表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ7.精霊王がいる世界
88/100

06.最後の準備をしましょう (3)

「妙な真似をするな」

 雛㮈を腕の中に収めたカーダルは、ディーを正面から見据えた。部屋の中に、冷え冷えとした雰囲気が漂う。

「妙な真似? 何もしていませんよ」

「こいつが怖がってる」

 睨みを引っ込めないカーダルを、どうどう、とミディアスが宥めた。

「貴方が私の前に立ったところで、私を止めることはできませんが?」

 わざわざ嫌味たらしく言って鼻で笑う。この性格の悪さは、どうにかならないものか。

「あー、それよりさっき言ってたのは、結局、光眠り病は精霊王召喚によるものではないってことか?」

 このままでは埒があかないと思ったミディアスが、横から口を挟んだ。

魔渇(まかつ)症状。あれは精霊王召喚によるものですよ」

「うん?」

 話が噛み合わない。先程の話では、精霊王が光眠り病を引き起こすのは荒唐無稽だという話だったが。

 眉を寄せたミディアスに、しかしディーはフォローする様子は無い。中途半端な情報を口にして、愉しんでいるようだ。

「……精霊王を召喚するだけなら、何も問題は起きません。何も変わりません。精霊が騒ぐだけです」

 カーダルの腕の中で雛㮈が答えた。出処の分からない知識だが、使えるのなら使うしかない。

「でも、今回は……ファンクスさんが願いました。それが魔渇症状──光眠り病を引き起こしているんです」

「願う? 何を?」

「……分かりません」

 本当に知らないのか、それとも知っているが分からないのか、ハッキリしない。目を伏せた雛㮈は、自身に落ち着けと言い聞かせる。

「精霊王召喚の結果、光眠り病が引き起こされたことは間違いありませんが、精霊王の召喚によって光眠り病が発生するのではありません」

 真っ直ぐに、ミディアスと王を見る。

 その視線を受け、ミディアスは、「陛下、私は雛㮈の言うことを信じます」と告げた。証拠は何一つ無い。しかし、これまでに唯一光眠り病を治した人物だ。

 決断を前に、王は雛㮈の前に立った。

「お主は、何故ファンクスを止めようと思う?」

 覚悟を見せよ、と言われているようだった。

 ──ファンクスを止める理由。

 雛㮈は押し黙った。何故、自分はファンクスを止めたいのか。初めは、自分の居場所を見つけたくて。それから、アイレイスの手助けがしたくて。

 今は? 今も、それだけか?

 命を狙われて、それでも続けているのは、本当にそれだけのためか。

 世界中を救いたいだなんて、大それた願いを掲げることだってできない。

 ──だけど。

「友人を、助けたいんです」

 たった一人を。

「リリィちゃんのこと、助けられてよかったです。他にも苦しんでいる人がいるなら、助けたいです。それは本当です。でも、一番は、……今、私がファンクスさんを止めたいのは」

 この答えが、正解なのかは分からない。正解なんて、そもそも無いのかもしれない。だからこそ、心を曝け出すしかないのかもしれない。

「アイレイスさんは、ファンクスさんがこれ以上誰かを傷付けるのを、見たくないだろうと、思うから」

 私は、と告げる声が震えた。

 この理由は、多くの命を賭けるには、あまりにも弱い想いである気がして。

 でも、紛い物ではない、自分の心だ。

「大事な友人のために、私はファンクスさんを止めます」

 言葉にすると、世界がクリアになった気がした。

 そうだ。

(たとえ私が何者であれ(・・・・・)、やることは変わらない)

「……カーダル、お主は大丈夫なのか?」

「はい」

 王の質問に即座に反応したカーダルは、雛㮈を一瞥してから、力強い声で「大丈夫です」と答えた。

「ふむ」

 王は、目を伏せた。じっくり考える。雛㮈の手に汗が握った。ここがクリアされなければ、自分たちの計画は叶わない。待つ時間は、とても長く感じられた。

「──ならば、託そう。必ず成功させよ」

 思わず上げそうになった歓声は、辛うじて飲み込んだ。カーダルは、静かな声で「は、必ずや」と一礼する。雛㮈も慌ててそれに従った。見れば、ミディアスもまた、頭を深く下げている。

「して召喚には、どの部屋を使う予定じゃ?」

「部屋……ですか?」

 カーダルが首を捻った。雛㮈はその言葉の意味するところを察し、「あ!」と声を上げた。

 上位の召喚魔法を発動させるためには、相応の空間が必要だ。それは、先の悪魔召喚でも同じだった。召喚する対象を迎え入れるためには、ある程度の広さがある部屋が必要となる。また、魔力を外に通さない作りであることも必要だ。上位召喚を行った空間は、その瞬間、人間(こちら)の世とも、精霊(あちら)の世とも言えない場所となる。

 カーダルは、魔法の知識が薄いため、特別な部屋が必要になることを知らなかったのだろう。アイレイスは知っていたはずだが……。

「すみません、王城の一部屋をお借りすることはできますか」

「ああ。……十の()を使うと良い。あそこは、打ってつけだろう」

 王は、目を細めた。打ってつけ、という言葉に、ファンクスが禁術発動を起こした場所なのかと思ったが、ここで訊くことではないだろう。記憶に留めた上で、意識を戻す。

「魔力を通さない部屋ですか? 広さは……?」

「どちらも大丈夫だ。心配するでない。一度呼び出した実績がある。気になるなら、一度案内するが?」

「お願いします」

 失敗は許されない。二度目の召喚は、許可が下りないだろう。一度きりのチャンスだ。

「ミディアス」

「御意に」

 綺麗に礼をしたミディアスは、すぐに相好(そうごう)を崩した。この変わり身の早さには、まだ慣れない。

「さあ、行くか。善は急げ、だ」


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「聞いたぞ。アースと仲直りしたんだって?」

 まるで、十代の子供の話をしているみたいだ。確かに、“喧嘩”が始まったのは十代なので、あながち間違いではないのかもしれないが。

「殿下、第三者を装ってますけど、がっしり絡んでましたよ」

 右後ろにディーが控え、左隣にカーダルがいる状態で、雛㮈が苦笑した。

 長い廊下は、ずっと向こうまで続いている。その道中は、ちょっとした話をするには最適だった。

「へ、俺が?」

 目を見開いた彼が、カーダルを見ると、「貴方は自分が言葉足らずなことを自覚するべきだ」と嫌味を投げつけた。

 事情を話すと、ミディアスは、しばし黙り込んでから、うん、と頷く。

「ま、あれだな。時効だ、時効」

 はっはっは、と笑い飛ばした。無理をして笑っている感じでもなかった。本心から、そう思っている。

(た、確かにそうかもしれない、けど……!)

 ぐ、と握り拳を握る。敏感にその感情を受け取ったディーが、嬉しそうに言った「()りますか?」という物騒な言葉は、即座に否定した。




ミディアスさんは、何気に一番大人な気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