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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ5.眠り王子の反撃
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01.おかえりなさい 前編

 名を呼ばれた気がした。

 雛㮈は、パチリ、と目を開く。カーテンを開き、朝日を浴びると、身体をウンと伸ばす。

 今日はまだ、休日だということに思い当たる。七日目の朝。年末年始、あるいはお盆休みのようだ。むしろそちらの方が短いくらいかもしれない。城に勤める前まではこれが普通だったが、今同じ生活をしようとすると、違和感しか無い。それほど日数は経っていないというのに。

 今日は何をしよう。ニキの着せ替えは、連日だと彼女が疲れてしまうだろうし。庭の散策は、カーダルから許可を取らなくてはならない。大人しく本を読んでいようか、とつらつら考えていると、また呼ばれた気がした。

「誰…?」

『だれー?』

『だれだれー?』

 ぽん、ぽぽんっ、と精霊が姿を見せる。くるくると雛㮈の周りを回る彼らは楽しげだ。

『よんだー?』

『ひな、おはよー』

『ぼくたちよばれたのー?』

『およばれだー』

『ぱーてぃーだー』

『ごはんだー』

『魔力ちょうだいー』

 きゃあきゃあと勝手なことを騒ぐ精霊に、はいはい、と適当に返事をして、その頭を撫でる。この対応でもある程度満足してくれることに、ここ最近気付いたのだ。

『ずるーい!』

『ぼくも! ぼくもーっ!』

「順番ですよー。横入りは禁止!」

 はい整列ー、と並べた精霊を順に相手しながら、雛㮈はだいぶ住み慣れた部屋の窓から、外を眺めた。ベッドの上にはモフモフ動物ことフウモの巨大ぬいぐるみ。片手でもふっと掴む。

「………」

 やはり、どうしても気になる。

 雛㮈はクローゼットを開け、自分で服を選んだ。初めは一人で着ることすら困難だった服も、今では一人で着ることができる。

『ひなー?』

『おしまい? おしまい?』

「うん、今日は終わり!」

 えええ、と上がる落胆の声をスルーして、雛㮈は着替えを終えると、部屋を出た。“なんとなくこちらだ”と思う方へ向かっていく。階段を降り、渡り廊下を進み、また階段を登り、そうしている内に、リリーシュの部屋へ向かっているのだ、と唐突に気付いた。

 一日に一度は顔を見せに行く彼女の下へ。

 自然と、足が急く。

 呼ばれた気がした。それはきっと、気のせいなんかではない。

 悲しくはなかった。

 だからきっと。

 ノック。返事は無い。扉を、そっと開ける。金と茶の間の色をした、長いサラサラとした、髪。その先端は、ベッドに広がっている。開いた窓から入り込んだ風が“彼女”の髪を一房攫う。

 白い手で、その髪を押さえながら、彼女は振り返った。

「………ヒナちゃん?」

「―――リリーシュさん!」

 つんのめるように前に踏み出した。まるで背中を押されるように、一歩一歩、前に踏み出す。伸ばした指先が彼女の手に触れ、その温かさにどうしようもなく嬉しくなって、手を握りしめる。

「リリーシュさん、なんて他人行儀で嫌よ。リリィがいいな」

「うん…っ」

 こくこくと頷く。口から、自然に言葉が零れた。

「またお喋りできて、良かった」

 心の底から、思う。

「大丈夫って思ってたけど、でももし起きなかったらって…」

 フェルディナンが二日で目覚めたと聞いて。喜びと共に、目覚めぬリリーシュのことが浮かんだ。魔力量の差だ。そう思ったけれど、それでも消えない不安感。

 リリーシュはにこりと微笑んだ。

「―――ただいま戻りました」

「っ、おかえりなさい!」

 つられるように、雛㮈も笑う。

 二人で、えへへ、と笑い合っていると、背後からガタガタッと音がした。

 振り返ると、セパスが目を丸くさせ、立っていた。手には水桶と布。おそらく毎朝の身支度を済ませに来たのだろう。

 彼女は、しばし言葉を失った後に、わっと泣き出した。

「ああ、リリィお嬢様! お目覚めになったのですね、ああ、なんという…今日はなんて素晴らしい日なのかしら…!」

「セパスには心配をお掛けしました。ごめんなさい」

「とんでもございませんっ!」

 いつもにこやかな彼女が、いつも以上に、嬉しそうに笑っている。ああいけない、と彼女は呟いた。

「ともあれまず、お医者様に伝えなくては。それからカーダル坊ちゃんにも」

 この時間だと、まだ朝食を食べている頃だろう。そういえば、朝食をすっぽかしていたことを思い出す。セパスも同じタイミングで思い出したようだ。

「お嬢様もご朝食を取らなければ」

「あ、はい、でも」

「でも、じゃあございませんわ! 食事はきっちり取って頂かないと!」

 セパスが目尻を吊り上げて、胸を張る。その様子に、リリーシュがくすくす笑った。「懐かしい…」と柔らかく呟く声。その声は、微かに潤んでいるように聞こえた。

「私、まだここにいたい、です」

「私もヒナちゃんとお喋りしたいわ…」

 二人揃っておずおずと訴えると、普段あまり意見を言わないからなのか、セパスは微かに目を開いた。

「…かしこまりましたわ。では、お食事をここにお持ちします。リリィお嬢様にも、何か軽く食べられるものを」

 雛㮈とリリーシュは手を取って喜ぶ。そんな彼女たちを、セパスは温かく見守った。




 第5章は、リリィさんの目覚めからのスタートです。

 …あれ、でも何気に精霊さんの合唱(?)も久々な気がしないでも…。

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