04.先行きが不安です
「それで、………えっと、例のお方、は今からすぐに?」
「まずは魔法団長様のところへ行く。その前に、ニキとラルクを迎えに行く」
「………あ」
忘れていた。言い訳をさせてもらうと、城はいつも一人、もしくはカーダルと共に移動していたので、他の人がいることにまだ慣れていないのだ。
「アイレイスさんは知っているんですか?」
「あの研究の目的のひとつに、今回の件があるからな」
当然、知らないはずが無い。考えてみれば、彼女は“容体が変わったら”と言っていた。あれは、このことだったのだろう。
「お姉さん、兄さん、おかえりー」
新調した服を着たニキが、雛㮈とカーダルを見て、にししと笑った。ラルクはといえば、大型犬サイズになって、ニキの足元で寝転んでいる。
「お待たせしました」
ぺこっと頭を下げる。
「うん、別にいいんだけどさ。でもここ、あれだね、目立つね」
尻尾をふわりと動かし、横目で辺りを窺う。獣人は珍しいのか、城を出入りする人が、確かにチラチラと見ていく。
不思議そうな顔をする雛㮈に、ニキが答えた。
「この国では差別は無くなってきているけど、それでも珍しいもんね」
「差別?」
「そ。昔は入国さえ禁じられてたって聞くよ。それで戦争も幾度となく起こった。今でも住み分けをしているところも多い」
なんでもないことのように言うニキだが、無関心では無い証拠に、殊更表情が消えている。押し殺しているように。
「…ニキさんの両親って…」
「うちの両親は、人間とは関わらないって、もう決めたんだってさ」
迫害された過去があるのだろう。簡単に信じられるものではない。…それでは、ニキも止められたのではないのだろうか。
「獣人は、自分の道は自分で決める。オレは外に出たいと思ったから、ここにいる。…確かに悪いヤツもいるけど、いいヤツもいるよ」
オレたちと同じだ、とニキは笑う。
「…さて、お姉さん、呼び出されたってことは、何か重要な仕事があるんだろ? 早く行った方がいいんじゃない?―――オレはついていってもいいかな?」
カーダルに視線を向ける。彼は小声で、「お前が決めればいい」と言った。その言葉を受け、雛㮈は微笑む。
「ついてきてください。私は、ニキさん達を信じます」
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アイレイスの部屋の前には、ルークがいた。あれ、と首を傾げると、彼と目が合った。ニコ、と笑い掛けられる。いつ見てもにこやかだ。
「何故、ルークがここに?」
「要人の護衛で、ね」
中に入れば分かるよ、と言われ、ノックした。いつものように、カーダルが名乗る。
すると、中からどったんばったんと、騒がしい音がする。
バアンッ!
扉が勢い良く開いた。開けたのは、もちろんアイレイス―――ではなく、フェルディナンだ。
「やあやあ諸君! 待っていたよ、元気そうではないか!」
「ヒナ。命令よ。さっさとその男を連れて退室なさい」
奥から凍えた雰囲気を纏ったアイレイスが出てきて、いつもよりも低い声で、唸るように言った。相性は、すこぶる悪いようだ。
「えええっと…?」
事情が分からない。
「はっはっは、ヒナ君も元気であるようで、何よりだ」
彼は雛㮈の手を取ると、その甲に、恭しく口付けを落とした。
「!?」
「離せ」
フェルディナンの腕を捻り上げんばかりに掴んだカーダルは、結構な力を込めているようで、心無し、ギリギリという音さえ聞こえてきそうだ。
「ちょ、カーダル君、痛いのですけれども…?」
「………だから?」
フェルディナンが、痛いような困ったような楽しいような、とにかくいろいろ入り混じった顔で、カーダルと対峙している。
「ていうか、なんでお姉さん、そんなに気に入られてんの」
「さあ…」
「精霊効果じゃろう」
ラルクが事もなげに呟いた。
「そこの嬢ちゃんも言うとったが、精神世界というのは、他者からの影響も強く受けるからの。精霊の影響を受けたんじゃろ」
精霊は、何故かやけに雛㮈を好いている。その影響ということか。
嬉しいような、悲しいような。
今向けられている好意は、彼自身のものではないのかもしれない。
「ま、それも多少の話さ。気にすることはない」
ラルクは切り出しておきながら、そんな風に締めくくった。
そんなに簡単に締めるなら、言わなくても良かったのに、と思う。お陰でこっちの気分は複雑だ。はふう、と息を吐く。
「ヒナ、ちょっと」
ずい、とアイレイスが一気に顔を近付けた。カーダルとフェルディナンは、奥でまだやり合っている。
「あたくし、騒がしいのは嫌いですわ! ですから、ぱっぱと説明をするから、さっさとあの男を連れて行ってくださいまし!」
「え、えっと。…フェルディナンさんを連れて行く…んですか? どこに?」
「そんなの決まってますわ! あの馬鹿王子のところに、よ!」
決まっているのか。アイレイスが決まっているというなら、それは既に決定事項なのだろう。
「それはまた、なんで」
「………確認したいことがあるそうよ」
あたくしが行けるのなら良かったのに。とぶつくさ文句を言っている。
「ニキさんとラルクさんは…?」
「どちらでもいいわ。どうしても成功させなくちゃいけないですし。ただ、今回は王子の周りも護衛しなきゃ駄目よ。一応、外にいる騎士は、その場に控えているそうですけど、どれだけ信用に足りるかは不明だわ」
外にいる騎士、つまりルークのことか。アイレイスの場合は、騎士を全般的に疑っているようにも見えるが。
「ともかく、貴女のお陰で最重要課題はどうにかなりそうなの。期待してるわ。はいこれ測定器」
「…持っていくんですね」
「当たり前じゃない」
どんな場面でも、研究をまず第一に、それがあたくしの信念よ。
と、胸を張って言い切るアイレイスに、彼女らしいなー、と笑う。
「…ちゃんと無事に返しに来なさい」
測定器を渡された手が、ぎゅ、と握られる。応えるように手を重ね、「はい」と応えた。
「さて! それでは早速行こうではないか! はっはっは!」
「あんたは少し黙れ」
「同感よ、この件に関しては全面的に」
カーダルとアイレイスが冷ややかな目で睨むが、当の本人は気にした様子は無い。ニキとラルクも我関せずだ(彼らの場合、蜘蛛にやられた恨みもある)。
(心無し…不安になってきた…)
雛㮈は無言でお腹を押さえた。多分これはストレスだ。
「はっはっは、どうしたんだねヒナ君! 体調でも悪いのかい?」
「いえ、別に………」
貴方の所為です、とは言えない雛㮈さん。




