14.種明かしします (5)
「………………」
無言になったカーダルに代わり、雛㮈が恐る恐る訊ねる。
「つまり、嫉妬、ですか……?」
「ちがっ! い、ますのよ! あたくしは、ただ、魔法使いなんて一生騎士に勝てないって言われたから、カチンと来ただけで……!」
真っ赤な顔で否定したアイレイスは、「思い出したかしらっ!?」とカーダルに怒鳴った。問われた彼は、ひどく疲れた顔で、アイレイスを見た。
「な、何よ……」
「覚えはあります」
カーダルは、彼女が何かを口にする前に素早く続きを唱えた。
「ただ、それは決して、魔法が剣に勝てないと主張するものではありません」
彼は今にも突っ伏したい、という顔をしていた。大丈夫かと雛㮈はジッと見つめる。すると、不意に顔を動かしたカーダルと、視線が絡んだ。
時間としては、一秒にも足らなかっただろう。彼は、安心しろ、と告げるようにふわりと笑った。
瞬きをしたら、仏頂面に戻っていた。今の微笑みは目の錯覚だろうか。
「騎士を目指す身であれば、剣と剣の勝負で、魔法使い様に負ける訳にはいかない、と。私は殿下に、そう申し上げたのです」
え、とアイレイスはぱちくりしている。確かに、彼女がカーダルに剣で勝つことは、まず間違いなく一生無いだろう。魔法での戦いで、カーダルがアイレイスに一生勝てないのと、同じだ。
「当時殿下は、剣の腕を磨いておりましたから、練習相手に、貴女ではなく私を選んだのかと思います」
「……そんなの、知らないわ」
アイレイスは拗ねたように、ふいっと顔を背けた。そうしながら、チラチラとカーダルの様子を窺っている。
「つまり、貴方はあたくしを馬鹿にしてはいないということ?」
「する理由は、特にありません」
嫌う理由の根本が、そもそもの勘違いであった訳だ。うー、と唸るアイレイスは、どことなく居心地が悪そうに視線を彷徨わせている。
「でも、だからって……あたくし……」
これ以上の言葉は、ただの意地だ。雛㮈は手を伸ばし、アイレイスの手を掴む。振り払われることはなかった。
彼女の手を、両手で包み込む。自然と視線が絡み、雛㮈は微笑みを向ける。
「……………………悪かったわ」
ふいっ、とやはり顔を背けながら、ボソリと呟かれた言葉は、休戦宣言に他ならない。
「こちらこそ。誤解がある可能性を捨て、こうして話をすることもありませんでしたから」
特に表情も変えず、カーダルは告げた。誠意のこもっていないようにも感じられる声色に、雛㮈は焦るが、アイレイスは「本当に、相変わらずね、堅物騎士」と呆れたように目を細めただけで、怒鳴ったりはしなかった。一安心だ。
「まあ」
アイレイスが、腰に手を当て、フフンと笑う。
「貴方があたくしにとってライバルであることに変わりはありませんけど」
「……さようですか」
今度は至極どうでも良さそうだった。
「なんですの! もう少し、こう……ないのですの!?」
返す言葉も無茶苦茶だ。どう返して欲しかったのか。
間に挟まれることになった雛㮈は、ひょっとしてこの二人の若干冷え冷えする言葉の応酬は、仲直りをしても変わるものではないのかもしれない、と思い愕然とした。……いや、仲直り前よりも、棘は無くなっている。ような気がする。きっと、そうだ。
雛㮈は多少苦労しながら自分自身に信じ込ませた。
――ともあれ。
チラリ、と二人を盗み見る。
(ようやく、スタートライン……)
攫われたり、刺されたり、悪魔と契約してしまったりというだいぶ遠回りな道を通ってしまったけれど、ようやくスタートラインだ。……既にゴールしたくらい疲れているが。それはさておき。
やっと、まともに話ができる……はず……の、環境が整ったのだ。
暗礁に乗り上げるどころか、出港すらしていなかった船が、動き始める。
エヴィンの言っていた、仲間の裏切りも、その先にあるのだろうか。
