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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ7.精霊王がいる世界
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10.何故貴方はそこにいるの? (1)

 ズンズンと歩くカーダルがスピードを緩めたのは、騎士団本部を後にしてしばらくしてからだった。彼は、肩で息をする雛㮈を見て、バツが悪そうに「悪い」と小声で言う。くしゃ、と髪を掻き上げると、「……よくよく考えたら、あんなに焦って出ることもなかったな」と雛㮈にはよく分からないことで反省し始めた。

 後ろから悠々と歩いてきたディーと、小走りのアイレイスが追いついたのも、ちょうどこの時だ。

「あたくしを置いていくだなんて、どういう了見ですの!」

 唇を尖らせ、目尻を吊り上げたアイレイスは、なるほど整った顔立ちだとますます鋭さが増して見えるのだなと納得した。カーダルは、ちらりと一瞥し、特に気にしていないようであったが。

 ……この二人は、本当に仲直りしたのだろうか。

 不安が(よぎ)る。

 (勘違いによる仲違い)の件は、実は単なるキッカケで、元々相性はよろしくないのではないか、なんて。

「……あり得るかも」

「何か言いまして!?」

「っ、いいえ何も!」

 鬼の角を生やしたアイレイスに、反射的に言葉を返す。返した後で、よくよく考えると、何故自分が怒られたのかサッパリ分からなかった。疑問符を飛ばす雛㮈の前を、綺麗な金髪を揺らしながら、アイレイスが通り、────。

(────え?)

 アイレイスの頭の位置が、一気に低くなった。揺れていた金の長い髪が、ふわりと広がる。「あ、」意味の無い言葉が口から漏れる。あるいは、彼女の名前を呼ぼうとしたのか。考えるよりも先に、手が出た。

 傾いた彼女の身体を、支える力なんて無いくせに。

 伸ばした指先が、アイレイスの身体を掠めた瞬間、光が迸った。


 ぎゅっ、と瞑った瞼の向こうから、妙な気配を感じた。雛㮈は、恐る恐る目を開く。

「……へ」

 間の抜けた声が出た。色鮮やかな草原、その中にぽつぽつと点在する木々、そして泉。それと対照的な渇いた土地が(まば)らに存在している、異空間。

 ──そこは、深層世界(誰かの心の内)のようだった。

 否、(まさ)しく、そうであるのか。

 しかし、そうであるのならば。

 ここはアイレイスの心の中だということになる。雛㮈が光に包まれる前に触れたのは、確かにアイレイスだった。

 それでも信じ切れないのは、この空間が、普段のアイレイスのイメージとあまりにもかけ離れたものだったからだ。彼女の世界は、もっと輝いているのだと思っていた。

 雛㮈が立っているのは、荒廃した土地だ。下を見ると、足元からじわりと黒い靄が漂っていて、ぎょっとした。思わず一、二歩と下がると、足を上げたところから靄が広がっていく。

 草原ゾーンに移り、ようやく落ち着く。なんだっていうのだろう。

 顔を上げる。──黒いフードを被った男が、そこにいた。

 悲鳴を飲み込む。彼は、雛㮈に気付いているのか、いないのか、背中を向けている。視線は真っ直ぐに。草原と荒地が広がるこの空間を、ただ見ていた。その背中は、どこか悲しげで、それでいて強い意思を感じた。

 長い時間、そのままだった。いや、実際はそんなに長くはなかったかとしれない。あくまでも雛㮈には長く感じられたというだけだ。

「ここに来て、きみはどう思った?」

 初め、雛㮈は男が口にしたその言葉が、自分に向けられたものだとは露ほどにも思わなかった。しばらく言葉を咀嚼(そしゃく)して、ようやく回答を準備する。

 どう思った。何故、この心が不安定(・・・)なのかも気になるが、何より雛㮈が気になったのは、「──何故、貴方がここ(・・)にいるのでしょうか」ファンクスが、アイレイスの心にいることだ。

 親密な関係であったとは知っている。彼自身から聞いたことは無いし、聞く機会も無かったが、アイレイスの話に出てくる彼は、アイレイスを大事に思っているようであった。

 しかし、アイレイスは、ファンクスに会うために精霊王を呼び出そうとしている。自分の心の中にいると知っていれば、雛㮈に心へ入ることを許すだけで──不意に、疑問が生まれる。

「どうして、私は(・・)ここにいるの……?」

 寝ている誰かに触れようが、これまで“入れた”のは、光眠り病の患者のみだ。入れる条件が違う? それも可能性のひとつだ。しかし。

 それよりも、もっと直接的に。

 ──例えば、そう。この心の主が光眠り病に罹っているのだと仮定した方が、しっくり来るのではないか?

 いや、でも、アイレイスは普段普通に暮らしている。……普通に? 以前に、突然倒れたことを思い出す。“ここ”に来る前だって、彼女は倒れた。

『平凡な魔法使いが努力で得られるのが、50万よ。才能がある人で、100万。そしてあたくしは、200万』

 魔力量について、かつて彼女はそう語った。雛㮈とは比べ物にならないが、通常の人間よりも随分と魔力量が多い。

 にも関わらず、その彼女が、これまで雛㮈の目の前で魔法を使ったことは、限りなく少ない。せいぜいが、雛㮈がエヴィンに攫われたあの時か。それに、ノジカ街に行く時にも、「自分は行けない」と言っていた。

 てっきり、魔法団長という立場上、王宮でやらなければいけないことがあるからだと思っていたが。……そうではないとしたら? フェルディナンに与える魔力すら、雛㮈のフォローに入る魔力すら、彼女が持ち得ていないとしたら?

 ──日々を生きることに精一杯だったのだとしたら、どうだろう。

 きっと、……全てに、説明がつく。

『……迷っている時間は無いわ。光眠り病の進行も進んでいるもの。これ以上、遠回りをする訳には参りませんわ』

 時間が無いという彼女の言葉を、今眠っている者に残された時間が無いのだと捉えていた。しかし、彼女が言った“光眠り病の進行”には、彼女自身のことも含まれていたのではないか。

 一度、そう考えてしまうと、次々と彼女の言葉が蘇り、考えを裏打ちしていく。

 でもどうして、アイレイスが。

 それに、ここにファンクスがいるのは、いったい────

『ヒナだア〜』

 突然、ぶわり、と黒い靄が広がった。




遠回りしすぎた所為で、100話に収まらない気がしてきました。

計画性を、母の腹の中に忘れてきました。

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