03.彼を信じています (3)
ファンクスの努力が認められたのは、その四年後のことだ。アイレイスが、中等部を卒業し、魔法団に入団した年に、ファンクスは魔法団団長となった。弱冠21歳での快挙。魔力量こそ際立って多くは無いが、類稀ないセンスと、研究に対する姿勢が評価されてのことだった。
ようやく近付いたと思ったのに、また遠くなった。
切なくなる気持ちと同時に、温かい気持ちになる。彼を認める人がいる世の中は、きっと素敵だ。
「アイレイス様」
「様は要りませんわ、団長。あたくしは貴方の部下ですもの」
そう言うと、彼はひどく困った顔をする。本当は、アイレイスこそ敬語を使わなくてはならない。それができないのは、距離が離れてしまうことに対する抵抗感が原因だ。
とはいえ、アイレイスもまた入団直後から、他人の追従を許さない魔力量で、既に新人とは違う目で見られている。上下関係を重んじる騎士団とは違い、魔法団は元々、個人研究者の集まりであるため、というのもあるかもしれない。強ければ良し、という風習は、ある意味騎士団よりも強い。
ファンクスがアイレイスのことを、アイレイスさんと呼び(結局敬語だけは変わらなかったが)、アイレイスが公私によって話し口調を使い分けられるようになってしばらくした頃には、ファンクスと共に、アイレイスも名だたる魔法使いの一員となっていた。
「アイレイスさんは、高等部には進まなくて良かったんですか?」
それは、アイレイスの屋敷で、いつものように過ごしていた時のことだった。
「ええ、後悔してないわ。あたくしは魔法の可能性を広げることに、一生を捧げたかったのですもの」
「一生ですか。それは先の長い話だ」
ファンクスは笑いながら言った。
「………………」
アイレイスは、一瞬不思議そうな顔で彼を見た。彼の屈託無い笑顔を見て、ああそういうことかと気付き、笑顔を作った。
「ええ、そうですわね。……ところで、精霊に関する研究は、どうですの?」
「ようやく精霊使いが見つかりました。少しずつですが、進んでいますよ」
彼は、非常に嬉しそうな顔をした。それから、精霊使いから聞いた精霊の話を熱心にし始めた。目が輝いている。
「僕もいずれ、精霊に会ってみたいものです」
その言葉に、アイレイスは曖昧に笑った。アイレイスは、あまり精霊に会いたいとは思わない。怖いのだ、自分は彼らに嫌われているのではないか、と。
しかし、精霊が大好きな彼にそれを告げるのは憚られた。
「知っていますか。精霊王は、金色に光っているそうですよ。まるで貴女のようです」
「なっ……あ、あたくしは発光なんてしていませんわ!」
というか、なんと恥ずかしいことを口にするのだ、この男は。ああ、そういう愛おしいものを語る口調のまま、自分の名前を口にしないでほしい。アイレイスは頭を抱えた。
……認めよう。流石にもう、ファンクスが母の新しい相手なのだなどと、ふざけたことを信じようなどしていない。
彼に会いたいのは自分で、彼を好ましく思っているのも自分だ。
伝えるつもりは、無いけれど。
彼を、自分の人生に巻き込むつもりはなかった。好きなものを、追っていればいい。今みたいに、輝いた顔をして。
それだけで十分だ。
自分の顔は、穏やかである自信があった。きっと、あの時のファンクスと、似た気持ちなのだろう。
(……ちょっと待って、似た気持ちってことは、彼も……)
それ以上は、考えてはいけない気がした。ブンブンと首を振る。
「アイレイスさん?」
「なんでもございませんわ!」
真っ赤な顔で叫んだ。「庭に行きましょう!」庭は、何か不都合があった時に逃げ込む場所だ。ファンクスも、長い付き合いでそれを知っていた。だからこそ、余計に不思議そうな顔をしている。
「どうかされたんですか?」
「どうも、して…………ッ、う!」
ドクン、と。
大きく心臓が揺れたような、錯覚。視界がグラリと揺れた。
「アイレイスさん!?」
「だ、大丈夫ですわ。ちょっと、……最近、研究で寝ていなかったから」
ファンクスに支えてもらいながら、長椅子に座る。それだけで、だいぶ楽になった。
「ごめんなさい、ありがとう」
謝罪と感謝を繰り返す。
「ゆっくり休んでください。僕が研究に明け暮れている時に、身体を大事にと言ったのは貴女ですよ」
何年も前の話を引き出して、ファンクスは心底心配そうな顔をした。不本意ながらも、過去のことを憶えていてくれて嬉しい、とも思う。
だから、自然に微笑むことができた。
「ええ、ありがとう。今日はゆっくり休むことにしますわ」
そういった、なんでもない幸せな日々が、お互いを思いやる日々が、続けばいいと思っていた。
しかし、その数年後。ファンクスが団長に就任し、五年が経った頃。
アイレイスの密やかな祈りは、潰えた。
ファンクス=ダルメンによる、禁術の使用。精霊王の召喚は、多くの死傷者を出した大事件となった。そして、今もなお、光眠り病として多くの人を苦しめている。
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「彼が何故、事件を起こしたのかは……分かりませんわ。そしてどのような事情があったとしても、罪は罪。でも、あたくしが話したのは、紛れもなくファンクスの一面」
アイレイスは、真摯な眼差しで、真っ直ぐに仲間の顔を見た。
「確かに、あたくしの存在が彼にプレッシャーを与えているという根も葉もない噂は出ましたけど、彼はそんなことを気にする人ではありませんわ」
以前に、ミディアスが語り、彼が否定した噂。その噂を、彼女もまた信じていなかったのだ。
「彼が禁術を犯したなら、何か理由があるはず。それが精霊王でなければならなかった理由も。絶対に、力の為でも、精霊が見たいからでもないわ」
震えた声で、彼女は告げた。
「あたくしは、彼を止められなかった。あんなに一緒にいたのに、そんなことを考えているなんて、知らなかったの。だからこそ、今度は――」
その告白は、ミディアスの告白とよく似ていたが、全く異なる種のものだった。
アイレイスの瞳には、今でも苛烈な熱がある。今でも、もし再会できたなら、きっと彼女はがむしゃらに手を伸ばすのだろう。いや、再会できなくとも、それでも。
「今度は、終わる前に、間に合わせてみせますわ。そのために」
す、と息を吸う。
一瞬の間が、やけに長く感じられた。
「精霊王を呼び出しますわ」
アイレイスさんの過去語り、終了です!
不明点は、おいおい……。とはいえ、ラストも近い(?)ので、またすぐに掘り返すことになりますが。




