05.まさかの展開です 前編
「さっきの話だと、これが王子サマ?」
ニキが目の前の男性を見下ろした。まじまじと見るが、「オレ、この国の王子の顔なんて知らない」とすぐに顔を背けた。随分ぞんざいな対応だ。
「ルーク、ここは頼んだ」
「安心しろ。他にも数名、腕のある者を集めている。カーダルも気を付けて」
傍で話す騎士二人をチラリと見てから、ニキは深呼吸をしている雛㮈に「オレもここに残るよ」と言った。
「兄さんも、あっちの魔法使いもいるんでしょ? それなら、オレはここに残って、オレのできることをするよ」
フェルディナンの時は、なんだかんだで、丸一日掛かったのだ。今回の件が、どれだけ掛かるのかは未知数だ。しかし、だからこそこちらに留まって護衛をするのだ、とニキは告げた。
「狼さんはどーすんの?」
「我はヒナと共に行く。その方が安心じゃろ?」
「………まあね」
どういう意味か。
しかし、ラルクが雛㮈やニキが危うい場面で力を発揮し助けているのは、確かなことだ。
「じゃあ、行ってきます」
「うん。無理はしないようにね」
ぴょん、とラルクが肩に飛び乗る。その肩を、ぐい、と引き寄せられた。フェルディナンだ。にこにこ笑っている。どうすれば、と固まる雛㮈の身体が、逆方向から引っ張られた。
「行くぞ」
その声に押されるように、ミディアスの手に触れる。光に包まれた。
光が収まった頃合いを見計らい、そっと目を開いた―――が、景色は何一つ変わっていない。いや、確かにルークやニキの姿がなくなっている。それ以外は何も変わらない。ベッドの位置も、部屋の色も、窓から見える風景さえも。
「これは大したもんじゃの」
ラルクが感心したように呟く。「ここまで精巧に再現する奴は、そうそうおらんよ」と付け足した。
背後から、ガチャリ、と音がした。カーダルが扉を開けたらしい。
「外の風景まで、見事なものだ」
その声につられて窓の外を見ると、城下町までしっかりと構築されている。不意に訪れる違和感。この世界は、本当に魔力が不足しているのだろうか。それとも、ミディアス王子の魔力が、相当に高いのか。
「とにかく、ミディアス様を捜さないといけないですね」
むん、と握り拳を作る。
「居場所が分からないからな。地道に探すしかないか。…この広い城内を」
途方もない話である。やる前から心が挫けそうだ。
「ミディアス様がよく利用した場所を真っ先に捜すべきだろうね」
「なるほど。………それって、どこですか?」
「なにぶん僕様、王子様には興味が無かったものでね」
つまり、知らないらしい。しかしそれは、髪を掻き上げて格好つけながら言うことではない気がする。
「…とりあえず、王の訪れる場所へ行こう。もしかすると、手掛かりがあるかもしれない」
「なるほど。確かに同じ場所を利用していたかもね。さすがカーダル君だ!…さて、僕様も、ちょっと仕事をしてくるかな!」
「お仕事、ですか?」
アイレイスが言っていた、確認したいこと、だろうか。彼らはそれを雛㮈に言うつもりはないようだ。「そうだね! 大事なことだ!」と言うばかりで、それ以上の情報はくれない。
「あ、でも別行動は…」
「はっはっは、大丈夫だよ、ヒナ君。帰る前には合流するさ。ではまた後で会おうではないか!」
彼はそう言うなり、じゃ、と片手を上げて、すたすたと歩いていく。自由な人だ。雛㮈が唖然としている間に、フェルディナンの姿は見えなくなっていた。
「………行っちゃいましたね」
「いない方がスムーズかもしれない」
カーダルはまだ毒を吐いている。
とはいえ、いつまでもここでのんびりしている訳にはいかない。この世界での一分が、現実世界で同じとは限らないのだから。
