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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシビ6.黒い精霊の再来
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07.黒と対峙します (2)

 ノジカ街以来の再会ではあるが、感動の再会とはならなかった。残念ながら、そういう熱い人物はこの場にはいない。

「…血の臭いがするんだが、俺ら、タイミングが悪かったかね」

 やれやれ、と頭を掻くハイキーに、チクタクの双子が続く。

「でも俺らの用事も」

「結構大事じゃんね」

「そうか。だが急ぎじゃないなら、後にしてくれないか」

 落ち着いて商談をするような気持ち的余裕は無い上に、時間的な余裕も無い。

「いんや、かなり急ぎだもんでな。一歩遅かった気もするが」

「…なに?」

 その物言いに、カーダルの眼力の鋭さが増す。それを屁ともせず、ハイキーは視線をうろつかせると、「嬢ちゃんは?」と訊ねた。

「………」

 無言から回答を得たのだろう。

「攫われたんか?」

「何故、そう思う?」

 ハイキーは、カーダルに目をやった。同じ目を、“あの時”もしていたな、と思い出す。人攫いに雛㮈が攫われた時だ。あの時も、こんな目をしていた。彼女を救うためなら、奪ってでも情報を取ろうという意思が感じられる目。しかも、以前よりも迷いが無い。助けることに、躊躇いが無い。

 何か、変わるものがあったのか。いや、それを追及するのは無粋だろう。

 もしやるとしても、それは彼女を救った後でいい。

「最近、“裏”で変な動きがあったもんでな? ほら、前に言った(だろ)、闇市事件でマスターの裏で動いとったやつが、捕まっとらん(捕まってない)って」

「…そいつが動き始めた、と?」

「ご名答。大っぴらに動きはせん(しない)けど、なんか嫌な予感がしてな」

 それでわざわざ忠告をしようと寄ったら、時既に遅し、という訳だ。

「アジトとか、行動範囲とか分かんねーの?」

 ニキは当時のことを思い出して嫌な顔をしながら、何か糸口は無いものかと、身を乗り出す。

「それに関しては、そっちの兄さんの方が詳しいらぁ」

「…アジトは不明だ。行動範囲も…奴は“広く浅く”仕事を受けるため、特定できない」

「そっか…」

「どんな奴なのかのう?」

 がっくりと項垂れたニキの代わりに、ラルクが口を開く。真面目な話でも常に寝転んでいるいつもとは様子が違った。守れなかった、という気持ちもあるのだろう。

「精霊使いであることは間違いなかろ。とすると、魔法にも精通しておるはずじゃの」

「その通りよ」

 ドアを断りも無く開けたアイレイスが、カーダル達のところまで早足で歩いてくる。

「名はエヴィン。姓は無し。強力な魔力を持ち、それなりの大技を繰り出す技術もある男。どこで習ったのかは知りませんけど、外道なりに実力があるのは確かだわ」

「兄さんだけじゃなくて、お姉さんも知ってるの?」

「“闇堕ちした者”として、魔法団(あたくし達)がマークしてましたの」

 ピタリ、とアイレイスの足が、カーダルの前で止まった。

 身長の関係で少し低い位置から、彼女は日頃は険悪な雰囲気を出している相手を見上げた。

「今回のことは、あたくしと貴方が引き起こしたものだと思っておりますの」

 もし仮に二人が雛㮈と一緒に行動していたなら、結果は変わっていただろう。

「逆に言うと、一流の魔法使い(あたくし)一流の騎士(貴方)が揃えば、怖いものなしですわよね」

 共闘宣言をしたアイレイスは、真面目な顔を一切崩さないまま、「あの子を、こんなことで失うわけにはいきませんのよ」と言い放った。貴方も同じ気持ちでしょう、と目で訴えるアイレイスに、カーダルは頭を下げることで応えた。

