09.貴方の気持ちを教えてください 前編
「なんで城下町に行くんだよ」
「確認したいことができたんです」
糸でぐるぐる巻きにされたミディアスが、不服そうな顔で、先頭を歩いている。
「…何を狙ってる?」
「あ、えと、ちょっと…」
カーダルに耳打ちされ、思わず身動ぎする。くすぐったい、というか、近い。身を竦めた雛㮈に気付いたのか、カーダルは「悪い」と半歩離れる。安堵したような、残念なような、複雑で勝手な気持ち。
「後ろはなーんか春だしさーあ? 俺の心はこーんなに寒々しいのにー?」
「確かに、少し肌寒いのう」
冷たい風が吹いて(おそらくそういう演出だろう)、ラルクは身震いをひとつ起こす。
「と、とにかく! 急ぎましょう!」
「へいへーい」
おおよそ王子とは思えない言葉遣いである。めんどくせー、と言いながら、のそのそと歩いている。
それでも、やっぱり。
「全然、迷わないですね」
「ん?」
「いえ」
以前に訪れた、大通りの武器屋。その特徴を告げただけで、スタスタと歩いていける知識を持っている。
「あ、私、前にそこでご飯を食べましたよ」
「ああ、あの店はよく人が並んでるな」
よく存じ上げてらっしゃる。
カーダルが仕方なさそうに言った。
「貴方は昔からよく城を抜け出していましたからね」
「あ、なんだよダル。また敬語に戻ってんじゃねえか」
「適切な距離感です」
「冷てーな」
敬語でも、確かな信頼感があればいいと思うのだが。しかし、幼少より親しくしていた間柄ならば、壁のようにも感じられるのだろう。例えば、今、カーダルが自分に対して急に敬語を使い始めたら………確かにショックだ。
「あの、敬語、止めませんか?」
「おー、よく言ったな、ヒナ!」
「なんでお前が言うんだ…」
自分と重ねて想像してしまったからです、とは言えず、曖昧に笑う。
それはそれとして、ミディアスが初めからやけに馴れ馴れしい…もとい、フレンドリーなのは、精霊に影響されてのことなのだろうか。
そんなことを考えていると、「来たかったのって、ここだろ?」とミディアスが顎で指し示した(腕は拘束されているので、仕方なく、のはずだ)。
「あ、はい。ここです」
目の前に建っているのは、つい先日、あの無口で不器用な彼が営む武器屋だ。
「しっかしお前、なんだってこんなところに来たいんだ? 店は確かにあるけど、中はさすがに空だし、何も買えねーぞ」
「それでもよかったので」
訝しげに眉を寄せる他の二人に、ネタばらしをすることにした。ラルクは既に興味が無いのか、「話が長くなるなら、寝ておるぞ」とその場で座り込んで目を瞑っている。
「この通りにある、ププリの実を扱ったお店って知っていますか? 茶色い髪のお姉さんが出している露店です」
「ん? ああ、屋台出してるところな」
「それじゃあ、その隣のリト肉の串を出しているお兄さんの露店は?」
「知ってるけど、それが?」
「…最後にひとつだけ。この店の店主って、どんな方でしたっけ」
一拍置いて、「ああ、なるほど。そういうことか」と困ったように笑った。どういうことだ、とカーダルは首を傾げている。
「ププリ露店は、五年前からある。でもその隣に串の露店が出たのは、一年前。ここの店主が代替わりしたのは、ちょうど三年前」
本来ならば、彼が知り得ないはずの情報だ。しかし、彼は当たり前のように答えてみせた。
「ミディアス様は、どの情報もご存知でした。この店は、三年前に外観を変えたそうですけど、この建物は、改装後のものです」
「…ま、“書き換えた”から当然だな」
“今の状態”を確認して、常に最新に保つ。幽霊の姿で外を出歩いていたリリーシュの例を思い出す。あれと同じか、あるいは別の手段か。とにかく、定期的に“外”から情報を得ているのだろう。
それをし続けることの意味は、果たして。
「ミディアス様は、本当に、王様になりたくないんですか?」
「質問はさっきので終わりなんだろ?」
答える気は無いらしい。顔を背けて、「嫌だ!」と全力で語っている。試しに「もう少しオマケしてくれませんか?」と訊ねたところ、実際、「嫌だね」と舌をべっと出された。
「俺は答えない。当ててみてよ」
「無理です。私には分かりませんし、ミディアス様の口から語った方が、確実じゃないですか」
「なんで答えなきゃならない」
「貴方のことを知るためです」
あまりに真っ直ぐな言葉に、ミディアスは面食らったようだった。ぐ、と身を乗り出して顔を近付ける。
「私の目には、貴方はこの国をとても大事に想っているように見えます。だから、分かりません。貴方が何故、戻りたくないのか」
しばし呆然としたミディアスは、ちょっと、と顔をカーダルへと向ける。
「あのさ、駆け引きとかねえの? 直球過ぎない?」
「駆け引きができるように見えますか?」
「………………あー」
褒められていないのだろう、ということはよく分かった。
なんだか、最近こういうパターンが多い気がする。そろそろ不貞腐れてもいい気がする。
「………も、いいですもん」
ラルクが、鼻先を下から手に押し付ける。落ち着け、と言っているように思えるが、しかし。
つーん、と分かりやすくイジける。
「ちょ、これどうすんだよ」
「どうするって言われたって」
男二人は、小声でコソコソと話すが、有効な策は出てこないようだ。
先に折れたのは、雛㮈だった。
「…ごめんなさい。頭を冷やしてきます。…カーダルさんは、ミディアス様から先程の件を聞いておいてください」
サラッと用件を押し付けて、踵を返す。おい、という制止の声を無視して、大通りの広場へと進んだ。ここならあちらの目にも入るだろうし、変なことにはならないだろう。存外しっかりした足取りで歩く。
「ヒナ、おい、ちょっと待て」
「って、なんでついてくるんですか!? ミディアス様から目を離して、もし逃げられたら…」
「それどころじゃない」
小走りになった雛㮈の腕を力強く掴み、足を止めさせる。思い掛けず強い力に、「い、た…」と零すが、腕を掴む力は弱まらない。
「俺が悪かった。悪かったから、頼むから一人になるな。俺を」
その続きは、いくら待っても口からは出てこない。その代わりに、熱を孕んだ瞳が、饒舌に語っている。
しかし、“そんなこと”があるだろうか。否定する気持ちが膨れ上がり、雛㮈はつい目を伏せた。腕を掴む力が、ますます強くなる。
「―――変わったな、ダルは」
柔らかい声が聞こえた。糸が緩んだのか、その身は既に拘束されてはいない。
「俺もあの時、そんな風に、素直に伝えられたら、何かが変わっていたのか…」
後悔に顔が歪む。
「怖かったんだよ。そして、今もずっと怖いままだ」
今にも泣き出しそうなその顔が、彼が見せた初めての心の内だった。晴天であった世界が、一気に雲行きが怪しくなり、ポツポツと雨が降り出す。
「そんなやつが、どうして王になれるというんだ」
ラルクさんが置いてけぼり食らってる。
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いつも読んで頂き、ありがとうございます。
作者多忙により、今週土曜から、更新を少し減らしていきたいと思います…。
詳しくは、活動報告に投稿いたしました!
また元気を取り戻して、ばりばり投稿できるように頑張りますので、どうぞよろしくお願いします…っ。




