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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ1.精霊がいる世界
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07.彼女を見つけました

 夕食は、断ろうと思った。

 こんな心境で…。しかし、だからといって、部屋に篭っていたからといって、何かができる訳でもない。

 こんこん、と控えめなノック。噛み締めた唇を、緩める。は、と息を吐いた。

 陰鬱な気持ちで、部屋を出る。

「ヒナ様、どうなさいました」

「いえ…ただ、…少しだけ、頭が痛くて」

 雛㮈は少しばかり、嘘を吐いた。それから、無理に頬筋を動かし、微笑んだみせる。

「でも、大丈夫です」


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 大きな部屋で食事をするのは、初めてだ。いや、この家で、自室以外に入ってゆっくりすることすら、初めてか。

 目の前に、食事が運ばれてくる。

「今の生活は、慣れたか」

「は、はい。おかげさまで」

「何か変わったことはあったか」

「特には…。あの、すみません、不思議な力も、何もなくて…」

 精霊たちも、自分たちの存在は『普通』だと言っていた。ならば、あの幽霊の友人だって。それに、彼女のことを『不可思議な力』という括りにしたくは無かった。

 それにしても、彼女はどうしてしまったというのか。カーダルの名に、ひどく反応していたように思う。

(だめ、だめ。今は考えない…)

 ふるふると頭を振る。

「そういえば…私、外に出たいです。あの、お庭とかでもいいんですけど、ずっと部屋だと…身体が鈍ってしまって」

「駄目だ」

 バッサリと断られる。まだ疑われているのだろうか。少しは、信用してきてもらえていると、思ったのだけれど。まあ確かに、カーダルとしては、『部屋に閉じ込めたら、素直に何も問題を起こさずにいる』というだけで、『外に出した時に信用できるかは別』なのだろうが。

 雛㮈は俯きながら、「そうですか」と返した。ここで無理を通して、自分の立場を悪くすることは、怖かった。

 シンと静まり返る部屋。

 妙な沈黙を払拭しようと、雛㮈は更に口を開く。

「カーダルさんは、このお屋敷で一人で住んでいらっしゃるんですか?」

 今、食事をとっているのは、カーダルと雛㮈の二人だけである。両親や、兄弟はいないのだろうか。

「なんでそんなことを、答えなきゃいけない」

 カーダルの気配が、冷たくなった。

「あ、そ、そうです、よね。ご、ごめんなさい…」

 雛㮈は慌てて謝罪した。

 それにしても、と考える。何故彼は、雛㮈を食事に誘ったのだろう。この様子を見る限り、仲良くしたいようには見えない。

 空気が重い。正直、一人の食事の方が、気が楽だ。

 早く食べてしまおう、と食事のスピードを速めた。

「………両親は、五年前に死んだ」

「え」

「お前は知らないだろうが。五年前に、大きな事件があったんだ。多くの人が死んだ。父と母も、その被害者だ」

 多くの人が死ぬ大きな事件、と復唱する。日本でいう、飛行機事故だとか…そういった、ものだろうか。だとしたら、彼は、急に大切な人を奪われたことになる。

 それがどれだけ辛いことか、雛㮈には想像がつかない。

 ―――想像が、つかない?

 本当に? だって自分も、つい数十日前に“家族・友人を全て失い”、“家族に自分を喪わせた”のに。

 何故。

 何故、そのことに、思い当たらなかったのだろう。寂しさも、悲しさも、何も感じずに。

 どういうこと?

 自分は、“そんなに非情になれるはずがないのに”。

「あ、ああぁ、あああああ…っ!」

「お、おい…! どうした…!?」

「あ、あぁ…う、ぁ…」

 はっはっは、と荒い息遣いをすると、背中に手を当てられる。そうしたら、少し、落ち着いた。

 きっと。

 自分が非情なのではない。日本にいる宮古雛㮈と、この世界にいる宮古雛㮈は、同じようでいて、違うのだ。

 雛㮈は自分にそう納得させた。またそれは、真実であるようにも思えた。宮古雛㮈は普通の人間だ。それ故、誰かを失って泣くことは、普通ならば持ち得る感情だ。

 日本にいる宮古雛㮈は、“死んだ”。しかし、その死の恐怖すらも、もはや明確に思い出せない。

「ごめんなさい…もう、大丈夫です」

「…ああ、そうか。お前も、“そう”だったな。俺よりも、辛いか」

「いえ、私は…多分、きっと、何ひとつ、失っていないんです」

 多分。失うことすら、できなくなってしまった。実際に失うことと、それはどちらが辛いだろうか。

「カーダルさんは、ご親族も…?」

「いや…妹が一人、いる」

 少し、安堵する。そして、安堵できた自分に、安心した。

「妹さん、いらっしゃるんですね」

「ああ、ただ、五年前の事件に巻き込まれて…ずっと、目覚めないんだ」

「え…」

 植物人間、というやつだろうか。それは、あまりにも、辛いのではないか。自分一人が生き残る、恐怖。絶望。

「五年前は、みんな一緒だった…」

 すう、とカーダルの目が暖炉の上に移る。つられるように、雛㮈も目を移し、目を見張った。

 そこにあったのは、写真だ。優しそうな妙齢の女性と、髭を蓄えた男性。今より幼さが見え、今では考えられないような満面の笑顔を浮かべるカーダル。そして、金とも茶ともとれる長い髪を持ち、翡翠の瞳を持つ幼い少女。この少女は知らない、でも―――もう少し成長した、よく似た少女を、知っている。

「こ、この子!」

 起き上がった拍子に、カーダルとぶつかりかける。しかし、今の雛㮈には、それを気にしている余裕はなかった。

「この子、今、どこにいますか!?」




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