「………事情は分からんけど、良かったな?」

 ハイキーが、周囲にこっそりと同意を求める。ある程度事情を知る者は、こぞって頷いた。

「うん、良かった。お姉さん喜びそう」

「そうじゃのう。これっきりじゃないといいがのう」

 事情を知らない者は、訳も分からず、にこにこしている。

「わー、仲良しですねー」

「仲良し!」

「いいことだわぁ」

 どちらに属するにせよ、小声でコソコソ話す外野を、気の強い魔法使いはジロリと睨んだ。

「何をごちゃごちゃ言っているの。時間が無いんだから、トロトロしないでちょうだい」

 理不尽だ、と思わないでも無かったが、心の中で言うに留めた。口にしてもいいことがない。

「にしてもさ、その人の目的はなんなの?」

 ニキが首を捻る。

「闇市を壊された復讐?」

「噂しか知らんが、アレはそんな熱い性格じゃないに。自分が気に食わんかったから、だろうな」

 思案顔のラルクが、「あの男、ヒナが絶望することを望んでおった」と呟く。柔らかい毛が、内に秘めた想いによってか、逆立ってきている。

「“闇堕ち”特有の衝動(・・)かもしれんのう」

「…あのさ、その“闇堕ち”ってのは、なんなの?」

 ニキは、ぴこん、と獣耳を動かした。尻尾が苛立たしげにゆらゆら揺れているのは、その単語が無意識に神経を逆撫でしているからなのか。

「“闇堕ち”は、絶望し、心を黒く染めた精霊使いのことよ。精霊使いは、精霊の影響を受けやすいの。逆に、精霊も精霊使いの感情に囚われやすい。精霊は、その時の感情をより顕著にさせるの。怒りも、喜びも、そして憎しみさえも」

 ある一瞬、強い憎しみを精霊使いが抱くと、精霊がそれに同調し、さらにその感情を強く感じさせるのだ。

 結果的に、憎悪に溺れ、心を壊す。

「壊れた心は、仲間を欲するのじゃ。一人が嫌、というのは、ある意味人間の本能かのう」

「…お姉さんを、“闇堕ち”させようとしてるってこと?」

「おそらく、のぅ…」

 ブン、と尻尾が荒々しく横に振られた。気分を害したようだった。

 ニキは唇を尖らせながら、「お姉さんが絶望して心を壊しちゃうなんて、絶対に嫌だ」と言った。

「それもひとつの可能性というだけだわ。どちらにせよ、早急に救い出せば済む話よ」

「…そうだね。その通りだ」

 だが、そのためには肝心の雛㮈がどこにいるのかが重要だ。

「で、一流の魔法使いさん。嬢ちゃんの居場所は特定できるんか?」

「探査魔法を試してみたけど、駄目ね。途中で追えなくなるわ」

「途中までは分かるんだな?」

 カーダルが身を乗り出す。

「ええ。あ、ちょっと待って! 無謀だわ。そこから、どの方向にどれだけの時間を進んだのかさえ、定かでは無いんだもの」

 聞くなり部屋を飛び出していこうとしたカーダルを引き止める。

「あたくし以上に探査魔法が使えるのは、なかなかいないわよ。フェルディナンでさえ、探査魔法においてはどうかしら。でも二人で同時に魔法を使えば、もう少し追えるかしらね」

「そこから先は、我と小童の鼻を頼りとするしかないかの」

 くん、と鼻を動かす。果たして、どこまで有効か。

「そうね。…でも不自然なのよ。まるでそこで掻き消されている感じなの。―――ああ、それなら、ヒナ本人じゃなくて、普段身につけている“物”を対象にすればもう少し探れるかもしれないわ!」

 アイレイスの言葉に、一同は顔を見合わせる。

「嬢ちゃんの普段身につけているもの…?」

「今日、どんな服来てたっけ?」

「服でも、探索対象にできるのかの」

「ダルお兄様、何かヒナちゃんに贈り物をしていませんか?」

「………してない」

 けど、と言いながら、目を伏せる。

「ニキが髪飾りを贈っていたな」

「あ!」

 そういえば、随分気に入ってくれていた。ほぼ毎日着けるほどに。…今日はどうだっただろう。首を捻っていると、リリーシュが「緑のリボンですか? 着けてましたよー」と頰に手を添えて答えた。

「なら早速、」

「いや、待て」

 カーダルは真っ直ぐ前を向いた。

「もうひとつ方法がある」





「でも兄さんよく憶えてたね、リボンのこと」

「………………ああ」


(あー、ちょっと悔しかったんだなあ)


 無言の間から、“何か”を悟ったニキさんでした。

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