02.最悪のチームワークです (2)
「まさか出立して二日後に、ここに戻ってくることになろうとはね」
「大丈夫ですか?」
雛㮈が心配そうな顔で訊ねると、彼はよっこいせと身体をベッドの上で起こす。笑ってはいるが、身体を動かすと痛みが走るのか、時折眉がピクリと動く。
右肩が、痛々しい程の包帯によって固定されている。彼が左利きだったのは、不幸中の幸いだろう。
「前回といい…五年寝ている間に鈍ったかな。あの程度で傷を負うとは」
「大人しくしていろってことだ」
カーダルが、苛立ったように勢いをつけて、見舞いの品をベッドの脇に備え付けられたテーブルに置いた。
「心配かけて悪かったね」
「心配なんてしてない」
見舞いの品を手放すなり、腕を組んだカーダルは、背中を部屋の壁に預けた。
フェルディナンの件で連絡が入った時、カーダルと雛㮈はアイレイスの部屋にいた。彼が怪我をしたと聞いて、真っ先に立ち上がったのは、カーダルだ。心配していないことはないだろう。多分、気恥ずかしいのだ。あるいは、心配したからこそ怒っているのだ。
「大体、なんで、」
「そのことなのだがね」
フェルディナンは、怒るカーダルなど気にも留めず、負傷した肩に手を置いた。やはり、痛みが気になるのか。
「僕様を襲ってきた輩は、身のこなしからして、裏稼業に属する者のようだったよ。偶然、僕様に目を付けたというわけでもなさそうだ」
裏稼業。というと、暗殺者だとか、そういった類のものだろうか。つい先日、ミディアスの命を狙ったのも某貴族に雇われた暗殺者だったが、雛㮈にはまだ実感が湧かず、まるで夢物語のようだった。現に、目の前でフェルディナンが怪我をしているにも関わらず、だ。長年連れ添ってきた“平和ボケ”の称号は、ちょっとやそっとじゃ変わらない。
平静に話すフェルディナンとカーダルの存在も、それを助長しているのかもしれない。彼らは、あくまでソレがあることが普通だという口振りで話す。
「何か言っていたのか?」
「いや、特には漏らさなかったね。というよりも、知らなかったようだ。上から言われただけなのだと、何度も零していたよ」
「所詮は使い捨てか」
カーダルは吐き捨てた。使い捨てという存在に対してというよりも、そういった存在を定義する者を疎んでいるようだ。尖り始めた気配を感じ、無意識に腕に手を添える。
ぴくりと震えた身体は、けれど離れてはいかなかった。組まれていた腕が、微かに緩む。
「今の時期ということは、殿下、あるいは光眠り病に関連があると考えるべきかな。しかし、断定するのはまだ時期尚早か」
柔らかくなったカーダルの雰囲気に、フェルディナンも頬を緩める。ただし、口にする言葉はソレに反し、非常に真面目なものだ。
「こちらも身辺の警護を強めるべきか」
「そうだね。それがいい。用心に越したことはない」
念の為にリリーシュ君にも護衛を付けなければ。その言葉に、雛㮈は目を見開く。え、と小さく声が漏れた。
「どういうことですか。リリィちゃんにも、危害が…?」
「落ち着け。可能性の話だ」
「落ち着けって…!」
可能性があるだけで、十分だ! 何故、落ち着いていられるのか! 貴方の妹のことなのに!
心の中で責め、しかしすぐに思い直す。その瞳に、押し殺した感情が見て取れたからだ。………辛くないはずがない。荒れた自分の気持ちを、ぐ、と堪えた。
「お前が巻き込んだ訳じゃない」
「…はい」
それでも。
「手は、出させません」
決意を固める。その頭に、ぽんと大きな手が乗る。
「お前も危険な目に遭わせたりしない」
「っ、あ、う」
「お暑いことで。…ところで、そちらの調査はいいのかい?」
「あ、や! い、今から! すぐ戻ってまたみんなで話すんです!」
「みんなで、ねえ」
含みを持たせた言葉に、雛㮈は萎縮したように身体を縮める。昨日今日で、カーダルとアイレイスの関係性が変わる訳がない。協力体制ができるのは、まだまだ先のようだ。
「フェルディナンさんは、ゆっくり休んでいてください!」
「そうさせてもらうよ」
流石に少し疲れたのか、身体を横にした。軽口を叩きながらも、やはりまだ目覚めたばかりの身体。怪我もあり、あまり本調子ではない。
雛㮈は静かに別れを告げ、退室した。遅れて、カーダルが部屋から出てくる。
「あの調子だと、しばらくは休むことになるだろうな」
「怪我、深いんですか」
「怪我は魔法で塞いだ」
ただ、流れた血はどうしようもない。それに、痛みへの忍耐も、精神的な体力をガリガリと削っていく。
これは、フェルディナンの分まで頑張らないと。
そう、きっとカーダルも思っているはずだと思ったのだが。
「………」
「………」
無言地獄、再来である。
ニキと目を合わせ、項垂れる。
これは、どうにかしなくては。多分、放置していたら、駄目だ。
でも、分からない。キッカケさえあれば何か変わるのか、それ以上に何かが必要なのか。自分にできることがあるのかすらも。
「…ちょっと、すみません」
席を外す。部屋を出るとすぐに、ルークが立っていた。
「あれ、お嬢さんどうしたの?」
「少し、気分転換に」
「カーダルとアイレイス様のこと?」
「…ええ、まあ」
ふう、と息を吐いた雛㮈に、「あいつもまだまだ子供だな」と苦笑するルーク。彼は何か知っているのだろうか。じ、と見つめる。
「んん、ごめん。俺はその辺りの事情は知らないんだ。元々騎士と魔法使いは折り合いが悪くてね」
「でも、ルークさんは魔法使いと協力ってなっても…」
「まあ、あそこまではならないかな」
全員が全員あの調子だったとしたら、今頃城内はもっと殺伐としているだろうし、こうして護衛を務めてもいないだろう。
やはり、入団する以前に何かあったのか。だとしたら、ミディアスの方が詳しいだろうか。
「騎士と魔法使いの不仲は、ある種の伝統のようなものだからね。だからこそ、協力が必要な時は仕方なしにでも手を組むんだけど…」
組んで、無いです、よ?
あがあがと驚愕の顔を作る雛㮈の頭を、ルークが撫でた。ごめんね、と小さく言われた気がする。
それを受け取ってから、握り拳を作った。うん。よし。
「…わかりました。私は、理解しました」
「ん?」
「多少強引なことをしないと変わらない、と」
「お?」
ルークが、「俺、そんなスイッチ入れるようなこと言ったかな」と困った顔をしていた。
ルークさんにとっては、カーダルさんはまだまだ弟のような存在なので、サラッと「子供だなあ」と出てしまいます。
ついでに雛㮈さんのことも、(小さい子的な意味合いの)可愛い女の子認定です。
ある意味その評価は間違っていない(真顔)。