そうだとしても、乗り越えなくてはならない。こうして不器用な二人が、まだ違和感がある状態でありながら、必死に手を繋いでいるのだから、自分だって。
カーダルと視線を合わす。微笑む。
“あの言葉”は嘘ではない。嘘にしたり、しない。
きっと、雛㮈にだってできると思う。今回だってできたのだ。次だってできるだろう。
――大切な人を、信じることを。
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“主”の気配が明らかに強くなったことを感じ取り、悪魔は扉を眺めた。
完全に持ち直した様子に、どうやら、自分がかの魂を手にすることは、まだまだ先のようだ、と悟る。
「お主ら“悪魔”にとって、人間の魂はただの嗜好品だろう。何故、そうまで執着するのじゃ」
精霊獣が、その視線を遮るように、警戒心を露わにした声を発した。随分嫌われたものだ、と悪魔は笑う。
「精霊獣ともあろう者が、アレがただの人間の魂であると、本当にお思いですか?」
「…………」
無言を貫く獣は、悪魔を睨みつけた。まるで、威嚇するように。牽制するように。
「あの魂が手に入れば、しばらくは私も好き勝手できるでしょう。何しろ――」
悪魔は、そこで言葉を切った。銀狼の睨みに屈したからではない。その言葉を世界に発信した途端、“面倒ごと”が降りかかる予感がした。それほど、あの魂は異端であり、特別だ。
早々に、話題を切り替える。
「それに、もうひとつ、“愉しみ”もありますしねえ?」
悪魔がくすくすと笑えば、精霊獣は「これだから悪魔は」と悪態をついた。そうしてから、「どこまで気付いておる」と訊ねる。
「我らが知り得ること――知ることを許されたこと、その全て、ですよ。だからこそ、貴方だってお分かりのはずです」
愉しみですね、と告げる声は、純粋な愉悦を含んでいる。
――その大罪に終止符を打つのは、果たして誰か。
大博打。
仕掛けたのは、愚かな男だ。
そして、参戦するのは…………。
「あのさあ」
ぴこん、と獣の耳が動いた。
「オレ、耳が良いんだけど。そういう内緒話は他所でやってくんない?」
腕を組んだ獣耳の少女は、イライラした調子で、指先で、トントン、トントン、とリズムを取る。
「仲間外れは寂しいでしょう?」
「はは、それマジで言ってんの?」
あんたにそんな気遣いができるとは思わないんだけど絶対に違うよね寂しそうだからじゃないよね。と早口で捲し立てて、顔を背ける。くるり、と尻尾がゆっくりと動いた。
「何のことだかサッパリ分かんねぇけど、あんたの愉しみが全部潰れることだけを祈っとくよ」
フン、と獣耳の少女は鼻を鳴らした。
まったくその通りじゃのう、と精霊獣もそれに同調した。
悪魔は嗤う。それもまた、愉快なことだ、と。
(二人揃って、絶対に、気遣いなんて言葉知らないに違いない……!)
「失敬な、気遣いの言葉くらい、知っていますよ。基本的にはどうでもいいですけど」
「お主は急に何を言い始めたのじゃ」
内心で更なる文句を言うニキさんに、それを読んで笑うディーさん。そして一切気付かないラルクさん。この三人が揃うと、気苦労するのは、ニキさんです。
さてさてこれにて、第6章は閉幕でございます!
読んで頂き、ありがとうございます!
紆余曲折を経て、ようやく仲良くは無いけどちゃんと話せるレベルになった二人です。雛㮈さんの胃はもうしばらく痛いままです。
続いて第7章……実のところ、方向性に迷って惑い中です。更新スピードが落ちる可能性あり、です。ごめんなさい。
なるべく定期的に更新をしていきたいと思います。
どちらにせよ、もうそろそろラストスパートなので、頑張って完結を目指します。えいえい、おー!
書き進められておりますのも、ひとえにお付き合いくださる皆様のお陰です。
本当に、日々感謝です。
今後も、感謝の気持ちを糧に精進していきます!




