1章2話
「魚 拓哉です。バスケ部に入るつもりです」
「牛田 奈津です。あ、よっ、よろしくお願いします」
「早乙女 音音です。よろしく」
「獅子堵 稔です。よろしくお願いします。」
「双児 百合です。なにとぞよろしくお願いします。」
「白羊 愛莉です!気兼ねなく愛莉って呼んでいいんで!」
クラスで行われた自己紹介。一人一人言っていったが、拓哉と愛莉以外は似たような自己紹介だった。
だが、六人の周りからの反応はなんだか違っていた。
小声でかっこいいとか綺麗とか可愛いとか聞こえた。
中学のころから六人は特に目立った。見た目は一般的に言う美人やイケメンに分類されるし、能力面も高いところがある。
クラスから、いつも一目を置かれていた。
「いつも通りの反応だね」
入学式を行うため、体育館へと向かう途中で愛莉が笑いながらそんなことを言った。
「特に、音音ちゃんのときとか」
「そうそう。結構両親のこと口々にしてたよね。まぁ、音音お母さん似だからすぐばれるよ」
音音の両親は有名人で、父親も母親も音楽関係の仕事をしている。
父は指揮者、母親は作曲家。あまり公の前には出ないが、その容姿でよく雑誌にも掲載される。
そんな両親の間に生まれた音音は小さいころから音楽に触れていたこともあり、自分の将来は音楽関係の仕事をしたいと考えている。
今回の部活も、もともと音楽関係の部活以外は興味もなく、入る気もなかった。
「校則も確認したし、百合はどうする部活。私と音音は部活設立するが」
「私も二人と同じ部活に入ろうと思ってたから、混ぜてくれるならそれがいい」
「おぉーさすが百合だー」
ぎゅっと百合を抱きしめる愛莉。
校則には、部活設立の際は部員4人以上と顧問が必要となる。
部室も用意しないといけないが、そこは部活が正式に決まってからとなる。
「後一人かぁ」
「稔はともかく、奈津は入るんじゃない?愛莉いるし」
「うん。愛莉ちゃんいるからね」
「えっ、何で私?」
よく分からないという表情をする愛莉。百合と音音はくすりと笑っていた。
やがて、体育館へと入場していく。一年生が座るであろう席の後ろには、先輩たちの姿があった。
自分たちとは違うの色の制服を身にまとう先輩たち。
2年は緑、3年は青。そして1年は赤。
女子の制服はブレザーだが、男子の制服は学ラン。違いを見分けるのは襟元に書かれた刺繍された学校の公証の色。
拍手を送る先輩たち。少し恥ずかしさはあるが、自分が高校生になったという実感がわいてきた。
長い長い先生や来賓の言葉が続き、一部では眠りにつこうとしていた。
愛莉や拓哉もその餌食にかかろうとしていた。
『では続いて。生徒会長、水瓶 紅蓮からの言葉です』
司会者の紹介で、ステージ袖から一人の男子生徒が現れた。
後ろから、甘い気配を感じて振り返れば、先輩たちが彼に見惚れていた。
新入生の中にも彼に見惚れているものはいた。
『新入生の皆さんご入学おめでとうございます。鈴音学園生徒会長をしている、2年2組の水瓶紅蓮といいます』
音が鳴る感じがした。
空気が振るえ、耳に届くときに心に響く。ただ話しているだけなのに、彼の言葉一つ一つが人の心に響かせている感じがした。
「ド、ファ……レ♯……」
「音音ちゃん?」
彼の言葉の音をつい口からこぼし始めた。一つ一つ、丁寧に、音を理解してく。
手のひらに、楽譜を作るように書き込んでいく。
『皆さんが、この学園で多くのことを学び、得ることができればよいと願ってます』
挨拶を終えると拍手があふれえる。それはまるで、演奏を終えたステージのようだった。
なぜか、音音は彼から目が離せなかった。
「愛莉ちゃん、終わったよ」
「ぇ……ぁあ……寝てた」
「うん、気持ちよさそうにね。音音ちゃん戻……音音ちゃん?」
「へ? な、何?」
「どーしたの?」
「なんでもないよ。さぁ、戻ろ戻ろ」
二人の背を押しながら、音音は教室へと戻った。
