表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ7.精霊王がいる世界
97/100

15.何故貴方はそこにいるの? (6)

「貴方は……」

「お姉さん?」

 ニキが、不思議そうな顔でこちらを見ているのは気付いたが、雛㮈は精霊王から目が逸らせなかった。

 召喚の名残りか、精霊王が放つものなのか、キラキラしたものが降ってくる。その光景はとても幻想的であったが、雛㮈が目を逸らせない理由は、そこではない。

 ふうむ、と唸った精霊王は、強い光に包まれた。

「わっ」

 ふっくりした精霊の姿が萎んでいく。現れたのは、綺麗な彼、あるいは彼女だ。白いローブに身を包み、緩いウェーブを描く金髪の人物が、そこに立っていた。姿形は人間そのものだが、本能が、これは自分たちとは全く違う生命体なのだと訴える。

(……全く違う? 本当に(・・・)?)

 雛㮈は、自分の“疑問”に戸惑ったように、額に手を当てる。

「ヒトの子、思い出しましたか?」

「え……?」

 問い掛けに、ぼんやりしている頭で「私をこの世界に送った人……」と答える。そうだ、確かに、あの時自分はこの人と会っている。

「そうだね、私は君をこの世界に落とした。望んだのはこの世界、選んだのは君だけれど」

 それだけ? と訊ねる精霊王に、チクリと頭が痛んだ。まだ、足りない?

 カーダルの大きな手が肩に回り、雛㮈を支える。我に返った。

「わ、私のことは、構いません。それより、教えて欲しいことがあるんです」

「何かな、場合によっては、対価を貰わねばならないよ。私は、平等でなくてはならないから」

 精霊王は、涼しげな顔をしている。

 フゥ、と息を吐く。落ち着け、と心に言い聞かせてから、言葉を紡ぐ。

「精霊の王様。過去に貴方様を、ファンクスさんという方が訪ねたはずです。その時に、彼が何を願ったのか教えてください」

「ああ、憶えているよ。憶えている。けれど、それは私の口からではなく、彼に直接聞いたらどうかな」

 精霊王が視線を動かした先に、黒いローブに全身を包んだ男が出現していた。それを見て、唐突に気付く。あぁ、ここの空気は“深層世界”に近しい。だから(・・・)彼は(・・)来れたのか(・・・・・)

「……ファンクスさん」

 フードの奥から、悲しげな瞳が見えた。

「やっぱり、君は、……君たちは、ここに来るのか」

 そう言いながら、誰かを求めるように視線を動かす。「アイレイスさんは、ここにはいません」伝えると、彼の視線はぴたりと止まった。小さく聞こえたのは、「ああ、そうだった」という静かな嘆き。

 ファンクスが一歩前に出る。警戒するようには、あるいは好敵手と認めたためか、ディーが動こうとする。

「止まってください、大丈夫です」

 指示を出すと、ディーは不自然に不敵な笑みを浮かべた。不機嫌なのかもしれないな、と思ったが、気にしない。

 一歩、一歩。ファンクスに近寄る。肩の温もりは離れない。

「今度は、最後まで話をしてくださいますよね」

 瞳は再びフードの奥に隠れ、なんの感情も読み取れない。しかし深層世界には、人の色が映る。影響を受けやすい彼であれば、尚のこと。

 彼の周りに見え隠れするのは、悲しみ。決意。……愛おしさ。

「僕からは何も話さない。前に言った通りだ」

 足が止まる。感情を眺める。

「なら、答えてください。貴方の行動は、全てアイレイスさんを助けるためですか?」

 返答は無かった。

 ただ、ぶわりと広がった色彩が、答えを如実に示していた。

 考えろ。考えろ。材料はもう揃っているはずだ。そのことを雛㮈は知っている。

「アイレイスさんを蝕んでいるのは……魔力枯渇の症状ですよね。光眠り病と同じ。違うことがあるとすれば、それは心の中に、闇に堕ちた精霊がいること」

 それは、彼女の魔力を吸い込み、身体と精神を蝕む。それが、“代償の血”だ。

 何故、精霊風を鎮める代償が、ソレだったのだろう。


 ──パン、と弾ける。


 魔力が足りなかったのだ、と知識を得る。膨大な魔力が必要で、それを精霊風を使い世界中から集めようとしていた。たくさんの精霊を救うために。世界のバランスを整えるための、それは自然現象だった。

