04.最後の準備をしましょう (1)
「精霊王を? それって、禁術を使うってことか?」
ニキが、首を傾げた。
「ええ、そうですわ。この際、形振り構っていられないもの」
「待て。それは何が目的だ?」
アイレイスの覚悟のこもった声に、カーダルが慌てて疑問を投じた。自己完結されては困る。
「精霊王を呼び出せば、ファンクスも無視できないはずだわ。何しろ、自分が契約中なんだもの」
気になって出てきたところを、捕まえるのよ。とアイレイスは胸を張った。そして、契約内容を聞き出すのだ、と。
「代替案を提示できれば、光眠り病の進行も止めることができるかもしれないわ」
アイレイスの言うように、理知的な人物であるのなら、自分の目的を確実に達成できる別の方法があれば、そちらに切り替える可能性もある。
しかし。雛㮈は眉尻を下げた。以前に読んだ禁術書の内容を思い出したからだ。
「精霊王の召喚は禁術です。それに、その召喚魔法には、道具や魔力が……」
「禁術使用に関しては、陛下に許可を貰うしかないわね。過去にも一度、国の危機で利用を許可された事例はあるから、上手く必要性を話すことができれば、問題無いわ。道具はあたくしの実家にありますし、魔力は……貴女の得意分野でしょう?」
淀みなく答えたアイレイスは、小さな声で「もう時間との勝負なのよ」と呟いた。あまりにも小さな声で、雛㮈は目を瞬かせた。
「え?」
「……迷っている時間は無いわ。光眠り病の進行も進んでいるもの。これ以上、遠回りをする訳には参りませんわ」
アイレイスの顔は、あくまで真剣だった。カーダルとの確執が消え、胸にしまっていたファンクスへの想いを口にしたことで、彼女の迷いは無くなったようだった。真っ直ぐに、歩こうとしている。
これまでの停滞っぷりが嘘のように、トントン拍子に進んでいく話に、雛㮈は戸惑う。
「闇雲に動き回るよりいいでしょう。元々、一人ひとりを個別に救う余裕はありませんし。陛下への許可は、私から行いましょう」
カーダルは、アイレイスの出した案に乗るようだ。彼は集まったメンバーの顔を見てから、最後に雛㮈に目をやった。
「雛㮈、お前もついてこい。そっちの悪魔のことも報告しなくてはいけない」
「あ……と、はい。じゃあディーさんも連れていかなくちゃ、ですね」
「承知いたしました」
そういえば、ディーのことはまだ片付いていなかったのだった。忘れていた。本人があまりにも堂々としているので。
慌てて返事をしながら、頭の中の情報を整理する。
アイレイスの案には同意する。それ以外に有効な案が思いつかない以上、アイレイスが出してくれた案を、まずは全力で成功させるべきだろう。
その為に自分がやるべきは、陛下に悪魔契約の件を正式に報告することと、カーダルと共に陛下に禁術使用の許可を貰えるように交渉すること、それから本番にて魔力提供をすること。
指折りして数えながら、「うん」と頷いた。よし、分かった。
「アイレイスさんは、ご実家から道具を取り寄せるんですよね」
しかし、何故そのような道具が家にあるのだろう。精霊王召喚に必要な道具は、ともすれば国宝とされてもおかしくない程のものだ。
「……剣と魔法を武器とするこの国の、魔法を担う一族ですもの」
雛㮈の訝しげな顔から、言いたいことを察知したのだろう、アイレイスが曖昧に笑いながら言った。
「本来なら持ち出しには、厳重な警備が必要ですけど、……こちらの動きを周りに知られたくないですわね。どんな面倒が起こるか分からないもの」
先の誘拐事件は既に終着しているとはいえ、ミディアスの暗殺騒動などもある。まだ一枚岩とはいかない部分も多い。また、五年前の大事件の原因となった精霊王の召喚は、それだけで忌避される傾向にある。悪意だけではなく、国を想う者からも、好意による妨害が入る可能性も大きいのだ。
