15.何故貴方はそこにいるの? (6)
「貴方は……」
「お姉さん?」
ニキが、不思議そうな顔でこちらを見ているのは気付いたが、雛㮈は精霊王から目が逸らせなかった。
召喚の名残りか、精霊王が放つものなのか、キラキラしたものが降ってくる。その光景はとても幻想的であったが、雛㮈が目を逸らせない理由は、そこではない。
ふうむ、と唸った精霊王は、強い光に包まれた。
「わっ」
ふっくりした精霊の姿が萎んでいく。現れたのは、綺麗な彼、あるいは彼女だ。白いローブに身を包み、緩いウェーブを描く金髪の人物が、そこに立っていた。姿形は人間そのものだが、本能が、これは自分たちとは全く違う生命体なのだと訴える。
(……全く違う? 本当に?)
雛㮈は、自分の“疑問”に戸惑ったように、額に手を当てる。
「ヒトの子、思い出しましたか?」
「え……?」
問い掛けに、ぼんやりしている頭で「私をこの世界に送った人……」と答える。そうだ、確かに、あの時自分はこの人と会っている。
「そうだね、私は君をこの世界に落とした。望んだのはこの世界、選んだのは君だけれど」
それだけ? と訊ねる精霊王に、チクリと頭が痛んだ。まだ、足りない?
カーダルの大きな手が肩に回り、雛㮈を支える。我に返った。
「わ、私のことは、構いません。それより、教えて欲しいことがあるんです」
「何かな、場合によっては、対価を貰わねばならないよ。私は、平等でなくてはならないから」
精霊王は、涼しげな顔をしている。
フゥ、と息を吐く。落ち着け、と心に言い聞かせてから、言葉を紡ぐ。
「精霊の王様。過去に貴方様を、ファンクスさんという方が訪ねたはずです。その時に、彼が何を願ったのか教えてください」
「ああ、憶えているよ。憶えている。けれど、それは私の口からではなく、彼に直接聞いたらどうかな」
精霊王が視線を動かした先に、黒いローブに全身を包んだ男が出現していた。それを見て、唐突に気付く。あぁ、ここの空気は“深層世界”に近しい。だから、彼は来れたのか。
「……ファンクスさん」
フードの奥から、悲しげな瞳が見えた。
「やっぱり、君は、……君たちは、ここに来るのか」
そう言いながら、誰かを求めるように視線を動かす。「アイレイスさんは、ここにはいません」伝えると、彼の視線はぴたりと止まった。小さく聞こえたのは、「ああ、そうだった」という静かな嘆き。
ファンクスが一歩前に出る。警戒するようには、あるいは好敵手と認めたためか、ディーが動こうとする。
「止まってください、大丈夫です」
指示を出すと、ディーは不自然に不敵な笑みを浮かべた。不機嫌なのかもしれないな、と思ったが、気にしない。
一歩、一歩。ファンクスに近寄る。肩の温もりは離れない。
「今度は、最後まで話をしてくださいますよね」
瞳は再びフードの奥に隠れ、なんの感情も読み取れない。しかし深層世界には、人の色が映る。影響を受けやすい彼であれば、尚のこと。
彼の周りに見え隠れするのは、悲しみ。決意。……愛おしさ。
「僕からは何も話さない。前に言った通りだ」
足が止まる。感情を眺める。
「なら、答えてください。貴方の行動は、全てアイレイスさんを助けるためですか?」
返答は無かった。
ただ、ぶわりと広がった色彩が、答えを如実に示していた。
考えろ。考えろ。材料はもう揃っているはずだ。そのことを雛㮈は知っている。
「アイレイスさんを蝕んでいるのは……魔力枯渇の症状ですよね。光眠り病と同じ。違うことがあるとすれば、それは心の中に、闇に堕ちた精霊がいること」
それは、彼女の魔力を吸い込み、身体と精神を蝕む。それが、“代償の血”だ。
何故、精霊風を鎮める代償が、ソレだったのだろう。
──パン、と弾ける。
魔力が足りなかったのだ、と知識を得る。膨大な魔力が必要で、それを精霊風を使い世界中から集めようとしていた。たくさんの精霊を救うために。世界のバランスを整えるための、それは自然現象だった。
「精霊風が発生した年は、大きな戦争があって、多くの人が命を落としました。たくさんの黒い精霊が生まれました」
「精霊が?」
「……精霊は、再び命を得る前の、純粋な魂なんです」
魔力が満ちた時に、ようやく次の道に進むことができる者たちだ。黒い精霊は、負の感情が多く残る魂。浄化には、通常以上の魔力が必要となる。
「精霊風の代わりは、アイレイスさん一族の魔力。だから、魔力枯渇状態になっていく。……貴方はそれを止めるために、他のところから魔力を集めようとしたんですか?」
無作為に、精霊を人の深層世界に飛ばして。 アイレイスを救う、それだけを求めて。
「そして貴方自身は……」
ぐるり、と思考が揺れる。知識の種が膨らむ。考え続ければ、答えは得られる。本来雛㮈が知っている情報。雛㮈が──という存在だから。
逃げそうになる。でも、逃げる訳にはいかなかった。
──パン、と弾ける。
「アイレイスさんの状態を確認するために、でしょうか。自分自身がその糧になるために、という理由もありますか? ──貴方は、精霊になったんですね」
精霊獣や、悪魔と近しい存在になった彼を、見据える。
「精霊? でもあいつ、別に普通に見れるよ」
ニキが目を擦る。精霊は、精霊使いにしか見ることができない。それが常識だ。
それは、と言い淀む雛㮈の言葉の続きを、ラルクが受け継いだ。
「精霊でも自我が強ければ、自らに合った形を取ろうとするからの。どちらかといえば、我やそこの悪魔と同じじゃろ」
「もっと言うなら、我が主と同種ですねえ」
そうだ。雛㮈は死後魂の赴くままに“光”を探し求めて進み、──そして、なんの因果なのか、普通の“精霊”のように魂が初期化されることないまま、この世界に辿り着いた。それが偶然だったのか、はたまた必然だったのかは、精霊の知識を持ってしても分からない。彼女は世界と惹かれ合い、結果として、雛㮈はこの世界に存在している。
悪魔が付け加えた言葉を聞いたニキが「は?」と口を真ん丸に開いた。それから首を傾げて考えると「……ああ、そうだったんだ」と簡単に受け入れた。
「元が不思議だったから、むしろそういう不思議な生命だったんです、って言われた方が納得できる、うん」
「う、うぅ……」
複雑な心中である。
ふと、ニキが何かに気付いたように、ポンと手を打った。
「じゃあ実年齢は23歳だけど、見た目はもっと若い頃なの?」
「年齢通りですよ!」
複雑な心中である!
大体、別に日本人の中で自分が特別に童顔って訳でもないのに。この世界の人間が、年齢の割に大人びているのだ。
──そもそも、享年が23歳というだけで、今の実年齢が本当に23歳かと問われると、困ってしまうのだけれども。なにせ、あの闇の中を漂う間、いったいどれだけの時が流れたのか、定かではないのだ。一瞬であったような、それでいて長い長い時を経たような。あれは、そんな時間だった。
うー、と唸った雛㮈を、カーダルが、どうどう、と言うように頭を撫でた。……この人が一番自分を年下扱いしていると思う。
「あー。うん。えーと、君たちはコントを見せにきたのかな?」
「違いますよっ」
止めるべき相手から止められ、雛㮈は先程の落ち着いた様子はどこへやら、半分涙目で大声を出した。
ああああ、更新日、日付を跨いでしまった……!ひゃー!




