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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ5.眠り王子の反撃
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14.向き合いましょう (3)

 しばらく温かい腕の中で泣き続けた。落ち着くと、ようやく声が出るようになった。

「でもやっぱり、私は自分に罪があると思います」

 何故、と訊ねる声に返す。

「みんなを悲しませたから。両親はもしかしたら、自分を責めたかもしれない」

 それは、たとえ誰かに罪では無いと言われようと、自分が背負わなくてはならない罪だ。

「そうしてしまった自分を、許したくはないです」

「………それなら」

 カーダルは、微笑みを浮かべた。

「俺にも同じ罪を背負わせてくれ」

「え?」

「俺は、ヒナが俺の元に来てくれて、嬉しく思う。それはつまり、元いた世界からお前を奪ったってことだろ」

「………え」

 少しばかり無理がある理屈を通し、カーダルは笑った。笑顔、珍しい。というか、今、サラッと、嬉しい、とか。そういうことを、今。

「〜〜〜〜っ!」

 顔が、一気に熱を持った。

「なっ、やっ、ちょっ…!?」

「祈ったんだ」

 唐突に、カーダルが告げる。

「ディズもリリィも眠ったままで、陛下は辛そうで、俺は何も変えられなくて」

 ディズ。ミディアスの愛称だろう。彼の前では決して使わなかった愛称。ミディアス自身としても、王子としても、大事な存在。家族の名と並ぶ程に。

「お前が俺の祈りに応えてくれた」

 真摯な眼差しに、バクバクなる心臓を押さえる。

「リリィを救ってくれた」

 ―――違う。

 落ち着け、と繰り返す。これは、そう、恋愛対象としての話ではない。祈りに応えた“宮古雛㮈”に対する感謝であり、敬愛に似たもの、だろう。

「ディズを、立ち上がらせてくれた」

 だから、期待してはいけない。

 頰に添えられた手が動き、髪を()く。まるで愛おしい者にそうするように。―――だから、違うって。

「何より、俺の傍にいてくれる」

「―――やだっ!」

 思わず、カーダルの身体を押し返した。涙目になりながら、真っ赤な顔で距離を取ろうとする雛㮈の顔を覗き込み、「何故?」と訊ねる。

「だっ…て、勘違い、します」

「何を?」

「何をって…だから…」

 近くにある顔に、視線を向けられないまま、しどろもどろになる。

「期待しちゃいます、よ…?」

「すればいい」

 顎を指先で上げられ、そのあまりの近さに驚く暇も無く、唇が重なった。

「ん………っ!?」

 遅れて上げた悲鳴は、口付けによって掻き消された。柔らかい感触とは違う、ヌメッとしたものが、唇を這った。驚いて、思わずその感覚から逃げようと力を弱めた隙を突き、生温かいソレは唇を割って侵入し、口付けが深まる。

「や…! んっ」

 なにか、身の危険を感じる。

 ゾワゾワと背筋を這い上がってくる謎の感覚に身を捩りながら、自身の危機察知能力を信じて、彼の身体を全力で押し返した。その想いが通じたのだろう、カーダルは身体を離した。

 その瞳に情欲の色が見え隠れしていることに、雛㮈は動揺する。それよりの前の会話を反芻し、先程の行為の意味を考えると、どうも“そういう方向”にしかいかない。

 でも、まさか。

 素っ気ないし…いや、それは最近になって少々改善されたけれど。でも子供には手を出さないと言っていたし…つい先日、歳がバレたけれど。

 でも。だけど。………あれ?