しかし今、その全ての人間を説得する時間は、無いのである。
「なら、オレと銀狼さんが行こうか。お姉さんの傍には、兄さんもいるし」
「そうね。お二人はあたくしと一緒に来てくださいまし」
アイレイスは鷹揚に頷いた。
「こちらの準備を整えるのに、大体一週間くらい掛かると思うわ。準備が整い次第、実行に移しましょう」
そこまで言うと、話し疲れたのか、彼女は椅子の背もたれに身体を預けた。
「では、そのように。団長殿は明日、早速ご実家へ向かいますか?」
「ええ。そちらの二人は、明日、あたくしの研究室にいらっしゃい。ヒナ、貴女たちは、明日は“自由に”行動なさい」
「分かりました」
ふと、その時にはミディアスに、幼馴染みの二人が仲直りしたことも伝えようと思った。……必然的に、彼の発言が引き金だったことも話すことになるが。
お互いの連携を取るために、通信機による連絡を決まった時間に取ることを決め、今日のところは解散となった。
長く話していたためだろう、既に外は夕暮れ時になっている。
カーダルが真っ先に立ち上がった。
「明日のアポを取って参ります。名目上は、悪魔召喚の件とします」
「ええ、……頼みましたわよ」
「貴女様も、お気をつけください」
これまでには見られなかった様子に、雛㮈は思わず、ニキの手を取って振り回した。
「お、お姉さん、ちょっ……痛いんだけど」
「あ、ご、ごめんなさい!」
つい興奮してしまった。慌てて手を離す。でも嬉しかったのだ。
にこにこしていた雛㮈だったが、難しそうな顔で自分の胸に手を当てているアイレイスの姿を見た途端、息を呑んだ。
「どうかしたん――」
「ヒナ殿」
外から、自分を呼ぶ声がした。外に控えている護衛の声だ。はい、と返事をすると、「馬車まで案内します」と言われる。実際は案内が目的ではなく、護衛が目的なのだろう。流石に何ヶ月か過ごしたので、馬車のところへだったら案内なしで辿り着ける。
「ほら、早く行きなさい、ヒナ」
アイレイスが急かす。
「あ、でも、ですね」
「人を待たせるのは、悪いことよ」
有無を言わせない響きがあった。拒否の意思を感じ、雛㮈はアイレイスを見た。
『全部話すことも、きっとできないの』
そう告げた時の表情と似ていた。苦しそうなのに、その苦しさを隠そうとしている顔だ。
「……分かりました。でも……」
これだけは。
す、と手を伸ばし、その手を包む。
「今日は話してくださって、ありがとございます。どうかアイレイスさんも、一人で抱え込まないでください」
話して欲しい。巻き込んで欲しい。
かつてのアイレイスが、かの魔法使いに渇望したように。彼女自身だって、周りから大事に想われているのだ。
「フェルディナンさんも言ってました。私たちは、一人じゃできないことが多いんです。みんなで協力して、ようやく大きな力になって進んでいけるんです」
アイレイスは、きょとりと目を瞬かせてから、にんまりと笑った。
「あら、あたくしは一人でも十分強いですわよ」
「知ってます」
アイレイスは強い。強いけれど。
自分の胸に、そっと手を乗せる。
「頼って欲しいです。アイレイスさんや他の人から貰った優しさを、私は返したい。私では、力になれませんか?」
その姿に、かつての自分を重ねたのだろうか。
アイレイスは、揺れる瞳で雛㮈を見つめた。
「……なっているわ、十分すぎるほど。でも相手には伝わらないものね。……彼も、そう思っていたのかしら」
微かに開いた距離感が、ひどくもどかしかった。
そんなわけで、みんなでせこせこ準備を始めます。
雛㮈「えっと、王様の許可と……えっと?」
カーダル「陛下に禁術の件の許可を取る、な?」
雛㮈「ああ、そうでした」
ニキ「大丈夫か……?」
ラルク「平気じゃろう」
アイレイス「…………」
ディー「…………」
一大プロジェクトなのに、緊張感が足りない。