「精霊風が発生した年は、大きな戦争があって、多くの人が命を落としました。たくさんの黒い精霊が生まれました」

「精霊が?」

「……精霊は、再び命を得る前の、純粋な魂なんです」

 魔力が満ちた時に、ようやく次の道に進むことができる者たちだ。黒い精霊は、負の感情が多く残る魂。浄化には、通常以上の魔力が必要となる。

「精霊風の代わりは、アイレイスさん一族の魔力。だから、魔力枯渇状態になっていく。……貴方はそれを止めるために、他のところ(・・・・・)から魔力を集めようとしたんですか?」

 無作為に、精霊を人の深層世界(こころ)に飛ばして。 アイレイスを救う、それだけを求めて。

「そして貴方自身は……」

 ぐるり、と思考が揺れる。知識の種が膨らむ。考え続ければ、答えは得られる。本来雛㮈が知っている情報。雛㮈が──という存在だから。

 逃げそうになる。でも、逃げる訳にはいかなかった。


 ──パン、と弾ける。


「アイレイスさんの状態を確認するために、でしょうか。自分自身がその糧になるために、という理由もありますか? ──貴方は、精霊(純粋なる魂)になったんですね」

 精霊獣(ラルク)や、悪魔(ディー)と近しい存在になった彼を、見据える。

「精霊? でもあいつ、別に普通に見れるよ」

 ニキが目を擦る。精霊は、精霊使いにしか見ることができない。それが常識だ。

 それは、と言い淀む雛㮈の言葉の続きを、ラルクが受け継いだ。

「精霊でも自我が強ければ、自らに合った形(・・・・・・・)を取ろうとするからの。どちらかといえば、我やそこの悪魔と同じじゃろ」

「もっと言うなら、我が主と同種ですねえ」

 そうだ。雛㮈は死後魂の赴くままに“光”を探し求めて進み、──そして、なんの因果なのか、普通の“精霊”のように魂が初期化されることないまま、この世界に辿り着いた。それが偶然だったのか、はたまた必然だったのかは、精霊の知識を持ってしても分からない。彼女は世界と惹かれ合い、結果として、雛㮈はこの世界に存在している。

 悪魔が付け加えた言葉を聞いたニキが「は?」と口を真ん丸に開いた。それから首を傾げて考えると「……ああ、そうだったんだ」と簡単に受け入れた。

「元が不思議だったから、むしろそういう不思議な生命だったんです、って言われた方が納得できる、うん」

「う、うぅ……」

 複雑な心中である。

 ふと、ニキが何かに気付いたように、ポンと手を打った。

「じゃあ実年齢は23歳だけど、見た目はもっと若い頃なの?」

「年齢通りですよ!」

 複雑な心中である!

 大体、別に日本人の中で自分が特別に童顔って訳でもないのに。この世界の人間が、年齢の割に大人びているのだ。

 ──そもそも、享年が23歳というだけで、今の実年齢が本当に23歳かと問われると、困ってしまうのだけれども。なにせ、あの闇の中を漂う間、いったいどれだけの時が流れたのか、定かではないのだ。一瞬であったような、それでいて長い長い時を経たような。あれは、そんな時間だった。

 うー、と唸った雛㮈を、カーダルが、どうどう、と言うように頭を撫でた。……この人が一番自分を年下扱いしていると思う。

「あー。うん。えーと、君たちはコントを見せにきたのかな?」

「違いますよっ」

 止めるべき相手から止められ、雛㮈は先程の落ち着いた様子はどこへやら、半分涙目で大声を出した。




ああああ、更新日、日付を跨いでしまった……!ひゃー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