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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシビ6.黒い精霊の再来
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09.黒と対峙します (4)

「分かるよね」

 痛みに悶える雛㮈の髪を引っ掴み、無理やり前を向かせる。その際にナイフが別のところを擦り、新たな痛みを生んだ。

「ぃ、あ…ぐ」

「ほら、しっかり見なよ。あんたの仲間の“勇姿”だ。はは、どこまで持つかな」

 痛みによる生理的な涙を浮かべながら、雛㮈は焦点がブレる目で、無理に前を見た。少しずつ、体力を削られていく仲間の姿に、何故自分はこんなところにいるのだろうと、頭の中でポツリと浮かぶ想い。

 何故、こんなところで。こんな風に。誰かを傷つけることしかできずに。足手まといにしかならずに。

『力が欲しイ?』

 その言葉は、ぽおん、と優しく(・・・)響いた。

『絶対的ナ力が要ル?』

『それナら』

『堕チテおいデよ』

『ぼくタチと一緒』

『ミンナなら怖クなイ』

『ひなガいなイノ、寂しいヨ』

『一緒にいヨウ』

『ネエ、そウシよう?』


「『友達(・・)ニナロウ』」


 頭を犯していく、甘く優しく、それでいて病的な恐ろしさを含んだ言葉の渦。呑み込まれたらきっと楽だ。

「―――ヒナ!」

 声。

 沈んだ思考が引き戻される。そうして戻った先で、腹を切り裂かれる愛おしい人の姿を見た。


「いやあああああああっ!」


 悲鳴と共に、黒い気配が拡散した。

 その中心となっているのは、男でも悪魔でもなく、雛㮈本人だ。

 これまで負ったこともない怪我と痛み。仲間が傷ついていく光景。引き金は、大事な者が斬られたことか。

「ヒナ! 気をしっかり持つのだ!」

 ラルクが叫ぶ。

「闇に呑まれたらいかん!」

「そうよ! この堅物騎士がこんなことでくたばるはずがないでしょう! 何より最強の魔法使いたるあたくしがついておりますのよ!」

「…さっきから最強の座を奪われてるけどね?」

 あの悪魔に。

 ニキがこんな時だというのに茶々を入れると、「今に勝つわよ」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。それでもカーダルの腹の怪我は軽く塞いでしまうのだから、“最強”と自称するのは決して伊達ではない。

