15.向き合いましょう (4)
コンコン、とノックする音がした。
「おーい。入っていいか? お楽しみ中だったら、出直すぞ?」
「不要な気遣いです」
(必要な気遣いだと思います…!)
声を掛けられているのに離れようとしないカーダルを慌てて押し返しながら、心の中で叫ぶ。不思議そうな顔のカーダルに、ちょっと待て、と突っ込みたい気分に駆られる。
無情にも扉が開く。真顔のミディアスと目が合う。
「………おい。俺の気遣いを活かせよ」
貴重なんだぞ、と彼は言った。
ソファでイチャイチャしているように見える光景に、しかしミディアスは大して動揺している風ではない。ただ、よくよく考えなくともここは彼の部屋だ。そういう不埒な行為をするのはよろしくないと思う。
「ま、いーや。ヒナ、頑張れよ。―――それはそれとして、お前らに一言言っておかないといけない」
ショックで固まる雛㮈をサラリと流して、ミディアスは腕を組んで、ニヤリと笑う。真面目な話と踏んでか、カーダルも立ち上がる。とはいえ、片手は雛㮈の肩を掴んだままだったが。
「なんでしょう」
「おま、…五年前の大事件のことだ」
肩の手を見て、しかしなんとか堪えたミディアスが、言葉を紡ぐ。
「アレは、ファンクスが力を欲して起こした件として片がついた。俺も父も、そんなことは信じてはいなかったが、当時、必要なことは“真実”ではなかった」
含みを持たせた言葉に、首を捻る。ミディアスは、部屋の奥までゆっくりと進みながら、言葉を重ねていく。
「光眠り病は、精霊王の召喚、および契約に“失敗した証”、あるいは、“ただの弊害”だと思われていた」
彼は窓際まで歩ききると、窓に触れた。「しかし、どうもそうではないようだ」と告げた声からは、感情が読み取れなかった。
「あれこそが、契約が今もなお“継続されている証”。それが進んだ先に待っているのが何であるのか。それが不明であることが問題だ」
かつて、国を守る道を共に歩んで欲しいとまで願った相手を、冷静に切る声。
「もう、あの時の惨劇を繰り返させる訳にはいかない。今も眠る者たちに、これ以上の犠牲者を出すこともさせない」
話が一段落したところで、ミディアス殿下、とカーダルが呼び掛ける。
「貴方が紛い物の情報に流されることはないとは思いますが、そこまで信憑性があるとなると…どこから仕入れた情報ですか」
「他ならぬ、ファンクス本人だ」
間髪入れぬ回答に、え、と雛㮈は目を丸くした。
「でも、ファンクスさんはお亡くなりになったんじゃあ…」
「ああ、死んだ。だが、死んでいなかった。そんなところだ」
禅問答のような答えだ。
いや、それよりも。
肩を掴むカーダルの手に、力が込められる。彼の表情からは、戸惑いと、そして憎しみが見て取れた。
ミディアスにとってファンクスなる人物が、旧友であり、かつての同志であり、彼自身の罪の証であるのならば。カーダルにとっての彼は、両親を殺した相手であり、そればかりか妹の命を奪おうとした憎き仇なのである。
死んだからこそ復讐さえもできなかった相手が、生きている(正確には、死んでいない、だったか)という事実。それは、どれ程彼の心を騒がせているのだろうか。
「………」
掛ける言葉が見つからず、肩に置かれた手に、そっと自分の手を被せた。先程、彼自身がそうしたように。ぱちりと目が合うと、肩を掴む力が緩んだ。
「それで」
カーダルの声は、平坦だった。
「我々に、どうしろと」
「話が早くて助かるぜ」
振り向きながら、ミディアスはにんまりと笑った。というか、“我々”。それはよもや、自分も入っているのだろうか。雛㮈は一人、困惑する。どう考えても、そういう流れだ。
そしてそれは、勘違いなどではないことが、すぐに証明された。
「ダル、ヒナ。アースと共に、五年前の事件の“真実”を…ファンクスの目的を探ってくれ。今年に入って、光眠り病で命を落とす人間が格段に増えている。おそらくもう時間が無い」
「…魔法団長様と共に、ですか」
カーダルが眉を寄せた。「お前たちはどうしてそう幼少時代から懲りもせず、お互いを嫌い合っているんだ」と呆れたように肩を落とすミディアスに、雛㮈は、一番困るのは間に挟まれる自分ではなかろうか、と悟った。
カーダルは、無意識にアイレイスを苛立たせ、アイレイスもまた、こちらは意識的にカーダルを苛立たせる。雛㮈にこの二人をコントロールする力は無い。
「喧嘩すんなよ。ヒナの為にも」
「………俺からは売ってねぇよ」
素が出た。突発的に飛び出てしまった物言いだ。不貞腐れた表情に、ミディアスが虚を突かれた顔をした。懐かしい顔を見た、と小さく零す。
「…善処はします。彼女がどうするかは、彼女次第ですが」
「その努力が無駄にならないことを、祈っておくさ」
やれやれと首の後ろをさすっているところを見ると、その祈りが届く確率は低そうだった。
「アースと騎士団長には俺から説明をしておく。明日からは二人とも、直接部屋に行ってくれ」
「はい」
遅れて、雛㮈も、はい、と返事をする。今日は下がっていいぞ、との言葉に、カーダルがさっさと退室する。
「あー、ヒナ」
「なんでしょう?」
呼び止めらたので、ミディアスに向き直る。
「ダルには無理そうだから、お前に頼む。アースの話を聞いてやってくれ」
「アイレイスさんの?」
何に関する話だろうか。普段の話? 確かに最近、アイレイスは根を詰めて仕事をしており、少々心配ではあるが。
「アースは、おそらく何か知っている」
「何かって」
「ファンクスのことだ」
言葉が詰まる。
「ファンクスとアースの間には、強い絆があった。俺とは違うものだ。少なくともファンクスは、アースを大事にしていた」
「でも…」
アイレイスは、彼について、必要以上に語ろうとしなかった。その話題を忌避するように、“一般論”を語るだけで、彼女自身がファンクス個人に関して語ってはいなかった。
「アースのことを疑っている訳じゃない。あいつがもし手を貸したのなら、魔法団長を引き受けることはしないだろう。アレはアレで、ダルと同じでクソ真面目だからなー。罪悪感に押し潰されてジ・エンドだ」
「…私は、アイレイスさんの力になりたいだけです。彼女が私を信じてくれたなら、彼女から話してくれるでしょう」
ミディアスは一瞬押し黙った後に、仕方なさそうに笑った。
「ヒナも二人とは違うとこで馬鹿なくらい真面目だなあ。…あの二人よりも動かしやすいかと思ったら、案外、そうでもない」
「ご、ごめんなさい」
「謝んなって。俺に悪いかなって思っていてもやるだろ」
「はい」
即答かよ、とミディアスが笑った。再び窓の外に目線をやる。話は終わり、ということだろう。
「でも」
雛㮈は扉に手を掛けながら、告げた。
「私は、国を想うミディアス様のことも信じています。何より、カーダルさんがミディアス様を信じていますから」
パタン、と扉が閉じる。
「………偽善じみてんなぁ」
言葉に反して、ミディアスの顔には、慈愛のこもった苦笑が浮かんでいた。
嫌な予感しかしない。




