訳だ。今の薫の勢いだと止まることは出来ず、私もろとも叩き潰してしまっただろうが、この場にはエイヤが居る。彼女なら、薫の攻撃を塞ぐことも不可能ではないだろう。そう踏んだ私は、内心焦りながらも、なんとか平常心を保ったまま戦場に赴くことが出来た。

 エイヤは、マナの盾で薫の攻撃を防いだ。だが、彼女の腕にも相当なダメージが入ったらしく、顔をしかめながら、もう片方の手で負傷した部分を押さえていた。


「な、凪……!?」

「私にも、皆を守ることくらいなら出来なくはないみたいだよ、音葉……」


 その後、私は樹の回復を急ぐようにと音葉を急かした。音葉も私の言葉に頷き、マナを使い始める。


「“知悉の瞳”!」


 頑張る音葉を眺めていると、急にエイヤが話しかけてきた。


「貴女、頭おかしいんじゃないですの!? 振り回されるこち

 らの身にもなってみなさい!!」

「そ、それだけエイヤのことを信用してたってことだよははは……」

「笑い事ではありませんわ! おかげでわたくしの腕が──」

「あー分かった分かった! 後で病院着いていってあげるから!」

「そういう問題では……はぁ、もういいですわ。薫、“知悉の瞳”を避けて、やっちゃいなさい?」


 そう言われた薫は、私を通り抜け、二人の目の前でマナの槌を振り上げた。だが、私がマナの槌に触れると、薫はそれを振り下ろそうとはしなくなった。


「退けよ“知悉の瞳”」

「退かないよ。音葉たちは私の仲間だし」

「ならやーめた」


 薫は、頑なな私を見て槌を地面に下ろした……かのように見えた。薫は下に向けたマナの槌をゴルフのドライバーのように振った。油断していた私は、今度は間に入ることが出来ない。槌が二人を吹き飛ばす──そう思ったその時、彼は治った手に持った砕けた剣の腹で、薫の槌を受け止めた。その剣はただの剣ではなく、失った刃の部分をマナで補強したものだった。


「いいねぇ……」


 薫はにこやかに笑う。


「何もよくないよ」


 樹はそんな薫を睨み付けて言った。そして、剣を構え直し、マナの槌を真っ二つに切断した。


「わたくしの槌をあっさり……!?」


 エイヤは慌てて樹の方に振り返る。樹はその視線に気付かず、フッと笑い、縦に真っ直ぐ薫に剣を通した。薫は血をじわじわ流しつつ、二つに割れた。


「どうやって生きていたのかは知らないけど、心臓が動いていないと出血もこんなものか……」


 樹は小さな声で呟いた。


「さて、エイヤさんはどうする? 俺とやるかい?」

「……いえ、今日は撤退させて戴きますわ」


 エイヤはいつになく真剣な声でそう言った。そして、上空を飛ぶコウモリを呼び寄せ、何かを囁いた後、ゆっくりと立ち去っていった。


「マナを断つ剣……か」


 緊張の解けた私は、伸びをしながら呟いた。



 ◆



「ところで樹は、どうして彼がもう生き返らないって分かったの?」


 私たちは校門を出て、先程の戦いについて語り合っていた。


「心臓じゃないなら脳かなって思って。でも、もしかしたらまた明日何食わぬ顔で襲ってくるかもしれないし、気は抜けないね」


 確かに、彼は首を斬られても生きていた。また生き返ってきてもおかしくはないだろう。私たちがそんな話をしていると、黒い装束を纏った数名の人々が、私たちの横を通り抜け、校門を潜っていった。


「何だろ、あの人たち」

「話してなかったっけ。彼らは整理人。能力者同士の戦いによる環境の変化を修整する能力者だよ」

「“大黒蠍”の壊した校舎もあの人たちが?」

「その通り。時間が時間だったから、彼らが来る前に皆には帰ってもらったんだけどね」


 これで、謎の能力者問題は大方片付いたはずだ。思っていたよりあっさりしていたが、疑問が解決するのは悪いことではない。私は、自分にそう言い聞かせて納得することにした。と、その時、今度は見覚えのある人物が私たちの前に姿を現した。


「あ、“AR”ちゃんじゃん! どうしたの、こんなところで」


 私は、いつものように軽い口調で言った。だが、“AR”は対照的に、いつも以上に真剣な顔をしていた。


「“アンジェリカ・ラインハルト”──それが私の名前よ」

「かわいい名前だね」


 平凡な返答をしたのは私だけだった。


「ラインハルトって、まさかあのラインハルト……?」

「どのラインハルトかは知らないけど、多分そのラインハルトよ。最初の能力者と言われている“シャルロッテ・ラインハルト”はあたしの祖母よ」

「嘘でしょ……!?」


 この音葉の驚きようから察するに、シャルロッテという人物は、相当凄い人物なのだろう。 私はその人物について全く知らないが、能力者業界では有名な人物なのだろうか……?


「だからあたしは、“召喚士”なんてリスキーな能力者をやってられんのよ」

「“召喚士”ってリスキーなんだ?」

「ええ。最初に生涯を共にする相棒を自分に仕えさせて、その子と一緒に、“召喚士の門”から他の“召喚獣”を倒しに行くのよ。無事倒せたら、見事その“召喚獣”は“召喚士”のもの。最後に与えたダメージが弱点となるから、考えて攻撃しないと弱点剥き出しの“召喚獣”になってしまうわ──この手順の間に殺されてしまう“召喚士”は数知れず。あたしはキャルク──“キャトルベルセルク”を相棒に選んだから、特に苦労せずに“召喚獣”を捕まえ放題な訳だけど」

「そんなにベラベラ喋っちゃって平気なの?」


 自分で聞いておきながらこんなことを言うのもあれだが、流石にこれは喋りすぎな気がした。戦況を左右するような内容では無さそうだから特に支障は無いのだろうか。


「そう、それを言いに来たのよ」


 アンジェリカは、左手の人差し指で私を真っ直ぐ指差した。


「明後日、あたしはあんたを連れ去りに来る! そして、周りの奴らは全員殺す!」

「それと喋りまくることにどんな関係があるのさ?」

「あたしが殺されたら、あたしの情報なんて無価値な石ころになる。逆にあたしが“知悉の瞳”を連れ帰り、周りの奴らを黙らせれば、あたしが話した事実は無くなったも同然となる……あんたたちにあたしの情報をバラしたのは、言わば果たし状ね」

「……覚悟は出来てるってこと?」

「その通りよ」


 ここまでの意志はなかなか持てるものではない。この決闘を断ることは、失礼なんてものではないだろう。直接戦う訳ではない私が言うのも変かもしれないが、ここは受ける他ない。


「分かった……かどうかは分かんないけど、私は“AR”ちゃんと対峙してあげたいと思うかなーなんて……」

「そう……なら、明後日の二〇時にここに来なさい。全てを終わらせてあげるから──」

「え、他の三人の意見は?」

「知らないわよそんなの。“知悉の瞳”を守りたいなら来れば?」


 私のうっかりした発言で、皆を巻き込んでしまう事態となった。困惑の表情で三人を見回すと、意外なことに、三人は肯定的な顔を見せた。


「名を明かしたあたしを“AR”として接してくれたのは“知悉の瞳”……あんただけよ。それと、あの高いやつ一口くれてありがとう。さようなら──」


 自分の用はこれだけと言わんばかりに、アンジェリカはその場を去った。

『さようなら』と言った彼女の顔を、私は一生忘れることはないだろう。

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