「あ………あぁ………」

 揺れる瞳孔は、それでも少し落ち着いたようだった。未だに正気とは思えないが、黒い気配はいったん引いている。

「もう少しで堕ちそうだってのに、邪魔しないでよ」

 男が不機嫌そうに目を細める。

「しかしこれでも耐えるとなると、やっぱり一人二人、死んでもらうしかないかなあ」

 誰がいいだろう。男は、雛㮈の仲間を舐めるような目で見つめる。

「やっぱり一番効くのは、そこの剣士なんだろうけど、いちいち回復されるのが鬱陶しいよね。死に損ない(・・・・・)が他人を助けるっていうのも、滑稽だけど苛つくし」

 その言葉に反応したのは、カーダルとアイレイス、それからラルクの三名だった。

「貴方、どこまで何を知っているの」

「あんた、それ、今気にする余裕あんの?」

 悪魔が最上級の魔法を放つ。

「があっ!」

 精霊獣(ラルク)が吠えると同時に、ブレスが魔法に対抗するべく放たれた。ぶつかり合う力が風を生み、両者が踏ん張って耐える。

「い…ッ」

 雛㮈は一人、痛みに呻いた。耳元では、黒い精霊が甘言を囁く。力を得たら、そう、今より力を得たら、全てを支配し、この場も鎮められる。だから、だから。―――だけど。

 躊躇っているのは、何故だ。

 力を得る。それを躊躇う理由は何だ。

「いい加減諦めたらいいのにね、馬鹿みたいだ」

 男が、回復が追いつかず既に満身創痍なカーダル達を見て、嗤う。

 それを見て、ああ、と気付く。

 大事にしたいのは、きっと、“そういうもの”なのだ。

「あんたも、いい加減堕ちなよ。ほら、早くしないと、誰も救えないよ? 無力なままだ。足手まといだ。なあ?」

「―――す」

「あ?」

「嫌、です。絶対に」

 強烈な光を灯し、雛㮈は男を睨み付けた。男がこれまで以上に昏い瞳で、雛㮈を見下ろした。

「なんだよその目、ムカつく」

 腹に、強い衝撃を受けた。意識が飛びそうになるのを、かろうじて免れる。がほっ、ごほっ、と咳き込んだ。

 どうやら腹部を蹴り上げられたらしい。その衝撃で身体が浮き上がり、ナイフが地面から外れた。雛㮈の手がナイフの柄に突っ掛かり、蹴り飛ばされた衝撃で地面から抜けたのだ。より深く突き刺さったナイフによって、更なる痛みが雛㮈を襲う。

「弱いくせに。弱いくせに。弱かったら何もできやしないんだ。それなのに」

 狂ったように何度も何度も繰り返す。興奮しすぎて、口から唾を飛ばしながら、男は何度も雛㮈を蹴り上げる。

 彼女を巨大な魔法陣の端まで転がしたところで、男の追撃は止んだ。いや、奥から放たれた魔法によって妨害されたのだ。それが、えらく気に障ったらしい。

 男は叫んだ。

「ディー! そいつらを全員殺せ!」

 歪む世界で、雛㮈はその声を聞いた。

 そして、微笑む。生憎とその微笑みを見た者は、誰一人としていなかったが。

 雛㮈は、自分の望む結末(ハッピーエンド)を諦めない。仲間がソレを諦めないのなら。少なくとも、自分にはまだできることがあった。本当にただのお荷物のまま、何もせずに諦めるなんて、絶対に嫌だ。

 悪魔。召喚。契約。対価。―――魔法陣の構成を読み取る。“ディー”。その名を見つけた。ならば。“エヴィン”。これが(契約者)の名だ。

 消しゴムは無いが、鉛筆(自分の血)はあった。血はまだ流れている。魔法陣は、まだ完成していない。なら、この契約は、まだ確定されていない。

 ごほっ、と咳き込みながら動く雛㮈を、誰も気にしてはいない。せいぜい、痛みに打ち震えているだけだと見たのだろう。誰も、彼女に確固たる闘志があることには、気付かない。

 左手で、自分の右手に触れる。

(この幸運に、感謝しなければ…)

 視線の先にある文字の上に、指を滑らせる。魔力で固まった雛㮈の血を退かして。もう少しで、契約は完了する。

「くははっ、さあ! ここからがこの悪魔の本領発揮だ。早く絶望しろ!」

 殺せ、殺せ、殺せ。繰り返される声が響く中で、魔法陣が強く光り始める。いよいよだ、と嗤う声に、雛㮈の声が被った。

「“ディー、私を、護って”!」

 悪魔。召喚。契約。対価。悪魔の名はディー。契約者の名は…雛㮈だ。

 雛㮈の声に、男は困惑した顔をしたが、「畏まりました。我が主(マスター)」と応えた悪魔に、瞬時に状況を察知したようだ。書き換えられた魔法陣を見下ろし、射殺さんばかりに雛㮈を見た。

「この…っ!」

 振り上げられた拳は、雛㮈に届くことは無かった。彼の身体は、その直後、魔法に吹き飛ばされて、壁に激突した。悪魔たる者は、手加減を知らないらしい。

 上手くいったのか。

「ヒナ!」

「お姉さん!」

 カーダルたちが駆け寄ってくる。

 先程悪魔に命じるために声を上げたことで、限界を迎えたらしい。もはや、指先ひとつ動かせない気がした。

『どうしテ…?』

『ひな、ドウして?』

 黒い精霊がうようよしている。

 一矢報いることはできたかな、と少しの満足感を得てから、雛㮈は意識を手放した。もうそうしても大丈夫なのだと、彼女は知っていた。




御都合主義展開です、ごめんなさい。


ただ、三回目の連れ去り事件は、彼女自身が自力で成長するキッカケになったはずです。

譲りたくないものは何なのか。

自分の力で、何ができるのか―――。

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