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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ7.精霊王がいる世界
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09.最後の準備をしましょう (6)

「いいんですか、あんなこと言って。かなり騒いでましたよ、彼ら」

 遅れてやってきたディーが、面白いものを見た、と言わんばかりにニヤニヤと口元を緩めている。

「それを狙ってたから構わない」

 カーダルの言葉に、「貴方が思っている以上の効果が出ている感じもしましたけど……」とディーは笑いを深めた。どういうことだろう。気になったが、カーダル本人が追及しないのと、その彼が肩を持ったまま歩き始めたので、結局聞けずじまいだった。

 ゆったりとした足取りでついてくるディーを連れ、カーダルと雛㮈は、団長室の前に辿り着いた。ここに着くまで、精神的に大変だった。すれ違う人がみな、カーダルを見ると、反射的に頭を下げ、そして彼が女性の肩を抱きながら歩いている光景を見て愕然としている。雛㮈も一緒に愕然としていたかった。残念なことに(・・・・・・)、途中で正気に戻ってしまったので、そこからはひたすら俯いていた。

「おー、カーダル。なんだ、どうした」

 団長室に入った途端、入り口付近で分厚い本を開いていた男が、カーダルを見た。笑顔を一転させ、真顔となった男は、「……嫁を紹介しにきたのか?」と訊ねた。

「や、そういう、訳では」

「そうかそうか! それは良かった! 何しろ俺も独身だからなあ!」

 要は嫉妬心から来た言葉だったのか。にまにまと笑いながら、カーダルの背中を乱暴に叩く。

 雛㮈は、この人が団長なのだろうと思った。──否。この人が団長なら良いと思った。カーダルのことを、純粋に“団員”として見てくれる人は、きっと少ない。思えば、そうだ。ノジカ街で騎士団の支部に向かった日も、騎士はみな、カーダルに“敬意”を払っていた。あれは同僚に対してというよりも、もっと位が高い者に接する態度に見えた。

「で、実際のところはなんだ?」

「顔を見せに来ただけですよ」

 げっそりとした様子のカーダルに、「そうかそうか、この男臭い集団が恋しかったか」と彼は冗談交じりに笑う。

「ま、俺もちょうど休憩に入ろうと思っていたところだ。茶の一杯くらい飲んでけ」

 彼は手に持っていた分厚いファイルに栞を挟んで閉じると、率先して茶の用意を始めた。団長室には、給湯室が併設されているようだ。慣れた様子で茶と菓子を持ってきた。シフォンケーキのようだ(こちらの世界ではなんと呼ぶのだろう)。お盆などは使っていない。太い腕で直接抱えて持っている。よくもまあ四人分も持てるものだ、と雛㮈は妙なところで感心した。

「相変わらず、準備が良いですね」

「頭を働かせる仕事には、甘い物は必須だろうがよ」

 なあ、と同意を求められた雛㮈は、曖昧に笑いながら「そうですね」と返した。確かに、糖分が欲しくなる気持ちはよく分かる。

 運ばれてきたソレらを見下ろした雛㮈を、「ほら、食え食え」と男が茶を勧める。

「い、いただきます……!」

 ぽん、と手を合わせた。

 口に運ぶと、甘酸っぱい風味が広がる。ラズベリーのような味だ。美味しい、と呟けば、男が破顔した。

「だろう? この店の菓子はいつ食べても美味い」

 聞けば、有名な店からわざわざ取り寄せているらしい。騎士団長の甘味好きは、王宮内でもはや常識とされる程に広まっている、ということを雛㮈は後ほど知った。

 が、この時は当然知らない。

「素敵なお店をご存知なんですね」

 軽い気持ちで告げた言葉が、まさか騎士団長の甘味好き魂に火を付けるとは思わなかったのだ。

「そうだろう!」

 急にテンションが上がった彼は、ドンと机に拳を叩きつけると、「この店はケーキだけじゃなくて、クッキーも素晴らしいんだ。この前の季節限定の──」と熱意のこもった瞳で語り始めた。時と場合によっては、口説いているようにも見えるほど、熱い。

 そして、話が長い。

 終わらない甘味語りに、雛㮈は視線をカーダルに向けた。ヘルプミー、の視線を正しく受け止めた彼は、しかし静かに顔を横に振った。ディーは困り顔の雛㮈を見て、愉しげだ。

 うろうろと視線を彷徨わせたものの、騎士団長の勢いはとどまるところを知らない。ティーカップを持ち上げ、口に運ぶ。とりあえず、気を紛らわせよう。屈強な男が、甘い物に関してニマニマ笑いながら語り続けるというのは──決して差別する訳ではないが──存外、インパクトがある。

 しかしながら、放置していると日が暮れるまで語り続けているような気もした。それは、困る。

「──月に一度、特別な菓子が出るんだが、これがなかなか競争率が高くてな。この前は店主が気を遣ってくれたんで、俺の口にも──」

「……あ、あのう」

 意を決して声を掛けてみる。

 意外にも彼は、「ん?」と首を傾げて雛㮈を見やった。

「そっ、そろそろ、お(いとま)しようかと……!」

「ん? ああ、もうこんな時間か」

 騎士団長が時計を見て、やべ、と呟いた。それと同時に、団長室の扉が乱雑に開かれた。

「失礼いたしますわ!」

 ス、と透った声は、雛㮈のよく知るものだ。「アイレイスさん?」思わず声を掛け、はてと首を傾げた。何故、彼女がここに? 実家である屋敷に行っているはずだが。

 彼女は、雛㮈の疑問には触れずに、「あたくしの大事な部下に、変な話をつらつらとしないでくださる?」と喧嘩腰で騎士団長に迫った。

「おお、すまんすまん。いやー、話が分かるやつがなかなかいなくて、つい!」

 雛㮈だって、話が分かっている訳ではないのだが。引き攣った表情から、考えていることを察したのであろうアイレイスが「独り善がりじゃありませんこと?」と冷めた目で言い放った。

「とにかく! ヒナはあたくしと話がありますのよ。代わりに、自分の部下とお話になったらいかが?」

「……私も出ますが?」

 カーダルが不機嫌そうに低く呟いた。生贄になるのは御免だ、と言いたげだ。

「ちぇ。揃いも揃って、この良さが分からんとは。ガキめ」

「そういうところが、貴方の婚期を遅らせているのではなくって?」

「……言ったな、小娘」

 じりじりとした視線を、お互いに向け合う。魔法使いと騎士は仲が悪いと聞いたが、それはお互いにこんな調子で絡んでいるからではなかろうか、と雛㮈は身体を縮めながら思った。

 はあ、と隣から小さく溜め息が聞こえた。ぐいと手を引っ張られる。慌てて紅茶入りのティーカップを置いた。

 大股で歩くカーダルに雛㮈が合わせるには、自然と小走りになる。それにすら、彼は気付いていないようだ。

「魔法団長殿、先にお部屋に向かっておりますので、私はこれで失礼します。団長も、執務中にお邪魔しました」

 優雅に一礼すると、カーダルは雛㮈の腕を掴みながら、部屋を後にした。「私には一言も無しですか」と不平を零しているのか面白がっているのかが微妙なラインのディーが、すぐに部屋から出てくる。その更に後ろから、「お待ちなさい!」とアイレイスが慌ててついてくる声と、「まー気を付けろよ、いろいろとー」という団長の気怠げな声が聞こえた。




甘い物食べたいなあ……(願望)

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