 手からずり落ちた携帯が、ボトリと膝の上に落下した。

「あ…」

 拾わないと。手を伸ばすと、その手を掴まれ、手の甲に口付けを落とされる。お伽話を彷彿とさせる行為に、混乱の末、うあ、と間の抜けた声を発した。

「か、カーダルさん、本当にさっきからいったいどうしたんです…!?」

 反射的に手を振り払おうとするが、ぐ、と力強く握られて、それは叶わなかった。

「期待、するんだろ?」

 期待。そうなってほしい、という想い。何に対して(・・・・・)、自分はそう思い、口にしたか。

 雛㮈はカアッと赤くなった。告白する予定は…数パーセントはあったけれど…でもまさか、動揺して無意識に口走った言葉が、それに近いものになってしまうことは、予想外だった。

 何に対する期待なのか。それこそ言葉では明確になっていなかったが、しかし。

 そろり、と視線を合わせると、熱っぽい目とかち合った。

「俺だって、自惚(うぬぼ)れる」

「や、それは…だからって、これは…その、順番が違います!」

「順番が合っていたらいいのか」

 ………いいのか?

 涙目でオロオロし始めた雛㮈を不憫に思ったのか、カーダルは、はあ、とため息を吐くと、ぽんぽん、と頭を叩くように撫でた。子供扱いに戻った。不謹慎ながら、安堵する。

 明らかにホッとしたのが顔に出たのだろう。少々ムッとしたカーダルが、耳元に顔を寄せ、囁くように告げた。

 好きだ、と。

 その言葉が耳から身体中を駆け巡る。

 カチンと固まった雛㮈の姿に気を取り直したように、「そういえば」と口を開く。

「何か話があるって言ってたな?」

「………はなし」

 雛㮈からしたら、そんなに簡単に次の話題に移らないで欲しい(理解が追いつかない)という状態なのだが、カーダルは普段の仏頂面に戻っていた。距離が近いこと以外は、いつも通りだ。

 話。ショートしかけている頭を必死に動かして、記憶を引っ張り起こす。忘れてなんていないのだけれど、混乱した頭は、利き腕はどちらか、と訊ねられても答えを出すのに時間を要しそうだ。

「あ、屋敷…を、ですね」

 出ることを考えていまして。

 ちゃんと思い出したのに、出てきたのは違う言葉だった。

「………出、たく、なくて」

 震えた声で、必死に言葉を振り絞る。そうでもしなければ、口からは音が出そうもなかった。

「リリィちゃんも起きて、みんな慌ただしくて、迷惑だって分かって、るん、ですけど、………でも、カーダルさんのお家、出たくないんです」

 だから、と更に続けようとした言葉を遮った、触れるだけのキス。

「いてくれ。これからも。いずれ、勢いで言うんじゃなくて、ちゃんと伝えるから。だからいつか、俺の隣を、お前の居場所にしてほしい」

 不意に蘇る言葉。

『あるべき場所に行き、あるべきように生きなさい』

 見知らぬこの世界で。

 どう生きたらいいのか分からなかった。あるべき場所はどこなのか。どうやって行けばいいのか。足掻いて、焦って、それでも、今いる場所が自分のいてもいい場所なのか、分からずにいた。

 その焦りが、消えていく。

 彼の隣が、自分の居場所(あるべき場所)であることを、雛㮈自身が望む。

「待っています」

 瞳を閉じて、安心しきった顔で笑う。それは、彼女がこの世界に来てから初めての、あるいは元の世界でも見せたことがない表情だった。

「たくさん、話したいことがあるんです。友達のこと、家族のこと。私の大切な思い出」

 膝に落ちた携帯を、胸に抱く。その手に、カーダルの大きな手が重なる。

「…楽しみしてる」




 甘々、に、なったでしょうか…!?(ドキドキ)

 書いてる本人は、これでかなり照れております。きゃー。


 カーダルさんは、年齢の件もあり、ミディアスさんの件もあり、一気に(たが)が外れました。ここぞとばかりに畳み掛けてます。←ぇ

 根が真面目なので、これ以上襲ったりは…しない、…はず。


 雛㮈さんも、これでようやくひとつ、不安感が消えました。

 これで今まで以上に頑張ってくれるはず!



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