表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ1.精霊がいる世界
6/100

06.食事に誘われました

 その日から、雛㮈を取り巻く環境は変わった。傍目から見たら些細なことかもしれないが、雛㮈にとっては、とても大きな変化だった。

 あの中年女性は、セパルという。この屋敷の中で昔から仕えている人物であるらしく、カーダルの乳母である女性だ。

 彼女は、あの日以来、朝食を共にとってくれるようになった。誰とも話さない日々が、なくなった。それに、本当に極稀にだが、カーダルが顔を出すこともあった。本当に顔を出すだけで、会話はひとつも無かったが。

 それから、昼間の話し相手もできた。あの、幽霊の少女だ。彼女はこの世界のことを教えてくれた。また、雛㮈の元いた世界のことも信じて、話をねだられることもよくあった。ただ彼女は、自分のことを語るのだけは、拒み続けた。思い出したくないのだろう、と雛㮈も然程追及はしなかったのだが。少女には、精霊は見えないようだった。あの日も“求められていると感じ、何かの力に導かれるように”、雛㮈の部屋に来たらしい。

『でも、そのお陰で、私は今、寂しくないよ!』

「わ、私もだよ!」

 しかし。

 雛㮈の見間違いでなければ、彼女はどこか、哀しげな顔をしていたのだ。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「おい、お前」

 カーダルに呼び止められた。

 ひっ、と息を詰める。やっぱり、まだ怖い。そんな雛㮈を、カーダルは不機嫌そうに見る。

「その、なんだ…げ、元気か?」

「は、はい?」

 キョトンとした顔を返すと、ギロッと睨まれた。

「っ、さっさと答えろ!」

「あ、や、げ、元気です! おかげさまで! とっても!」

 背筋をピンと伸ばした。高圧的な態度に関しては、以前ほど怖くはなくなっている。おそらく、彼が肩に手を置いてくれた日から。

「…なら、いい」

 静かな、静かな声。感情は、読み取れない。こてん、と小首を傾げる。

 後ろで、「お坊ちゃん…?」と多少凄みのあるセパルの声がした。うぐ、と何かを喉に詰まらせた声がした後に、「あー、その、なんだ…」と妙にそわそわし始める。

「ひ、暇だったら…その、夕飯、一緒に食べるか」

「え、私…ですか?」

 何故、自分なのか。

 やっぱり分からなくて、自分を指差した、うーん、と悩む。

「〜〜〜っ、嫌ならいい!」

「え! い、嫌じゃないです! 全然、嫌じゃないですよ! 嬉しいです!」

 勢いでその腕に縋り付いた。ビクリと身体を震わせるカーダル。自分のやったことに気付き、同じく固まる雛㮈。二人して、動かない。もとい、動けない。

「な、なら…夕食で、また」

「あ、はい。そうですね、また」

 ぎこちなく離れて、距離を取る。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 びっくりした。

 ベッドにダイブして、息を吐く。

 あんな風に、誘われるとは、思ってもみなかった。

「ふへへ…」

『何かいいことあったのー?』

 ひょこん、と少女が顔を出す。

「うひゃあ!?」

 突然の出現に、「ちが、これ…ちがっ!」と慌てて首と手と全身を振る。『 ヒナちゃん動揺しすぎだよー』と笑われる結果となった。

『何があったのー?』

「えあ、ええっと…か、カーダルさん…あ、この家の偉い人なんだけど、その人がね、夕飯に誘ってくれて。最初、もっとギクシャクしてたから…―――どうしたの?」

 雛㮈は、目を見開きながら固まる少女を見た。常に嬉しそうな笑いを浮かべていた少女が、これまで浮かべたことがない顔をしている。信じられないものを見たような、そんな顔。

『かー、だる…か、だる…』

「ねえ、どうしたの…?」

 雛㮈は名を呼ぼうとして、少女の名すら知らないことに思い当たった。ただ、それでも彼女は、自分の友人だと思っている。だから。

 このままだと失ってしまう、と思った。永遠に。

『かーだる、…だる、おに…ま…』

 白い顔。まるで、幽霊のような。本当の、幽霊のような。

 触れないことなんて、知っているのに。

 気付けば、雛㮈は少女に手を伸ばしていた。その手は当然のように、彼女の身体をすり抜ける。

『あぁ…そう、そうだわ…わたし…わたしは…』

「ねえ、お願い。お願いだから、私を見て!」

 呼び掛けは、届いていないようだった。彼女は、最後に花の咲くような笑みを浮かべた。

 さようなら、と。

 唇が、そう動いたように思った。

「消えないで!」

 願ったことも虚しく、その身は、すう、と消えて行く。まるで初めから無かったように。消えて、なくなっていく。

 本当に独りきりになった空間で、雛㮈は途方に暮れた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