王の私室、王子の私室、亡き王妃の私室、公務室、会議室、謁見室………一通り見て回るが、どこにも姿は無い。ご丁寧にも、後者二つには錠がついていた。使わない時には、そうなっているらしい。妙なところでリアルだ。
「カーダルさんは、ミディアス様と面識があるんですか?」
王ともあれ程の信頼関係を築いているのだから、あるいは、と訊くと、彼は小さな声で「あぁ」と肯定した。
「幼い頃は、兄弟のように育った。歳は離れていたけどな。俺は、予備だったから」
「え…?」
「でも、俺は一度もそんな風に思ったことは無かった」
それは、どういう意味だろう。
何か、とても大事な告白をされている気がした。
「それは…」
「―――ヒナ、窓の外に人がおるぞ」
「え!?」
ラルクの言葉に、慌てて窓を見る。
「どこですか?」
「下の。ほれ、庭の方じゃ」
示された通りに、視線を動かす。今朝歩いた道を、金髪の青年が歩いている。がっしりとした身体つきの青年だ。生憎と、後ろ姿で判別できる程の付き合いは無い。無いが、ここにいるということは、つまりそういうことだろう。
「い、一階に降りなきゃ…」
「そんな時間は無い。ラルク、ヒナを連れていけ」
「我に命じるとは、無礼な。…まあ、いい。お主はどうする」
「自力でなんとかする」
その会話の流れで、なんとなく、やらなくてはならないことは分かった気がする。ジェットコースターは苦手だ。
大サイズとなったラルクが、サッサと乗れ、と視線で促す。カーダルは既に窓枠をヒョイと潜った。ここは一階ではないというのに、あまりにも軽々と。
「かっ…」
悲鳴を飲み込み、慌てて窓枠に手をつき、下を見る。カーダルは器用に城の壁を蹴り、隣の木に飛び移ると、難なく木を伝っていく。
「ほわぁ…」
「奴は大丈夫じゃろ。ほれ、ヒナ、早くするのじゃ」
…そうだ。ここで置いていかれる訳にはいかない。意を決してラルクの背中に跨り、ぎゅっと抱き着く。途端に浮遊感が雛㮈を襲った。
「〜〜〜っ!」
おそらく、一分も経ってはいない。
しかし、雛㮈にとっては長過ぎる時間だった。以前に穴に落とされた時は、覚悟を決める暇すら無かったが、今度は初めから落ちると分かっているのだ。怖いものは、怖い。
「もう下に着いたぞ」
ラルクが、おーい、と雛㮈に声を掛ける。しかし、しばらくは自力で動けそうに無かった。
「うぅ…」
「はあ」
カーダルが自然とため息を吐いた。「ほんと、仕方ないやつだな」と呆れ気味だ。仕方ないじゃないか、と思う。下手したら死んでしまう。いや、死ぬまではいかなくとも、骨折するだろうことは確実だ。そんなの嫌だ。痛そうだ。
「殿下はあちらへ向かっていたな」
「へ、あ、はい。たしか…」
そうだ、王子を捜していたのだった。雛㮈は恐怖のあまり忘れ掛けていた目的を思い出す。せっかく見つけたのだ、ここで見失っては、この労力が報われない。
後を追い掛けていくと、小屋が見えた。今朝の、あの場所だ。
「…中も、一応確認しておくか」
可能性はゼロではない。
ここは、秘密を話す場所。
扉を開ける。
「おお、やっぱりダルじゃないか。久し振りだなあ」
快活な声が響く。雛㮈は彼の周りを飛び交う精霊を見て―――
「え…!?」
絶句した。
「この世界に来てから、落ちることが多い気がします」
「? 我が知っているのは、二回だけだが、他にもあったのかの?」
「いえ、二回です。でも元の世界で23年生きていて、あんなに高いところから落ちたことなんて一度も無いですよ…!」
足をふるふるさせながら、ラルクさんに愚痴る雛㮈さん。
ラルクさんは、「そうかのー」と不思議顏(落ちたり跳んだりは普通という感覚)。




