11.種明かしします (2)
「なんで起きてすぐに人を呼ばないんだ」
低い声で唸るように、責める言葉を投げつけられ、雛㮈は身体を縮こまらせた。ディーの話に乗せられて、人を呼ぶということをスッカリ忘れていた。いや、他人の所為にするのはよくない。要は自分の所為だ……。
「まあいい。それより、調子はどうだ?」
問われて手を見ながら、腹を摩る。違和感こそあれ、別段調子は悪くない。流石に動こうとすると痛いけど。「大丈夫ですよ」と伝えれば、伸びてきた手が、雛㮈の右手に触れた。
「跡、消してやれなくて悪かった」
まさかそのような言葉が飛び出してくるとは思っておらず、雛㮈はきょとんとした。
「俺は別に気にならないが、女は気にするんだろう?」
「や、や。大丈夫ですよ、このくらい」
窺うように自分を見るカーダルに、にこりと笑い掛ける。
「カーダルさんが助けに来てくれたので……十分嬉しかったですから」
へら、と笑ってからふと気付く。「そういえば、どうやって場所を――」言い切る前に、胸の辺りに衝撃。次いで、「きゅるるるるーっ」という鳴き声。
小柄ながら重たい身体に押されて、雛㮈はベッドに倒れ込んだ。甘えるようにスリスリと身体を擦り合わせてくる“その子”を見る。
「あれ? え、なんでこの子がここに……!?」
「……ドラゴンは、嗅覚が鋭いんだ。特に、好きな匂いには格別」
そういえば、前に動物園に二人で出掛けた時にも、聞いた。警察犬以上だ、と思ったことを、ぼんやりと思い出す。――ということは、つまり。
「ば、場所が分かった理由っ、てっ!」
「きゅうっ、きゅうう〜っ!」
「そいつだ」
甘えてよじ登ってくるドラゴンを撫でながら、なるほどと納得した。それにしても、何故ここまで懐かれているのだろうか。
攻防戦を繰り広げていると、傍で控えていたディーが、ベリッと子ドラゴンを剥がすと、部屋の隅に投げ捨てた。
「な、何してるんですか!」
「人の主人に軽々しく触っていたものですから、つい」
「ぐ……グルルルルルッ」
子ドラゴンも子ドラゴンで、翼を広げ、敵意を剥き出しにしている。前のように、別れる時の泣き虫な様子は見えない。心なしか、口元からプスプスと煙が出ているようにも見える。
「ドラゴンは本来プライドが高い動物だからな。玩具のように投げられれば、面白くないだろうな」
雛㮈の身体を引き起こしたカーダルは、「俺としては、なんで悪魔がお前に執着しているのかの方が、気になるが」と眉を寄せた。多分それは、好意から来るものではなく、“獲物”的な意味の執着だろう、と雛㮈は思う。コレは自分が狩るのだ、という類の。
視線の先では、両者が互いの出方を窺っている。あんなに可愛い子ドラゴンも、戦闘となれば狩られる側ではなく、狩る側の目をしている。
「……参戦してきた方がいいか?」
「何のためにですか! 駄目ですよ!」
服の袖を握って引き止めれば、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「冗談だ」
「……それは」
良かったです、と続けた。しかし冗談ならもっと分かりやすく、真顔以外の顔で言って欲しい。
「で、“アレ”は今後どうする気だ?」
アレ、と指し示しているのは、どうやらディーのことのようだ。
雛㮈は先程の話を思い出しながら答えた。
「えーと、契約破棄は魂を渡すハメになりそうなので、しばらくは継続しつつ、何も頼まない体制でいこうかと……」
当然、もっと上の人間の許可はいるだろう。悪魔は紛れもなく危険分子だ。何も言わずに連れ回していいものでもない。
「…………ふうん?」
カーダルは少しばかり面白くなさそうな様子だ。目を細め、ディーを見やる。
さすがに禁術指定されている対象である。カーダル達が束になっても敵わなかったのだ。存在自体、面白くはないだろう。
「ヒナ? 入りますわよ」
アイレイスがノックと共に入ってきた。断りなんて聞く気は無いようだ。ニキとラルクもその後ろから入室する。三人は揃って悪魔VS子ドラゴンの光景を見て、固まる。
「……何あれ」
ニキが訝しげな顔で、雛㮈に訊ねる。客観的に見たら雛㮈争奪戦といったところだが、自分の口からはなかなか言い出しにくいことだ。二人揃って、何故そこまでその気持ちが駆り立てられているのか、謎なので余計に。
よって、雛㮈は無言の苦笑を持って答えとした。
「目が覚めたのね。良かったわ」
「アイレイスさん! 治療して頂いて、ありがとうございます」
彼女があの場にいなければ、雛㮈は助かっていなかっただろう。それは確実に分かることだった。しかしアイレイスは、不意に表情を曇らせ、視線を落とした。不思議に思ってから、すぐにその理由に気付く。そういえば、彼女とは喧嘩別れに近い状態だったか、と。
アイレイスさん、と呼び掛けようとして、口を噤む。今、自分から口を開いてはいけないような気がした。辛抱強く、彼女が話し始めるのを待った。
「あたくし、いろいろあるわ。貴女に話していないこと」
「……はい」
「全部話すことも、きっとできないの」
「はい」
しっかり頷く。でも、とアイレイスは続けた。いつもよりも弱々しい光を灯した瞳が、雛㮈を見ている。
「それでも話したいことも、あるのよ」
雛㮈はその瞳を綺麗だと思った。
笑顔を向ける。
「その相手に私を選んでくれたことが、何よりも嬉しいです」
ポロリと、涙が伝った。静かに、一筋だけ。
「……無事で良かったわ」
か細い声で言った後、アイレイスは、キッと雛㮈を睨んだ。
「大体、あたくしが折角話をしてあげようっていうのに、勝手に死に掛けるなんて、失礼極まりないのよ!」
「ふふ、ごめんなさい」
すん、と鼻をすする音は、聞こえないフリをした。
こそこそと伏線を回収しつつ、ああ他にも拾わねば、と大慌てな作者です。自業自得ですね。
子ドラゴン……持ちたいですよね。
こう、なんというか、たかいたかーい、ってしたいです。←願望




