14.何故貴方はそこにいるの? (5)
「泣いていたか?」
あまりにも真っ直ぐすぎる言葉は、飾りも何も無いが、その分ストレートに響いた。否定も肯定もできずに黙り込んだ雛㮈は、カーダルと目を合わすことができず、そっと目を伏せた。
眦に触れていた手が滑り、黒く透き通る髪に触れる。少しの躊躇いを見せた指先は、けれどすぐに先へと進み、頭の後ろまで回った。ぐっと引き寄せ、カーダルの胸に顔を押し付ける。
濡れますよ、と言おうとしたが、そんなことを言えば、顔からも声からも、泣いていることがバレてしまう。
その身体を押し返す予定だった手は、カーダルの服をぎゅうと掴んだ。
どれだけの間、そうしていただろう。
「精霊王召喚……やりたく、ないか?」
え、という言葉は、喉に詰まって、声にならなかった。
「お前は、ミディアスも救ってくれた。もしどうしても嫌なら……」
きっとそれは、この期に及んで本来許されることではない。雛㮈と同程度の魔力を集めることだって、不可能だろう。
──それに。
「私は、会わないと」
アイレイスの助けに、今更なれるのかは分からなくて。ただ、託された言葉があるから。それを届けるのは、自分でなくてはいけないと思うから。
「彼に……ファンクスさんと、話がしたいです」
それに、と続ける。
手で乱暴に目を擦ると、カーダルの顔を見上げる。
「貴方の隣に、ちゃんと立っていたいから」
この世界の人間では無いから、と。
そんな言葉で拒否するのは、とても簡単なことだ。しかしその垣根を越えて進むと決めたなら、ここで逃げ出してはいけないと思った。
影が降ってくる。雛㮈はそれを、穏やかな気持ちで受け入れた。
さて、とカーダルは名残惜しそうな顔をしながらも、雛㮈と距離を取る。
「これ以上外にいると、夜風で身体が冷える。早く入って寝ろよ」
何故か早口で言うなりバルコニーの縁に足を掛けようとしていたカーダルを、慌てて止める。どう戻ろうとしているのかは想像がついた、が。
「部屋に入ればいいと思います!」
わざわざそんな危険なルートを選ばなくても、雛㮈の部屋を通り抜け、廊下に出れば良いだけの話だ。腕に縋った雛㮈を、カーダルが肩越しに振り返る。
「……お前の世界でのしきたりは知らないけどな」
何の話だろう。突然始まった話に、きょとんと目を瞬かせる。
「こっちの世界じゃ、未婚女性が足を見せることは、良くない。夜に自室に男誘うのは、それよりも強い意味を持つからな?」
アイレイスとカーダル曰く、足を見せる行為は、相手を誘う意味があって。それよりも強い意味──ボフッ、と顔から湯気が出た。
「そっ、ちっ! ちがっ! 単に部屋を通って廊下に! というだけですから!」
慌てて手を離し、左右にあたふたと振る。暴れる雛㮈をしばらく眺めたカーダルは、不意にふっと笑った。
「分かってるよ、ばーか」
悪戯っぽく笑った彼は、最後に雛㮈に「落ち着け」と言うように頭を叩くと、バルコニーの縁に掛けた足に力を入れ、跳躍した。上方から、ガン、と音がした。駆け寄って上を見ると、三階のバルコニーからヒラヒラと手が振られる。無事に着地までできたようだ。
ホッと胸を撫で下ろす。
「おやすみなさい、カーダルさん」
声を掛けると、バルコニーから顔がぬっと出た。
「ああ。ヒナもゆっくり休め」
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結局、残された一日の中でも、アイレイスは目を覚まさず、とうとう精霊王召喚の当日を迎えることとなった。
予定通りミディアスから鍵を預かったカーダルが召喚部屋の扉を開け、内側からも厳重に鍵をかける。
今、部屋にいるのは、雛㮈とカーダル、ラルク、ニキ、それからディーだ。
召喚道具は、既にニキの手によって設置済みだ。本人曰く、「団長さんの言ってる通りにしたから、正しいと思うんだけどねー」とのことだ。残念ながら王すら設置の仕方は知らず、かつ現段階ではアイレイスの親戚にも頼ることは難しかったため、アイレイスの指示書を信じるしかない。
雛㮈の本能は、“これで正しい”と主張していたが。
「それでは、始めます」
雛㮈が緊張に震えた声で、部屋の中央に立った。本当に召喚できるのか。ファンクスは望み通り現れるのか。今は考えても仕方がないことが、頭を過る。
ごく、と喉を鳴らしてから、一気に魔力を広げる。中心から、隅まで。道具を伝い、魔法陣を作り出す。魔力が満ちていくのと比例し、部屋の空気が変わっていく。
シャラン、とどこかから軽やかな鈴の音が聞こえた。
──来る。
部屋の中央に、途轍もなく大きな丸いものが出現して、雛㮈は慌てて一歩、二歩と下がった。でなければ、巻き込まれそうだった。
その身は金色に輝いており、目を細めなければ、直接見ることも難しい。やがて光が治まり、ようやく目が開けるようになった。
ででーん、と大変な存在感を示している精霊王は、その大きさと金色の輝きを除けば、通常の精霊と変わらない、愛らしい顔立ち──つまり、丸と線の顔だ──をしていた。
精霊王の周りには、小さな精霊がきゃあきゃあと飛び回っている。
『こんにちは、小さな命たちよ。ああ、私の眷属もいるのだね』
声を聞いてから、まじまじと瞳を見ると、普通の精霊よりも慈悲と、それから理知的な色が灯っているように見えた。その円らな瞳と、目が合う。
『久しいね、ヒトの子よ』
優しげな、そして厳しげな瞳。
「あ……」
雛㮈は、その声を覚えていた。
でっかい精霊。もにゅーん、て、したいです、ね!(わきわき)
さてさて、今日は我が後輩の特別な日ですので、職権乱用の追加公開です。
ふふー、その分執筆を頑張ります、ねっ!
ラストまでがんばります。




