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08.少女が降ってくる前

 これは、異界から少女が降ってくる、その前の話。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 定例会議を終えた王に付き添い、金髪碧眼の青年は、王室に入った。

 飾られているひとつひとつは高価なものであるが、無駄に煌びやかであるわけでもない。人柄とは、こういったところに出るのだろう、と青年は思った。

 王はマントを翻すと、備え付けの椅子へ腰掛ける。それから、ふう、と一息吐いた。

「あの事件から、早五年か…」

 王の独白に、青年が顔が上げる。何の表情も浮かばぬその顔を、王が、ジ、と見つめた。

「アイレイスから報告を受けている。今のところ、有効な策は無いと」

「そうですか」

 彼女は、魔法団では最高クラスだ。性格上、匙を投げた訳ではないだろう。しかし、五年掛けて調査して、今まだ何ひとつ分かっていない現実は、この先の希望すら奪っていく。

 既に光眠り病で幾人もの人間が、命を落とし始めているのだ。最近は、以前にも増して眠ったまま死んでいく人数が増えている。

 日に日に魔力が減り、弱っていくのを見ていることしかできない。

「もしこのまま、ミディアスが目覚めなければ…」

「きっと目覚めましょう」

 王は首を振る。希望論は要らぬ、と。もはや、その段階で無いのだ、と。

「もはや、ミディアスが目覚めなかった時のことを、考えなくてはならない」

 王の声は、ひどく疲れていた。常に威厳に溢れる王として君臨する彼の、弱い一面。それでも、進み続ける強さ。

 だからこそ、この御方についていくと決めたのだ。この剣を生涯掲げる、と。

「妻亡き今、子をもうけることは、もう無かろう。とすれば………」

 王は、真っ直ぐに青年を見た。

「王家の血を継ぐものは、そうおらぬ」

「…しかし」

 拳が、震えている。いつから変わってしまったのか。その問いの解はひとつしかない。

 地位も名誉も、ひとつだって、望んだ覚えはない。自分の心は、まだ五年前のあの日のまま、止まっているというのに。この世の中は、それを許してはくれない。

「既にお主には多くの苦労を掛けた。両親を亡くし、妹は眠ったまま。かつ、ここ数年、世継ぎ問題で命を狙われることも多かっただろう…」

 その言葉には何も返せず、青年は目を伏せた。

「申し訳ございません、我が王よ。自分は、その器ではありません。我が身を、自分の周りを支えるだけで精一杯の若輩者です」

「その若輩者は、しかし着実に実力を伸ばしておる」

 かかか、と王は笑う。

「今すぐにという話ではない。私もしばらくは現役だ。しかし、その後もこの国が続き、民が幸せに暮らすために、私は私の信じた者に繋げたい。…ミディアスがおれば、それが一番。お主と性格は違うが、あれはあれで、心優しい子だ。―――だが現実はそれを許してくれぬ」

 最善のみを考えることを許さず。最悪を想定しなければならない。削られる心に蓋をして。

 ただ、前を。

 だけれども。

「奇跡が起これば」

 王が、一人の男が、ひっそりと呟く。

幸福に続く道(ハッピーエンドの材料)があれば、迷わず掴んでみせるのに」

 親を亡くし、妻を亡くし、一人の子すら失おうという時に、他人を守ろうとする男が言う。

「私は、なんて無力なのだろうか」

 漏れ出す心の叫びを、青年は聞いた。

「陛下…」

「ああ、すまない。お主に伝えるべきことではなかった。…疲れておるのかもしれぬ」

 青年は、深々と頭を下げた。最大限の敬意を込めて。この想いが伝わるように、と。

「まだまだ力不足ですが、全力を持って、貴方様の剣となりましょう」

 その言葉に、王は笑う。期待しておるぞ、と彼の肩を力強く叩いた。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 王の部屋から出た青年は、窓の外に広がる星空に目をやった。

『お兄様、流れ星が通りました!』

 不意に、いつぞやの妹の言葉が脳裏を過る。嬉しそうな声。何の悲しみも知らぬ声。それに自分がなんと返したのか、思い出せない。

 しばらくして、その発言のすぐ後に、妹が手を組みながら夢見がちに言った言葉を思い出す。

『知っていますか、お兄様』

 ふふふ、と自慢げに笑う顔。

『流れ星が流れている間に、願い事を三回唱えると、精霊様が願いを叶えてくださるのですって!』

 ああ、そうだ。思い出した。そんな馬鹿な話があったものか、と言ったのだ。そうしたら、妹はくすくす笑っていた。逆の立場なら怒っていただろうが、妹は、たいそう人間ができていた。兄の欲目かもしれないが。

 窓に近寄る。キラリとどこかで、光った。無意識に唱える。

 救いを。救いを。

「どうか我らに救いを…っ」

 ヒュン、と流れ星が駆けていく。

 願いよ、届け。

 青年は馬鹿なことと知りながら、星に祈ったのだ。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 これは、異界から少女が降ってくる、その前の話。

 馬鹿な男が、救いを求めた夜の話だ。




 その祈りが届いたかは、彼のみが知っている。




 さて、これにて裏レシピはおしまい。本編に戻ります。

 ちょうどこの章が、折り返し地点。ここから先は、辺りに散りばめた(つもり)の伏線を拾いつつ落としつつ拾いつつ、終幕に向けて突き進んでいきます。

 どうかこの先も、お付き合い頂けますと嬉しい限りです…!

 それでは、また明日!

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