一瞬、別世界に居たような気がした。百合に声をかけられなかったら音音は戻ることができなかった。
なんだか体がふわふわするような、そんな気がした。
「よしっ、メンバー決定!」
教室に戻り、奈津、稔に部員の件を話せば、奈津は満面の笑みを浮かべて返事を出し。稔は大きくため息をつきながら付き合ってやると言ってくれた。
「後は、顧問だけど……」
「担任に相談してみる?」
「そうだね。言うだけ言ってみようか」
「俺、先帰るな。メンバーじゃないし」
「付き合ってくれないのぉ?」
口を尖らせながら愛莉が拓哉に言った。
「部活、明日から参加するから準備」
「早くね?」
「運動部はそんなもん。じゃあがんばれよ、陰ながら応援してる」
軽く手を振り、拓哉は教室を出て行った。
そんな背中をしばらく見つめた後、五人は担任の元へと足を運んだ。
「顧問?」
部活の件を話せば、少し難しいといっていた。
教師の顧問担当の掛け持ちは許されておらず、ましてや部活の顧問をしていない教師などいるかもわからないらしい。
駄目か、と全員が諦めた。だけど、その時担任が声を漏らした。
「射手田先生ならやるんじゃないかしら」
「射手田先生?」
「2年2組の担任をしてるの。確かどこの部活の顧問もしてないし、昔バンド組んでたってきいたことあるわ」
「本当ですか!?」
「今、どこに居ますか?」
「もう戻ってくるんじゃ……っと、噂をすれば」
職員室の扉が開き、そこから白衣に身を包んだ中年の男が姿を現した。
髪はぼさぼさで、ひげも生やしていて、見方しだいではダンディな人だ。
「射手田先生、ちょっといいですか?」
「……なんですか天秤先生」
少しけだるそうにこちらへとくる射手田先生。
ちらりと音音たちの姿を見るが、すぐに彼女に視線を戻す。
「先生、どこか部活の顧問してましたっけ?」
「いや、してないですけど……」
「実は、この子達が新しい部活を作るらしく、その部の顧問をしてほしいんです」
「先生の生徒でしょ? 先生が面倒見ればいいんじゃないんすか?」
「そうしたいんですけど、教師の部活顧問の掛け持ちは許されてないんです」
「……ちなみに何の部活すか」
小さく舌打ちをして、視線を音音たちに向ける。
肩をびくりと跳ね上げながら、愛莉が部活名を言おうとしたとき、射手田の視線が音音に向けられる。
じっと見られ、なんだろうと音音は首をかしげると声をかけられる。
「名前は?」
「へ?さ、早乙女音音です」
「……いいだろう。顧問、してやる」
「えっ、部活名言ってないですよ!!」
「どうせ軽音楽部だろ。この学校ねぇーし」
軽く手を振り、射手田はその場を去ろうとした。
「あの!!」
その時、音音が彼を引き止めた。一つ、彼女は彼に聞きたいことがあった。
「どっちと知り合いですか?」
「……両方だ」
そう小さくつぶやいて、彼はその場を去っていった。
「びっくりしたー。というか怖かった」
「あれ、絶対元ヤンだよ」
帰り道、射手田先生の話で盛り上がりながら、部活のことも話していた。
書類に代表の名前とその他部員の名前、顧問の名前を記入の後、生徒会に提出するという形になる。
「部長はやっぱ音音かな~。音楽一家だし」
「小さいころからリーダーシップあるしいいんじゃない?」
「えっ、愛莉じゃないの!?」
「私副部長♪」
「……ねぇ音音ちゃん」
その時、小さく震えながら百合が音音に声をかける。なんだろうと思って視線を向ければ、何か言いにくそうにしていた。
「さっきの、射手田先生が音音ちゃんの名前聞いて顧問していいっていったでしょ?で、どっちと知り合いって言ってたけど……」
「あぁそれ?……先生、たぶんうちの親と知り合いみたい」
「えぇええええええ!!」
「愛莉驚きすぎ」
「だって!見たでしょ!あれが音音の親と知り合いだよ」
それはある意味失礼な気がした。しかし、なんとなく納得はいくような気がした。
