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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシビ6.黒い精霊の再来
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04.最悪のチームワークです (4)

2015年も、よろしくお願いします!

 す、と息を吸う。

「今日はアイレイスさんと二人でお話がしたいです」

 気詰まりの空気の中、雛㮈は自分が、存外、凛とした声が出せた気がした。カーダルが目配せする。それに応えるように、微笑みを返した。

「えっとじゃあ…オレは外で待ってようかな。兄さんは?」

「…騎士団に顔を出してくる」

 任せきりで不安な部分もあったのだろう。彼は仏頂面(普段の顔)のまま、告げた。

「我はここにいたいぞ」

「駄目だよ」

 ふかふかの絨毯が気に入っているのだろう。ゴロンと転がったラルクを、ニキが呆れた顔で見下ろした。「ケチじゃのう」と不服そうなラルクを引き摺って、ニキが退室する。あの二人は、あれであれでいいコンビだ。

「それじゃあ、………頼む」

「はい」

 雛㮈はカーダルと短い言葉を交わして、アイレイスと向き直った。パタン、と扉が閉まる音が、背後からした。

「あたくし、折れませんわよ」

 なんの話題かも見当がついていたのだろう。ふん、と鼻を鳴らしながら、アイレイスがそっぽを向いた。

「アイレイスさんは…何故そんなに、カーダルさんを嫌うんです?」

「堅物だからよ。融通が利かないんだもの!」

 いつも通りの返答。いつもなら、ここで終わる会話。

「でも、幼少時代は、普通にお喋りなさっていたって聞きました」

「あの時は………」

 アイレイスが目を泳がす。しかしすぐに気を取り直したように、「何故、貴女がそんなことを知っているの?」と少し不機嫌そうな声を出した。

「何故って…」

「過去のことを他人に掘り返されるなんて、不愉快だわ。ヒナ、貴女には関係の無いことだもの」

 非常に警戒した面持ちで、彼女は雛㮈を見た。いつも余裕のありそうで、喜怒哀楽を素直に表す彼女が、まるで何かを隠そうとしているような表情をすることが珍しく、雛㮈は困惑した。

 余程、触れられたくないのか。

 しかし、だからといって、そうですか、と引き下がる訳にもいかない。

 事を急ぎ過ぎたか、という気持ちもあった。カーダルの時には、直球で言うしかなかった。結果的には、それが良かった。しかし当然ながら、彼女はカーダルではない。相手を見て、対応を変えるべきだった。…今更だが。

「嫌な気持ちにさせたのなら、謝ります。ごめんなさい。…でも、私も訊かないといけないんです」

「どうして? 関係無いでしょう?」

「あります」

 断言すると、アイレイスの瞳が戸惑いと恐怖に震えた。

「…アイレイスさんだって、気付いているはずです。そうですよね?」

 乗り越えなければならないものが、今、目の前にあるのだ。

 しかし。

「―――出て行ってちょうだい」

 返答は、冷たい声だった。

「アイ、」

「話なんてしたくないわっ! 出て行って! 今すぐに!」

 ヒステリックに叫ぶと、彼女は雛㮈の腕を掴んで、扉を乱暴に開けた。驚いたようなニキと騎士たちの顔を認識する前に、廊下に向かって放り投げられる。

 尻餅をついた雛㮈が、その衝撃と痛みに目を瞑った隙に、扉はバタンッと閉じてしまった。

「お姉さんっ? 大丈夫?」

「へ、へーきです」

 にへらと笑ってみせる。その顔を、じ、と見つめたニキは、無理をしているようではないと判断したらしく、安堵した顔をすると、「魔法団長さんは、女の子の日かな」と軽口を叩いた。雛㮈は神妙な顔で「そうかも」と返す。

「姫様がた」

 ラルクが顔を起こして、ニヤリと笑う。常には無い呼称に、二人揃って首を傾げる。ニキの獣耳がぴょこんと動いた。

「そういう会話は、健全なオスの前では慎んだ方がいいのではないかの?」

 言われて、ふと傍に控えていた二人の騎士に目を向けると、いつも通り真面目な顔をして真っ直ぐ前を向いている。普段と違うのは、一人の顔がほんのり赤いことと、もう一人も若干視線が左右に揺れていることだろう。

 なにか、とても居た堪れない。

「………まあでも、そのくらいの話は受け入れてくれないと、女心は掴めないぜ」

「に、に、ニキさん!?」

「あー、兄さんも変に動揺しそうだな」

「ニキさんったら!」

 弁明のつもりなのか、視線が泳いでいた方の騎士が「カーダル様は決してそのような…」とそこまで言って黙り込んだ。そこに続く言葉がどうなのかは、彼自身も分かっていないように見える。

「うん?」

 ニヤニヤしていたラルクが(そういえば、この銀狼は雌なのか雄なのか、どちらなのだろうか)、不意に顰め面を作った。毛が逆立ち、警戒の色を見せている。何かあったのか。しかしそれにしては、ニキには勘付いた様子が無い。

 立ち上がり、その場でぐるぐると回り始めたラルクに、どうしたのかと呼び掛ける。

「むう…この気配は…。ヒナは何も感じぬのか?」

「私?」

 何故自分なのだろう。野性的な勘を働かせるのは、ニキの方だろうに。

 首を捻る雛㮈に、「それならよい」と言いながらも、非常にソワソワしている。「何があったんです」と少し強い口調で訊けば、ラルクは「黒いのがいる」と低い声で答えた。

「黒いの?」

「心を呑むものだ」

 心を呑む。その真意は分からないはずなのに、背筋がゾクリと粟立つ。

 突然、不安感がドッと押し寄せた。ラルクの言葉によるものだが、そうではない。その言葉をキッカケに、まるで隠されていたヴェールが取れたように、ある方向から、猛烈な“違和感”を覚えた。

 心が落ち着かない。

 あるべきではないものが、そこにあるから。放置しておいていいものではない。―――そうだ、この感覚を、自分は知っている。

 雛㮈はニキを見た。突然に目を向けられた彼女は、「な、なに?」と驚いた声を上げる。彼女の周りを飛び交う精霊。あの精霊が黒く染まりつつあった時も、同じ焦燥感に駆られたのだ。そして今のソレは、あの時よりも強い。

「行かなきゃ…」

「お姉さん?」

 呟きに、ニキが不安そうに応えた。

「ニキさん、カーダルさんに伝えて。ラルクさん、足を貸してください」

「えっ…ちょっと!?」

 嫌な予感がした。そのままにしては、おけなかった。正常な判断ではない。分かっていた。しかし、理性がそれを止められない。

「オレ、兄さんに何を伝えればいいわけっ?」

 魔力を研ぎ澄ませる。その先に。

「お屋敷に、先に戻っています、って」

 ―――もはや見慣れた、“家”があった。




「………うー」

 自己嫌悪気味のアイレイスさん。

 根は真面目ないい子です。

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