08.心の世界に飛ばされました
カーダルの案内で、部屋に通された。彼は初め、案内を拒んでいたが、常には無く強引に話を進めようとする雛㮈に根負けしたようだった。
ベッドに眠る少女は、確かに、あの幽霊の少女だった。
「どういうこと…? 彼女、五年前からずっと眠ったまま、って。でも、私は確かに…」
わけがわからない。足が震えて、崩れ落ちそうになるのを、大きな手が支えた。それが誰のものであるか、を認識する前に、雛㮈はそれを解き、一歩前に踏み出す。引き寄せられるように、彼女に近付いていく。
「じゃあ…あの子は、生き霊? それなら、あの時に消えたのは…」
少女の手に触れた瞬間、光が弾けた。
「きゃあ!」
「ヒナ!」
焦った声が、耳に届く。反射的に、手を伸ばした。指先が触れる。
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「ん…」
ぴぴぴぴぴ…、と小鳥の囀りが聴こえる。そっと目を開くと、一面の緑が飛び込んできた。森林浴には持ってこいだ。久々に、緑を間近で見た。
上半身を起こそうとして、太い腕を敷いていることに気付く。その腕の辿り、顔を確認した。
「………、………っ!?」
カーダルその人だった。混乱は一瞬。頭を打っていないだろうか、と確認して、肩を軽く叩く。
「カーダルさん、起きてください」
「う…」
彼はすぐに目覚め、頭を片手で押さえながら、上半身を起き上がらせる。
「ああ、くそ。いってぇな」
これまでに聞いたことがない程、乱暴な物言いに、怯える。怖い。獰猛な獣を彷彿とさせる、鋭い眼光。まるで、初めて会った時のようだ。雛㮈は意識的に、視線を外した。
「と、とにかく、あの子を探しに行かないと…。カーダルさん、ここに見覚えはありますか?」
彼は立ち上がりながら、「屋敷の庭だ」と答えた。「五年前の」と付け加える。ほら、と手を差し出されるのを、掴む。やはり体力が落ちているらしく、上手く足腰に力が入らない。
「なんでそんなに体力が無いんだ」
「部屋から出させてもらえないからですー!」
ムッとして言い返したら、普段は反抗心ゼロの雛㮈の急な攻撃に驚いたのか、パチクリと目を瞬かせた。それが妙に、彼を幼く見せて、思わずプッと笑ってしまう。
「笑うな!」
「わ、笑ってませ…ふふふ」
面白くなさそうなカーダルを横目で見ながら、「さて」と目の前に広がる庭を眺める。
「カーダルさん、あの子の行きそうな場所、ご存知ですか?」
「あの子…? ああ、リリーシュか」
幽霊の少女、かつカーダルの妹である彼女の名前は、リリーシュというらしい。リリーシュさん、と口の中で転がした。
「ここは、何処なんだ…?」
五年前の屋敷の庭を再現した場所。
「多分、リリーシュさんの心の中です。彼女に会って、話をしないと」
「お前の世界では、これは普通なのか?」
「まさか!」
その割りには落ち着いている。カーダルにそう指摘された雛㮈は、自分でも不思議なくらい、落ち着いていた。
ここがどこなのか、本能的に知っていた。何故なら、雛㮈は“そこへ導く者”だから。“知っていて当然”なのだ。
カーダルはしばらく雛㮈を疑うように見ていたが、やがて軽く頭を振った。
「…行こう。リリーシュがいるところには、思い当たる場所がある」