13.種明かしします (4)
カーダルとアイレイスの和解の場は、王宮のアイレイスの研究室に設けられた。ニキとラルクには申し訳ないが、一時的に外で控えてもらっている。ディーは言うまでもなく、だ。
しかし。
(……なんで、私はここに?)
部外者というなら、雛㮈もニキたちと同じく部外者だ。
気を遣って一緒に退室しようとしたら両側から腕を掴まれ、引き込まれた。
主がいるなら私も、と主張する悪魔をニキたちに任せ(それもまた恐ろしい組み合わせだったが)、カーダルとアイレイスの間に座っている。
「でも私が言い出したことだから、間を取り持つのは私の役目だよね……」
それに、いくら相手がアイレイスでも、好きな男性が異性と二人きりという状況に関して、全く気にならない、と言うと嘘になるのだ。
ここまで来たら、腹を括るしかない。
「何故あたくしよりも貴女の方が緊張してるのよ」
アイレイスは、雛㮈に呆れたと言わんばかりの視線を向けた。
「だ、だ、だいじょうぶです! どうぞお気になさらず、続けてくださいっ」
「続けにくいわ……」
和解相手の本心からの呟きに、はあ、とため息を吐いたカーダルが、カチンコチンに固まる雛㮈の隣に座り、頭に手を乗せた。
「それで、どう進めますか。謝罪しようにも、俺は、貴女に恨みを買った覚えはないのですが」
「はあ!?」
「お、落ち着いてください、アイレイスさん」
急に怒気が流れてきた。瞬間的に、雛㮈は理解した。確かにここには、“部外者”が一人、必要だ。
「あの、アイレイスさんは、きっと何か理由があってカーダルさんのことを……その、嫌っている、のだと思います。それを、教えて頂けないです、か?」
改めて訊きにくい話題だ。たどたどしく話を促した雛㮈は、一人項垂れた。終わった頃には、心労で倒れそうだなあ、と思う。
「理由って……」
アイレイスが怒りに染まる顔を俯かせ、小声でボソッと呟く。
「…………………………のよ」
残りの二人が、首を傾げる。あまりに小さくて、誰も聞き取れなかったのだ。呑気な反応に、アイレイスは、ギッとカーダルを睨んだ。
「だから! そこの堅物騎士、あたくしが一生、自分に勝てないって言いましたのよっ!」
「…………は?」
「…………へ?」
どういうことか。
始まって早々、既に穏便に話し合いを、という雰囲気ではなくなっている。涙目になっているアイレイスは、悔しそうに机に手をつき、身を乗り出してカーダルを睨んでいる。涙目効果で、あまり迫力は無いが。
「そんなこと、言ったか?」
カーダルは懸命に自分の記憶をさばくっているのか、口調が素に戻っている。
「言いましたのよっ、あたくしが11歳の頃に!」
「俺が8歳の頃?……どちらにせよ、時効でいいじゃないか」
そして本音が溢れた。
とてもではないが、20を超えた歳の男女が争う内容ではない。大方、許す機会もなく、拗れに拗れた感情をそのままにしていた所為で、今の今まで意地を張ってしまい、自力では引き返せなくなっているだけの気がする。
少なくとも、大事件では無さそうだ。雛㮈は思った。安堵したような、脱力したような。
「えっと、もう少し詳しく聞いてもいい……ですか?」
「言葉自体は、あたくしが直接聞いたんじゃないんですのよ」
怒鳴ったことで少し落ち着いたのか、それとも少し冷静になって「この歳で騒ぐことじゃない……」と気付いたのか、シュンと縮こまる。
「誰に訊いたんですか?」
「ミディアス殿下よ」
部屋の温度が、下がった気がした。雛㮈の隣から、冷気が漏れてきている。
恐怖で震える雛㮈と、怒りで震えるカーダルを前に、アイレイスは昔語りをした。
当時、アイレイス(11歳)は既に魔法使いの才覚を表しており、本人としてもそれなりに驕っている部分もあった。
「あたくし、強いんじゃないかしら!」
と思っていたのである。
実際、それなりに強かった訳だが。
王弟の息子であるカーダル(8歳)と並び、ミディアス殿下(14歳)の遊び相手としても選ばれ、ますます浮かれていたのである。
しかし、ミディアスは、アイレイスではなく、カーダルを遊び相手として選ぶことが多かった。子供心に不満に思ったアイレイスは、何故なのか、と素直に本人に訊ねた。ミディアスは、うーん、と悩んだ顔をしてから、ニカッと笑った。
「今の俺には、ダルと“遊んでる”方が、勉強にちょうどいいんだ。あいつ、歳の割に強いし」
「あたくしは……?」
「アースは、ほら、違うだろ?」
何が違うというのか。ムッと唇を尖らせる。
「あたくしだって、強いですわ!」
「え、いや……。あー、ダルも言ってたけど、アースはダルには勝てないって。だからそんな無理は……」
冷静に聞けたのはそこまでだった。「うるさい、ばか!」と子供のような(実際、子供なのだが)ことを叫んで、アイレイスは部屋を飛び出した。この二人の喧嘩は意外とよくあることなので、誰も引き止めはしない。アイレイスの付き添いが、慌てて彼女を追い掛けた。
そうして、彼女は自分を一生見下すと宣言した年下男子を、敵視するようになったのだ。
というのが、彼女が語った過去だった。
“喧嘩”は誤解から生まれます。まあ、誤解ではないパターンもあるとはいえ。
大抵は、話せばいいのに、と思うこともしばしば。
腹割って話して、意地を捨てれば、状況って、実は簡単に一変してしまうものだと思います。




