11.暗殺されそうです
「きゃ…!」
倒れかけた雛㮈を、ラルクがするりと寄り添い、支えた。
「ありがとう」
「気にするな。それより、なんじゃ?」
パラパラと、どこからか石の欠片のようなものが落ちてくる。ここ全体が震えている。
「あー、これは…あれだ、俺、命の危機っぽい」
「え、でも精霊は…」
ミディアスの周囲を飛び交う精霊は、きゃあきゃあと言っているが、決して暴走している様子も、お腹を空かせている様子も無い。
「精霊じゃない。物理的な方」
つまり、襲撃を受けているらしい。
ルークや別の騎士、それからニキが外で戦闘をしているのだろう。
「一旦出るぞ。本人に死なれちゃ、元も子もない」
「はい。あ、でも…」
問題が二つあった。一つ目の問題は、戻り方が分からないことだ。これまでは、精霊に魔力を注いだら、“なんとなく”で戻ることができた。
雛㮈の表情を見て、それを察したのだろう。ミディアスが、「それは気の持ちようだと思うぞ」と事もなげに言った。
「ほら、俺だって、この世界に留まっている。“そうする”という意思があるからだ。だから、ヒナも“戻る”と強く念じれば、戻れると思うぜ」
「そ、そうですか…」
できれば貴方も戻って欲しい、という言葉はこの際飲み込み、こくこくと頷く。
二つ目の問題は、口にする前に解決した。
「戻るのなら、僕様も連れて行ってくれたまえ」
「フェルディナンさん!」
どこからともなく颯爽と現れたフェルディナンは、こんな場合だというのに、余裕の表情だ。
「来るならさっさとしろ」
カーダルが至極どうでもよさそうに言う。いっそ置いていってやろうか、という言外の声が聞こえた気がした。
そんなにつれないこと言わないでくれ寂しいじゃないかとても寂しいじゃないか、と喚くフェルディナンを完全に無視している。
雛㮈の周りに、カーダルとラルク、それからフェルディナンが集まった。視線が一瞬、ミディアスと絡まる。彼は複雑そうな顔をしていた。
「ヒナ、早く」
カーダルが急かす。雛㮈は慌てて、強く、戻ることを意識した。行きと同じように、光に包まれる。
「おお、これはこれはミディアス殿下」
フェルディナンが恭しく頭を下げた。
「挨拶もせず、申し訳ない。後ほど改めて挨拶いたしますので、ご容赦を」
「………お前も変わんねーなあ」
ミディアスの仕方なさそうな声が、光の奥から聞こえた。
光が晴れると、すぐに金属音がした。剣と剣がぶつかり合う音。
「お姉さん!」
ニキが叫ぶ。
「ニキさん、だいじょ…きゃあ!」
目の前に現れた黒装束の男を、カーダルが蹴り飛ばす。感動の再会は後にした方が良さそうだ。「剣を」とカーダルに言われ、雛㮈は自分が彼の剣を握り締めていることを思い出した。慌てて手渡す。
「僕様、接近戦は苦手だよ。ヒナ君もそうだよね。二人で防御魔法を張って大人しくしておこう。やれやれ、あんな超人じみたスピードになんて、ついていけないよ」
フェルディナンに引っ張られ、ミディアスの近くに行くと、宣言通り防御魔法を発動させた。雛㮈も防御魔法を重ね掛けして、それから、改めて部屋の様子を見た。
ルークと二人の騎士、それからニキが応戦している。今はカーダルも参戦しているが、それにしても敵勢が多い。ここまでの人数の侵入を許したのか、それとも、向こうも形振り構えなくなったのか。
俊敏な動きについていけているのは、ニキとカーダルだ。ルークは冷静に対処しているが、スピード面では負けている。後の二人は、完全に劣勢を強いられていた。
「回復…身体強化…」
サポート役に徹するべく、補助魔法を中心に発動する。蜘蛛の糸を使おうかとも思ったが、スピード的に捕らえられないだろう。―――いや待て、蜘蛛の糸は、もっと別の役割があるではないか。
思いついたことを、そのまま実行してみる。防御魔法に沿わせるように、蜘蛛の糸を張り巡らせる。まるで、蜘蛛の巣のように。
「いいじゃないか、それ。後で僕様にも教えてくれたまえよ」
「え、………カーダルさんに相談してみますね」
フェルディナンが興味を持ったが、雛㮈の頭の片隅で、警報が鳴っている。教えてはいけないのではないか、と。
小さくなった身体で肩によじ登ったラルクも、「絶対言うな」と真剣な声で言った。
二人揃って顔を背けたのがいけなかったのか。油断している二人の頭上から敵が降ってきて、蜘蛛の巣に引っ掛かった。暴れれば暴れる程、糸が絡まり、身動きが取れなくなっていく。
「おお、これはいい!」
「うわ〜…」
「まあ、そうなるじゃろうの」
約一名喜んでいるが、これはまさしく惨劇だ。蜘蛛本体がいなくて良かった。食糧を前に、どうなることやら。溶かされて食べられる人間を見るのは嫌だ(※あの大蜘蛛は、糸でぐるぐる巻きにした獲物に溶解液を注入して溶かして食べるらしい。ニキとラルクが無事で良かった)。
「えええっと、大丈夫ですかー?」
「うるさいっ!」
怒鳴られた。とりあえず、窒息死していないようで、安心だ。
あらかた捕獲されたが、まだ暴れている連中がいるようだ。
「クソッ、その男さえ殺せば…!」
頭上から聞こえる悪態。
それに対して。
「―――へえ。俺を殺せば、どうなるのか。興味があるなあ」
背後から、にこやかな割りに冷えた声が響いた。
「み、ミディアス様?」
慌てて振り返る。久々の“本体”をチェックしているのか、ベッドの上で胡座をかき、肩を回している。
「あーあ、戻ってきちまった」
「ミディアス殿下、改めまして、お久しぶりです」
フェルディナンが、落ち着き払った様子で頭を下げる。
「お前は、俺が戻ってくるの前提だからムカつく」
「一番弟子とヒナ君を信頼していますから」
「うわー、ますますムカつく」
「誰が一番弟子だ!」
剣を振り切りながら、カーダルが叫ぶ。はっはっは、とフェルディナンが笑っている。
とてもじゃないが、暗殺者に狙われている真っ最中という場面ではない。
「さーて」
ミディアスが獰猛な光を瞳に灯し、笑った。
「せっかくお越しくださったんだ、ゆっくり事情聴取といこうじゃないか。ま、“大方”予想はついているけどな。―――カーダル」
次期国王が、名を呼ぶ。然程大きな声でも無いというのに、空気がビリビリと震動する。王たる風格の、その片鱗をうかがわせる、存在感。
「肩でも腕でも、なんでも貸してくれるんだったな? なら、今貸せ。その力を。“一人たりとも逃すな”」
カーダルは息を呑む。しかしそれは一瞬のことで、彼はすぐに敬愛と忠義を含ませた声で「御意」と短く応えた。
ミディアス王子、お目覚めです!
意外でもないですが、気性が荒いです。暴れる気満々です。
「蜘蛛の糸…これは大蜘蛛の糸そっくりだね…ふむふむふむふむ」
「………………(汗)」
その傍ら、余計なことをしたかしら、と焦る雛㮈さん。




