04.最悪のチームワークです (4)
2015年も、よろしくお願いします!
す、と息を吸う。
「今日はアイレイスさんと二人でお話がしたいです」
気詰まりの空気の中、雛㮈は自分が、存外、凛とした声が出せた気がした。カーダルが目配せする。それに応えるように、微笑みを返した。
「えっとじゃあ…オレは外で待ってようかな。兄さんは?」
「…騎士団に顔を出してくる」
任せきりで不安な部分もあったのだろう。彼は仏頂面のまま、告げた。
「我はここにいたいぞ」
「駄目だよ」
ふかふかの絨毯が気に入っているのだろう。ゴロンと転がったラルクを、ニキが呆れた顔で見下ろした。「ケチじゃのう」と不服そうなラルクを引き摺って、ニキが退室する。あの二人は、あれであれでいいコンビだ。
「それじゃあ、………頼む」
「はい」
雛㮈はカーダルと短い言葉を交わして、アイレイスと向き直った。パタン、と扉が閉まる音が、背後からした。
「あたくし、折れませんわよ」
なんの話題かも見当がついていたのだろう。ふん、と鼻を鳴らしながら、アイレイスがそっぽを向いた。
「アイレイスさんは…何故そんなに、カーダルさんを嫌うんです?」
「堅物だからよ。融通が利かないんだもの!」
いつも通りの返答。いつもなら、ここで終わる会話。
「でも、幼少時代は、普通にお喋りなさっていたって聞きました」
「あの時は………」
アイレイスが目を泳がす。しかしすぐに気を取り直したように、「何故、貴女がそんなことを知っているの?」と少し不機嫌そうな声を出した。
「何故って…」
「過去のことを他人に掘り返されるなんて、不愉快だわ。ヒナ、貴女には関係の無いことだもの」
非常に警戒した面持ちで、彼女は雛㮈を見た。いつも余裕のありそうで、喜怒哀楽を素直に表す彼女が、まるで何かを隠そうとしているような表情をすることが珍しく、雛㮈は困惑した。
余程、触れられたくないのか。
しかし、だからといって、そうですか、と引き下がる訳にもいかない。
事を急ぎ過ぎたか、という気持ちもあった。カーダルの時には、直球で言うしかなかった。結果的には、それが良かった。しかし当然ながら、彼女はカーダルではない。相手を見て、対応を変えるべきだった。…今更だが。
「嫌な気持ちにさせたのなら、謝ります。ごめんなさい。…でも、私も訊かないといけないんです」
「どうして? 関係無いでしょう?」
「あります」
断言すると、アイレイスの瞳が戸惑いと恐怖に震えた。
「…アイレイスさんだって、気付いているはずです。そうですよね?」
乗り越えなければならないものが、今、目の前にあるのだ。
しかし。
「―――出て行ってちょうだい」
返答は、冷たい声だった。
「アイ、」
「話なんてしたくないわっ! 出て行って! 今すぐに!」
ヒステリックに叫ぶと、彼女は雛㮈の腕を掴んで、扉を乱暴に開けた。驚いたようなニキと騎士たちの顔を認識する前に、廊下に向かって放り投げられる。
尻餅をついた雛㮈が、その衝撃と痛みに目を瞑った隙に、扉はバタンッと閉じてしまった。
「お姉さんっ? 大丈夫?」
「へ、へーきです」
にへらと笑ってみせる。その顔を、じ、と見つめたニキは、無理をしているようではないと判断したらしく、安堵した顔をすると、「魔法団長さんは、女の子の日かな」と軽口を叩いた。雛㮈は神妙な顔で「そうかも」と返す。
「姫様がた」
ラルクが顔を起こして、ニヤリと笑う。常には無い呼称に、二人揃って首を傾げる。ニキの獣耳がぴょこんと動いた。
「そういう会話は、健全なオスの前では慎んだ方がいいのではないかの?」
言われて、ふと傍に控えていた二人の騎士に目を向けると、いつも通り真面目な顔をして真っ直ぐ前を向いている。普段と違うのは、一人の顔がほんのり赤いことと、もう一人も若干視線が左右に揺れていることだろう。
なにか、とても居た堪れない。
「………まあでも、そのくらいの話は受け入れてくれないと、女心は掴めないぜ」
「に、に、ニキさん!?」
「あー、兄さんも変に動揺しそうだな」
「ニキさんったら!」
弁明のつもりなのか、視線が泳いでいた方の騎士が「カーダル様は決してそのような…」とそこまで言って黙り込んだ。そこに続く言葉がどうなのかは、彼自身も分かっていないように見える。
「うん?」
ニヤニヤしていたラルクが(そういえば、この銀狼は雌なのか雄なのか、どちらなのだろうか)、不意に顰め面を作った。毛が逆立ち、警戒の色を見せている。何かあったのか。しかしそれにしては、ニキには勘付いた様子が無い。
立ち上がり、その場でぐるぐると回り始めたラルクに、どうしたのかと呼び掛ける。
「むう…この気配は…。ヒナは何も感じぬのか?」
「私?」
何故自分なのだろう。野性的な勘を働かせるのは、ニキの方だろうに。
首を捻る雛㮈に、「それならよい」と言いながらも、非常にソワソワしている。「何があったんです」と少し強い口調で訊けば、ラルクは「黒いのがいる」と低い声で答えた。
「黒いの?」
「心を呑むものだ」
心を呑む。その真意は分からないはずなのに、背筋がゾクリと粟立つ。
突然、不安感がドッと押し寄せた。ラルクの言葉によるものだが、そうではない。その言葉をキッカケに、まるで隠されていたヴェールが取れたように、ある方向から、猛烈な“違和感”を覚えた。
心が落ち着かない。
あるべきではないものが、そこにあるから。放置しておいていいものではない。―――そうだ、この感覚を、自分は知っている。
雛㮈はニキを見た。突然に目を向けられた彼女は、「な、なに?」と驚いた声を上げる。彼女の周りを飛び交う精霊。あの精霊が黒く染まりつつあった時も、同じ焦燥感に駆られたのだ。そして今のソレは、あの時よりも強い。
「行かなきゃ…」
「お姉さん?」
呟きに、ニキが不安そうに応えた。
「ニキさん、カーダルさんに伝えて。ラルクさん、足を貸してください」
「えっ…ちょっと!?」
嫌な予感がした。そのままにしては、おけなかった。正常な判断ではない。分かっていた。しかし、理性がそれを止められない。
「オレ、兄さんに何を伝えればいいわけっ?」
魔力を研ぎ澄ませる。その先に。
「お屋敷に、先に戻っています、って」
―――もはや見慣れた、“家”があった。
「………うー」
自己嫌悪気味のアイレイスさん。
根は真面目ないい子です。