音音の両親は、学生時代に友人たちとバンドを組んでいたことは知っている。天秤先生は射手田先生がバンドを組んでいたといっていた。ということは、もしかしたら両親と同じバンドに入っていたかもしれない。
(帰ったら聞こうかな)
やがて音音の家へと着き、愛莉が鞄から一枚のプリントを取り出して音音に渡した。
「じゃあ、プリントは部長である音音に託すね。ちゃんと記入して持って来るんだよ」
「うん。じゃあ、また明日」
「ばいばーい」
「またね」
四人に軽く手を振ると、音音はそのまま家へと入って行った。
「ただいまー」
リビングに行けば、珍しく全員そろっていた。
「あ、音ねぇお帰り」
「ただいま。兄様早かったんですね」
「龍とゲームの約束してたからな、即効で終わらせて戻ってきた。ってうぉあ!龍ストップストップ」
「待ったなし!」
負けたらしく、兄は膝から崩れるように床に倒れた。
それを見ると、そのまま部屋を出て自室へと入っていく。
はじめて着た制服を脱ぎ、私服に着替えて下へと戻る。
「母様、何か手伝いましょうか?」
「ありがと。じゃあ、お皿を並べてくれる?」
「わかりました」
棚から皿を出し、テーブルに並べる。
「そういえば母様」
「何?」
「射手田という苗字に心当たりはありますか?」
「射手田……」
小さくうなりながら、昔のことを思い出すように考えた。そして、あっ!と声を出して、昔のことを懐かしむように話した。
「覚えてる覚えてる。昔、一緒にバンドやってた人よ。ベース担当だったかな。あの時は若かったわー」
母の幸せそうな懐かしそうな、そんな複雑な顔を眺める音音。
「音音、なんで高貴のこと知ってるんだ?」
朝見ていた新聞に再び目を通しながら、父が音音に尋ねた。
姿勢をただし、父の質問に答えた。
「私の通ってる学校で教師をしてまして、今度新しく作る部活の顧問をしてもらうんです」
「ほぉー、高貴がな」
「最初はあまりのりきじゃなかったんですが、知り合いの娘がいるからやってくれたんじゃないかと思います」
「それは違うぞ」
父の厳しい一言に、音音の肩が小さく跳ね上がった。
「あいつはたぶん、ただのお遊びで音楽をやろうとしてないということがわかったんだろう。俺や茜の娘だからとかじゃなくて、こいつらはまじめに取り組むだろうって」
「……」
「高貴によろしくな」
「はい」
「じゃあ、ご飯にしましょうか」
母が準備を始めるが、一人だけ席につけなかった。
「何回勝ったの?」
「全勝」
「兄様、ご飯ですよ」
「心に傷を負った……」
ソファーに横になり、小さくうずくまる兄に、音音は大きくため息をついた。
「兄様が好きなビーフシチューなのに……」
小さく音音がつぶやけば、スッと体を起こして席に着いた。
とても早い切り替えに、ある意味関心を覚えた。
いつものことで、家族誰一人として突っ込んだりはしなかった。
家族団らんを楽しんだ後、音音は明日提出する部活の申請用紙に記入を開始した。
部活名と代表者の名前、部員名に顧問の名前を記入する。
コンコン
部屋の扉がノックされ、軽く返事を返せば父が入ってきた。
「父様」
「今、大丈夫か?」
「あ、はい」
父はそのまま床に座り、音音も向かい側に座った。
「お前に言うことがあってな」
「何でしょう」
「父さんも母さんも、明日からウィーンに行かないといけないんだ」
「……急、ですね」
「龍たちには言ってある。家のことは、うまく三人でやってほしい。お前には一番迷惑をかけるかもしれないが……」
「いえ、お仕事ならしかたありません」
「それともう一つ、これをお前にやる」
そう言って父が渡したのは一本の鍵だった。
「倉庫の鍵だ。新しい部活なら、部費もないだろうから楽器などの機材も買えないだろ。お古だが、自分の楽器が買えるまで好きに使ってくれ」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げてお礼の言葉を述べる。
そのまま父は部屋を後にし、音音はメールで楽器のことをメンバーに伝えた。