08.勝負しましょう 後編
先程と同じ魔法陣。
『ごーれむだー。かっこいー』
『水のゴーレムだねー』
『ミディアムがんばれー』
『でもひなも大好きー』
精霊の野次が飛んだ。少々邪魔だ。
『ひなは何を作るのかなー?』
その言葉に、不意に閃く。歯には歯を、目には目を。そう、例えば、ゴーレムには、ゴーレムを。
魔法陣は二度見た。構築、土、水、力。いや、水は止めよう。得意分野である火に置き換える。構成を見直し、魔法陣を紡ぐ。これでできるはずだ。多少の無理は押し通してしまえ。
根競べ。確かに、これは“そう”なのかもしれない。
ゴーレムが二体、向き合った状態で出現する。
「うわ、そうくるかー」
ミディアスが嫌そうに呟く。ガキ、ガキ、とゴーレム同士がぶつかり合う。純粋なる力比べ。その脇を、カーダルが抜けた。身体強化魔法を掛け直す。
「俺、剣の勝負をカーダルに挑む程、馬鹿じゃねーぞ」
格好がつくのかつかないのか微妙なことを言って、ミディアスはその場でフワリと浮き上がった。
「てなわけで、撤退!」
「ラルクさん! 追います!」
「最近、我の扱いが馬並みになってきた気がするのう…」
やれやれ、と言いながら、肩から飛び降りたその身体が、大きなものに変わる。うんしょ、と跨った。
「小童、お主もさっさと乗れ」
カーダルはその言葉に、少し意外そうに片眉を上げたが、それを口にしている場合ではないと判断したらしく、軽く一礼してから雛㮈の後ろに乗る。
獣の身体が、宙を蹴って浮き上がる。まるでそこに道があるかのように駆けていく。
「うっわ、しつけぇなあ」
くるりと一回転したミディアスは、城の方へ飛んでいく。まさか墜落させる訳にもいかず、その後に続く。いずれ魔力切れを起こすはずだが、精霊を自力で収めるほどだ、生半可な魔力量ではない。
視界の端を、城下町が掠めた。あまりに精巧な光景。人のいない、静かな町並み。先日ニキたちと訪れた場所もある。
(あれ…)
一瞬、引っ掛かるものがあったが、ジェットコースターばりの浮遊感に、すぐに頭から放り出された。
「まーったく、なかなか粘るのう」
「いっそ咥えて捕らえればいいんじゃないか?」
「我は加減が分からぬぞ」
それは困る。というか、何故この状況で平然と会話ができるのか。
ラルクの首筋に必死に抱き付いている雛㮈とは違い、カーダルは、片腕を雛㮈の腰に回している程度である。それだって、掴んでいるというよりかは、逆に雛㮈を支えている節さえある。
このままだと、一番に自分が音を上げる気がする。右へ左へと振られて、酔いそうだ。雛㮈は思った。その前にどうにかしなくては。
「こ、拘束、したい、ん、ですよね…」
噛みそうになりながら(一部噛みながら)、なんとか喋る。無理はするな、と言われながら、身体を起こそうとするが、やはり怖い。どうにかして、前の状況―――正確には、ミディアスの位置が知りたいのだが。
腰に回された腕の力が強くなる。風の抵抗を受けないように前屈みになったカーダルの腕が後ろから伸び、ラルクの首の辺りに添えられる。
大丈夫、と言われた気がした。雛㮈は腕に力を入れながら、前を見る。
想像する。彼を捕まえる。そのために必要なもの。
無。静かに広がる世界。
構築。魔法陣を描く。糸。伸びる糸。
―――放つ。
ラルクの両側に出現した魔法陣から、白く粘着質のある糸が勢い良く飛び出していく。
「…嫌な記憶が刺激されるのう」
ラルクが毛を逆立てながら、零す。
飛んで逃げていたミディアスが焦ったように火の魔法を唱え、糸を燃やした。火を免れた数本の糸を、剣で切り落とす。しかし、糸を払うことに注力したため、距離が詰まった。それに焦ったのだろう、一本、糸を切り落とし損ねた。
左腕に、糸が絡まる。
「ちっ」
急いで切り落とすが、次々と襲い掛かる糸が、切った端からミディアスの身体にへばりつく。こうなると、引っ張り合いだ。身体強化を掛けた人間と、獣。軍杯は後者に上がった。少しずつズルズルへと地上に引きづられていく。
それでも、ミディアスの強い瞳の光は消えない。まだ諦めた様子は無い。
地面に足が着いた瞬間、やっぱり人間は歩く生き物だ、と思う。無闇矢鱈と飛んではいけない。ふう、と息を吐き、ようやく落ち着いてから、空中で感じた違和感を、ようやく思い出した。
睨むようにこちらを見ているミディアスの前に立つ。
「私たちの勝ちです。言うこと、聞いてくれますか?」
「…俺は戻りたくない」
「はい。ですから、別のことでひとつ」
おい、と止める声を振り切り、にっこりと笑い掛ける。
「ついてきて頂きたい場所があるんです」
私はジェットコースターは嫌いです(不要な情報)。
雛㮈さん、よくあそこで身体を起こせるなあ、と拍手を送りました。無理ですよ。うん、無理。喋る余裕とか無いですよ。うん。




