14.向き合いましょう (3)
しばらく温かい腕の中で泣き続けた。落ち着くと、ようやく声が出るようになった。
「でもやっぱり、私は自分に罪があると思います」
何故、と訊ねる声に返す。
「みんなを悲しませたから。両親はもしかしたら、自分を責めたかもしれない」
それは、たとえ誰かに罪では無いと言われようと、自分が背負わなくてはならない罪だ。
「そうしてしまった自分を、許したくはないです」
「………それなら」
カーダルは、微笑みを浮かべた。
「俺にも同じ罪を背負わせてくれ」
「え?」
「俺は、ヒナが俺の元に来てくれて、嬉しく思う。それはつまり、元いた世界からお前を奪ったってことだろ」
「………え」
少しばかり無理がある理屈を通し、カーダルは笑った。笑顔、珍しい。というか、今、サラッと、嬉しい、とか。そういうことを、今。
「〜〜〜〜っ!」
顔が、一気に熱を持った。
「なっ、やっ、ちょっ…!?」
「祈ったんだ」
唐突に、カーダルが告げる。
「ディズもリリィも眠ったままで、陛下は辛そうで、俺は何も変えられなくて」
ディズ。ミディアスの愛称だろう。彼の前では決して使わなかった愛称。ミディアス自身としても、王子としても、大事な存在。家族の名と並ぶ程に。
「お前が俺の祈りに応えてくれた」
真摯な眼差しに、バクバクなる心臓を押さえる。
「リリィを救ってくれた」
―――違う。
落ち着け、と繰り返す。これは、そう、恋愛対象としての話ではない。祈りに応えた“宮古雛㮈”に対する感謝であり、敬愛に似たもの、だろう。
「ディズを、立ち上がらせてくれた」
だから、期待してはいけない。
頰に添えられた手が動き、髪を梳く。まるで愛おしい者にそうするように。―――だから、違うって。
「何より、俺の傍にいてくれる」
「―――やだっ!」
思わず、カーダルの身体を押し返した。涙目になりながら、真っ赤な顔で距離を取ろうとする雛㮈の顔を覗き込み、「何故?」と訊ねる。
「だっ…て、勘違い、します」
「何を?」
「何をって…だから…」
近くにある顔に、視線を向けられないまま、しどろもどろになる。
「期待しちゃいます、よ…?」
「すればいい」
顎を指先で上げられ、そのあまりの近さに驚く暇も無く、唇が重なった。
「ん………っ!?」
遅れて上げた悲鳴は、口付けによって掻き消された。柔らかい感触とは違う、ヌメッとしたものが、唇を這った。驚いて、思わずその感覚から逃げようと力を弱めた隙を突き、生温かいソレは唇を割って侵入し、口付けが深まる。
「や…! んっ」
なにか、身の危険を感じる。
ゾワゾワと背筋を這い上がってくる謎の感覚に身を捩りながら、自身の危機察知能力を信じて、彼の身体を全力で押し返した。その想いが通じたのだろう、カーダルは身体を離した。
その瞳に情欲の色が見え隠れしていることに、雛㮈は動揺する。それよりの前の会話を反芻し、先程の行為の意味を考えると、どうも“そういう方向”にしかいかない。
でも、まさか。
素っ気ないし…いや、それは最近になって少々改善されたけれど。でも子供には手を出さないと言っていたし…つい先日、歳がバレたけれど。
でも。だけど。………あれ?
手からずり落ちた携帯が、ボトリと膝の上に落下した。
「あ…」
拾わないと。手を伸ばすと、その手を掴まれ、手の甲に口付けを落とされる。お伽話を彷彿とさせる行為に、混乱の末、うあ、と間の抜けた声を発した。
「か、カーダルさん、本当にさっきからいったいどうしたんです…!?」
反射的に手を振り払おうとするが、ぐ、と力強く握られて、それは叶わなかった。
「期待、するんだろ?」
期待。そうなってほしい、という想い。何に対して、自分はそう思い、口にしたか。
雛㮈はカアッと赤くなった。告白する予定は…数パーセントはあったけれど…でもまさか、動揺して無意識に口走った言葉が、それに近いものになってしまうことは、予想外だった。
何に対する期待なのか。それこそ言葉では明確になっていなかったが、しかし。
そろり、と視線を合わせると、熱っぽい目とかち合った。
「俺だって、自惚れる」
「や、それは…だからって、これは…その、順番が違います!」
「順番が合っていたらいいのか」
………いいのか?
涙目でオロオロし始めた雛㮈を不憫に思ったのか、カーダルは、はあ、とため息を吐くと、ぽんぽん、と頭を叩くように撫でた。子供扱いに戻った。不謹慎ながら、安堵する。
明らかにホッとしたのが顔に出たのだろう。少々ムッとしたカーダルが、耳元に顔を寄せ、囁くように告げた。
好きだ、と。
その言葉が耳から身体中を駆け巡る。
カチンと固まった雛㮈の姿に気を取り直したように、「そういえば」と口を開く。
「何か話があるって言ってたな?」
「………はなし」
雛㮈からしたら、そんなに簡単に次の話題に移らないで欲しい(理解が追いつかない)という状態なのだが、カーダルは普段の仏頂面に戻っていた。距離が近いこと以外は、いつも通りだ。
話。ショートしかけている頭を必死に動かして、記憶を引っ張り起こす。忘れてなんていないのだけれど、混乱した頭は、利き腕はどちらか、と訊ねられても答えを出すのに時間を要しそうだ。
「あ、屋敷…を、ですね」
出ることを考えていまして。
ちゃんと思い出したのに、出てきたのは違う言葉だった。
「………出、たく、なくて」
震えた声で、必死に言葉を振り絞る。そうでもしなければ、口からは音が出そうもなかった。
「リリィちゃんも起きて、みんな慌ただしくて、迷惑だって分かって、るん、ですけど、………でも、カーダルさんのお家、出たくないんです」
だから、と更に続けようとした言葉を遮った、触れるだけのキス。
「いてくれ。これからも。いずれ、勢いで言うんじゃなくて、ちゃんと伝えるから。だからいつか、俺の隣を、お前の居場所にしてほしい」
不意に蘇る言葉。
『あるべき場所に行き、あるべきように生きなさい』
見知らぬこの世界で。
どう生きたらいいのか分からなかった。あるべき場所はどこなのか。どうやって行けばいいのか。足掻いて、焦って、それでも、今いる場所が自分のいてもいい場所なのか、分からずにいた。
その焦りが、消えていく。
彼の隣が、自分の居場所であることを、雛㮈自身が望む。
「待っています」
瞳を閉じて、安心しきった顔で笑う。それは、彼女がこの世界に来てから初めての、あるいは元の世界でも見せたことがない表情だった。
「たくさん、話したいことがあるんです。友達のこと、家族のこと。私の大切な思い出」
膝に落ちた携帯を、胸に抱く。その手に、カーダルの大きな手が重なる。
「…楽しみしてる」
甘々、に、なったでしょうか…!?(ドキドキ)
書いてる本人は、これでかなり照れております。きゃー。
カーダルさんは、年齢の件もあり、ミディアスさんの件もあり、一気に箍が外れました。ここぞとばかりに畳み掛けてます。←ぇ
根が真面目なので、これ以上襲ったりは…しない、…はず。
雛㮈さんも、これでようやくひとつ、不安感が消えました。
これで今まで以上に頑張ってくれるはず!




