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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ5.眠り王子の反撃
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13.向き合いましょう (2)

「私の携帯…?」

 ついているアクセサリーまで同じだ。霞んだ記憶の中で、自分がそれを使っていたという事実を掘り起こす。

 しかし、何故それがここに。

「お主がここに来た時、手に持っておったのを、預かっていた」

 死の間際の記憶。ああそうか、自分は携帯を持ちながら死んだのか。そうだ、あの時―――。

 ガラガラと、足場が崩れていくような感覚に陥りながら、青褪めた顔で、携帯を受け取る。

「要らぬものであったか?」

「い、え…。そんな…」

 自分が何に怯えているのか。何故こんなにも恐怖心が強いのか。さっぱり分からない。

 元いた世界との関係を繋ぐ、唯一のものが、この手に戻ってきたのに。もう二度と、見れないと思っていたものが…。

「陛下」

 カーダルの声だ。肩に温かい手が回り、引き寄せられる。

「申し訳ありません、退室させて頂いてもよろしいですか」

「うむ、それがよかろう」

「カーダル、俺の部屋へ」

「しかし」

「お前ら二人になら、見られて困るものは無い」

 交わされる会話が、遠い。

 視界から、色が抜け落ちているような錯覚を覚える。その中で、元の世界との繋がりだけが、色が付いている。(おの)が存在を主張するように。

 急な浮遊感が雛㮈を襲う。肩にだけあった温もりが、全身に広がった。

「………ゃ」

 ビックリして押し返そうとしたが、上手く力が入らない。

「暴れるな」

 声を掛けられ、ますます動転する。逆にそのお陰で、周囲を気にすることができた。まず自分の状況だ。カーダルによって横抱きにされている状態。ピキーン、と固まる。

 カーダルが歩くのに合わせて、緩やかな振動がする。落ち着け、と言わんばかりに。

 誰かに会ったらどうしよう、とハラハラしたが、無事に部屋まで辿り着いた。中に入ると、備え付けられた品の良いソファにそっと降ろされる。

 離れていく温もりを寂しく思いながらも、身体の緊張はようやく溶けた。

 気を抜いた拍子に、視界に携帯が入る。

「………」

 電源ボタンを、長押しする。画面が光を放った。電池は、非常に少ないが、まだ残っていたようだ。

 メールボックスを見る。自分が死んだ日から、何も届いてはいない。ただ、その日の朝に母親から届いたメールが未読状態で残っていた。開いて、思わず笑う。『かさ、わすれてるよ!』の一言メール。そうだ、あの日は午後から雨が降るとアナウンサーが言っていた。

 写真のフォルダには、それまでの思い出が詰まっている。

「不思議な物だな。…絵か?」

 ソファの後ろから覗き込んだカーダルが、眉を寄せている。

「写真、です。その時の光景を切り取るんですよ」

 カメラアプリを起動させ、カシャリ、と一枚。ビクッ、と身体を震わせて警戒する彼に、見たことが無ければこういう反応にもなるか、と思いながら、先程撮った写真を見せると、カーダルは目を見開いた。

「これは、なんというか…すごいな」

「ふふ」

 笑いながらアプリを落とし、写真フォルダを開く。雛㮈の写真だけではなく、友人の写真、親の写真、風景の写真が、次々と切り替わっていく。

 それらの写真を懐かしい気持ちで見ながら、雛㮈は自分の中にあった恐怖の正体に気付いた。

(ああ、そっか………)

 ポロリ、と。頰を涙が伝う。

「ヒナ?」

 名を呼ぶ声に、応えられない。携帯を握り締めながら、嗚咽を零す。涙で霞んで写真が見えない。画面が暗くなった。

 ヒナ、とまた名を呼ばれる。後ろから伸びた腕が、身体が、雛㮈を包み込んだ。その温もりに、顔を擦り寄せた。

「わたし…なんで悲しめないの」

 懐かしいと、思ってしまう。死ぬ直前の親との会話も、友人との思い出も、全て、懐かしい、の一言で纏められてしまう。

 そんなに日数も経っていないのに。

 自分は失ったはずなのに。

 屋敷に来たばかりの頃に感じた、その違和感が、忘れていた――無意識のうちに見ないようにしていた違和感が、雛㮈を襲う。

 悲しみたい。否、大事な人を、大事だと思いたいのだ。失うことを悲しむというのは、そういうことだ。

「大事な人を、失ったのに。失わせたのに。なんで悲しめないの…っ」

 抱き締められる力が、す、と離れた。喪失感。その直後に、正面に回ったカーダルから、先程よりも強い抱擁を受ける。瞼に、口付けが落とされる。

「俺は」

 親指で涙を拭いながら、ゆっくりと続ける。

「お前は、笑っていればいいと思う。無理に悲しむ必要なんて無い」

「…でも」

「自分を想って泣かれるよりも、大事な人が笑ってくれた方が嬉しい。欲を言うなら、たまに思い出話に出してくれると嬉しいけど」

 お前もそうだろう、とカーダルは言った。両親と友人を思い浮かべる。彼らが自分のことで泣く光景。

 想ってくれて、忘れないでくれて、浅ましくも嬉しいと感じる気持ちがあるのは確かだ。しかし同時に、申し訳なく思う。残してしまって、先立ってしまって、本当に申し訳ないと思う。

 だから、例えばその後、彼らが笑えたなら。そこに自分がいないことは、とても寂しいけれど、切ないけれど、同じくらい、いやそれ以上に、嬉しい。

「無理に傷付かなくてもいい。傷付こうとしなくていい。それは、悪いことじゃない。罪じゃない」

 必死に紡がれる言葉に縋るように、雛㮈はカーダルの背中に手を回した。お礼は口からなかなか出なかった。だからその代わりに、指先から彼にこの気持ちが伝わればいいと思った。




(さー、少し時間をおいてから行くかなー。取り込み中だったら嫌だしなー)

「ミディアス、口元が笑っておるぞ」

「ん?………ははは」


 笑って誤魔化すミディアスさん。

 かくいう王も、穏やかに笑っているのです。


 にしても…携帯、そのうち電池が切れそうですね!

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