07.勝負しましょう 前編
「ヒナを嫁にする作戦は、諸々の事情により諦めるとして」
なかなか復活しないカーダルを横目で見たミディアスは、苦笑しながら「俺としても、敵を増やしたい訳じゃないし」と言った。
「ただ、俺は戻りたくない。ダルとヒナ、それからそこの獣は、俺を連れ戻したいんだよな」
となれば仕方ない、と彼は呟く。
魔法の気配を感じた。組まれていく魔法陣を視る。土、水、力、構築。ひとつひとつの要素を解析する。大きな魔力。
「実力行使、ってな」
程々のところで諦めてくれよ、と笑う声と共に、魔法が発動する。一気に光が爆発した。
「―――カーダルさん!」
反射的に名を呼んだが、カーダルが反応する方が早かった。
後ろに跳躍した直後、土色の太い腕が、豪速で振るわれた。土埃の向こうから、瞳が不気味に光っている。恐ろしいのは、その高さだ。明らかに二メートルは超えた場所にある二つの光は、土埃で隠されたその身体が非常に大きいことを示していた。
「ゴーレムか。古風な技を使いおるの」
ラルクが、感心と呆れを含ませた声で呟いた。
着地したカーダルは、その反動でゴーレムに向かって踏み出す。剣を引き抜きながら回転して、勢いを殺さずに一閃する。ガキ、と硬いもの同士がぶつかる音がした。
「くっ」
思った程の手応えが無かったのか、カーダルはゴーレムの腕に振り払われる力と、自身が太い腕を蹴った反動を利用して、一気に距離を取る。
「ゴーレムとの力勝負に勝ち目は無いぞ」
ラルクの言葉に、そうみたいだな、とカーダルが返す。
「スピードで翻弄して崩すか」
「もしくは、魔法で対抗するかじゃの」
二人の視線が集まり、雛㮈はようやく我に返った。消え入りそうな声で「頑張ります…」と言う。ゴーレムの身体は大きくて怖い。あの腕から繰り出される物理攻撃に、自分の防御魔法が果たして通用するだろうか。
すっかり足が竦んでいる雛㮈に、カーダルが身体強化の魔法を請うた。
「切り崩してくる」
だから待っていろ。
自信の込もった声で言い切ると、カーダルは駆けた。ゴーレムの攻撃を俊敏なステップで避けながら、回転を活かした軽めの斬撃を繰り返す。多少無理な体勢からでも、一撃を繰り出せるのは、カーダルの実力故だろう。しかし、それで倒すつもりは無い。ラルクからも指摘を受けた通り、力では勝てっこない。せいぜいが瞬間的に動きを止める程度だ。
「なかなかやるの」
何撃かに一度、重い斬撃が入る。どうやら、足や腕の接合部を狙っているようだ。微かに入る切れ目を、何度も何度も重ねていく。
「狙いはいいな。流石だ。だが」
それまで見守っていたミディアスが、魔法を唱える。修復、という単語が混ざった。腕の付け根を魔法陣が囲むと、亀裂がみるみるうちに埋まっていく。
「あの王子も、なかなかの使い手のようじゃのう。………どうする、我が出るか?」
ラルクの言葉に、一テンポ遅れ、首を振る。
「私が、まだ何もしてないですから」
ラルクは、“どうしても困った時”に手を貸してやろう、と言った。しかし、今はその時ではないはずだ。雛㮈はまだ、何もしていない。
―――待っているだけは、嫌だ。
ぐっ、と手に力を込める。不意に気付く。自分の手には、もう杖は無い。
支えてもらうだけでは、駄目なのだ。支えるだけでも。そのために、一人で立つ覚悟を。決意を。ぎゅ、と目を閉じる。強く、強く、強く。そうしてから、薄く目を開いた。
足の付け根を、魔法陣が囲む。同時に雛㮈は、水の魔法を唱える。あのゴーレムを構成しているのは、土と水。泥人形と同じはずだ。絶妙な割合で保たれている身体。ならば、それを崩してしまえばいい。
再構築魔法に介入し、一気に押し流す。重量感のある足が弾け飛んだ。片足をなくしたゴーレムは、轟音を立てて崩れ落ちた。腕による攻撃はまだ可能だが、その場から動くことは困難だ。
「おお、お前の彼女は見た目によらず、力任せにくるね」
「勝てればいい」
「…違いない」
技量を駆使した攻撃でも、力任せの攻撃でも、その場を制した者こそ、能力が高いといえるのだろう。その理屈でいくと、たとえ卑怯なことをして勝っても、能力が高いということになるのだが。…否、それはある意味、“能力が高い”ということなのかもしれない。
「なら、根競べといこうか」
普通の人なら、構築された他人の魔法陣なんて、解析できないのです。
まず他人の意識下でしか存在しないものであること、それから構築スピードが速いため常人ではついていけないことが挙げられます。
発動直前・直後に漂う魔力から予測を立てる人が多い(というか、それしかない。それも難しいけれども)中、雛㮈さんは無意識にルールを破ってます。
やっていることはチートなのですが、誰も褒めてくれないので、後書きスペースで披露。
「でも私、結局ここでも褒められてはいないのでは…」
………ね?←全力で誤魔化す。




