06.まさかの展開です 後編
「なんだ、こんなところまでデートか?」
「………違います」
かっかっか、と笑うミディアスを、カーダルは半眼で見やった。
「うぉっ、なんだよその敬語。気持ち悪ィな。タメでいいっての。あ、これ王子命令な」
「自分の都合の良い時ばかり、乱用しないでください」
「バレたか」
「バレないとでも」
ああ、懐かしい。
カーダルがそう感じるには、十分すぎる会話。さて、そろそろ本題に入らなければ。カーダルが“ここにいる理由”を話そうとした時、クン、と彼の服の袖を後ろから引っ張られた。
「あの…カーダルさん」
戸惑った顔をした雛㮈は、言おうか言わまいか迷った後に、口を開いた。
「ミディアス様の周りにいる精霊、みんな魔力は満たされています」
「…どういうことだ?」
「他の精霊も呼んでみますけど、ただ…」
可能性は薄い気がした。その証拠に、ミディアスは、雛㮈の視線を追い、ああ、と呟く。彼の目は、他の人と違い、ハッキリと精霊を捉えている。
「こいつらには全員、魔力をやったよ。腹が減ってるって言ったんでな」
「え、じゃあ…」
本来であれば、もう目覚めることができるということだ。
言い淀んでいると、ミディアス自身が告白した。
「俺は王になりたくない。だから、起きない」
「―――は?」
カーダルが、目を見開く。それほど、予想外の言葉だったのか。
「だって、お前…」
「お、ようやく昔みたいに喋れたな、ダル」
にしし、と笑う声に、後ろ暗い気持ちは無いように見える。頭の後ろで手を組んだ彼は、あくまで快活な印象のままだ。
「王には、俺じゃなくてお前がなればいい」
「何を言ってるんだ、ふざけるのもいい加減に…」
「ふざけてなんかない。俺は真剣だ」
真剣だと言う割りに、顔がだらけている。いや、それよりも。
「カーダルさんが、王に? どういうことです?」
「ああ、そっか。周りの連中は教えていなかったな。いい機会だ―――ヒナ、ダルは王位継承第二位なんだよ。俺は現王の嫡男の第一位。ただ俺が“使い物”にならなければ、王弟の嫡男であるダルが最有力だ。父が別の者を立てれば話は別だが…」
まず無いだろうな、と続ける。しかし、我こそはと乗り込んでくる輩も多いだろう、とも言った。
「父には、姉と弟がいるが、王姉の子は、女一人だし、王弟の子で男子はダルだけ。だから、名乗りを挙げるのは、もっと“離れた”血の者だろうな。後は王姉の子の結婚相手か。しかし、アレは結婚するタマじゃないしな、それに父方の血が邪魔をする」
「あの…」
「ん? ああ、王姉の子なら、ヒナも面識があるだろ? 現、魔法団長の…」
「アイレイスさん、ですか?」
急な情報量の増加に、混乱している。ただ、血縁だと言われ、納得する部分はあった。あんなに見事な金色の髪を持つのは、今のところ、王とミディアス、それからカーダルとリリーシュ兄妹、アイレイスだけだ。
「そうだ。ダルもアースも、しっかりしているよ。だから任せても大丈夫だって、ヒナも思うだろう?」
答えを誘導されている気がした。カーダルを見る。彼は、いつもの仏頂面で、しかしどこか泣きそうにも見えた。
「―――私は、カーダルさんのことも、アイレイスさんのことも信じます。でも、それとこれとは話が別です。貴方がそう思うのであれば、起きてキチンと説明するべきです。寝たままで済ませようなんて、無責任です」
「…これはこれは。意外と手強いな」
当てが外れた、と言わんばかりの顔だ。何を期待していたのか。雛㮈は眉を寄せた。
「それに、貴方を連れ戻すことが、私の仕事ですから」
「うーん、困ったな。俺は戻りたくないんだけどなー」
やれやれ、と頭を振る。困り果てているのは、こちらだというのに。「あ、そうだ。じゃあこういうのはどうだ」とミディアスは手を打った。彼は自信ありげに雛㮈に近付き、眼前で膝をついた。それまでの大雑把な動作とは真逆の、恭しい手つきで、雛㮈の手を取り、妖艶な表情で見上げた。
「ヒナ、俺と結婚しよう」
一拍おいて、雛㮈が「へ?」と声を上げるのと、カーダルによってミディアスが蹴り飛ばされるのは、ほぼ同時だった。
「いってえ! 容赦無しかよー」
「本気でいい加減にしろ、この馬鹿王子が…!」
「なんだよー。ちょっとした冗談だってのー」
ぶーぶー、と口を尖らせるミディアスに、「あぁ、冗談ですよね」と雛㮈はあからさまに安堵して見せた。何事かと思った。
「ここに大事な人ができたら、戻りたくないと思うかな、て考えを実行に移しただけなのに」
「移すな」
「でも口先だけじゃないぜ? もし頷いてくれたら、本気で幸せにするから」
「………おい」
「ああ、結婚するには数年待たないといけないよな。うん、大丈夫、大丈夫。待てる待てる」
雛㮈に口を挟む隙を与えず、ぽんぽんと出てくる言葉たち。ラルクが自由奔放に、まだ喋っている二人に対して、自分の疑問を投げ掛けた。
「数年? ああ、人間は番いを作るのに、年齢制限を設けているのじゃったか。でも確か、それは18歳ではなかったかの? ん? 女は16か。どちらにせよ何も問題無いではないか」
「………へ?」
ミディアスがぽかんとしている。隣にいるカーダルさえ、同じ表情だ。言いにくい、と視線を泳がしていると、ラルクがサラッと暴露した。
「ヒナは23歳じゃったよな?」
「………えっと、はい、そうですね」
男二人が、あり得ないものを見た時の顔になった。
「23歳!?」
「…歳上?」
なんの遠慮も無く叫んだ方がミディアスで、思わずといったようにポツリと呟いたのがカーダルだ。
「…カーダルさん、おいくつですか?」
「………………」
返事が無い。答えたくないのか。
「あれ、ヒナ知らないの? こいつ、21歳。見た目年齢なら、完全に逆転してるよなー。こいつちょっと老けてるし」
「21歳…」
雛㮈の目には、20代半ばから後半に見える。アイレイスの例と並べると、確かに“老けている”のかもしれないが、雛㮈の目にはよく分からない。とりあえず、「何歳に見える?」と訊かれたら、当てる時はマイナス5、雰囲気を壊さないためにはマイナス8しようと決めた。
「歳上…歳上…?」
カーダルは、未だに疑うように復唱していた。
年齢暴露の巻!
ようやく出せました、カーダルさんの年齢…!
カーダルさんの心情は、また別の機会に書けたら、面白そうですね。多分イメージが崩れますけども。




