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05.初めての城下町 後編

 その後も、防具屋や呉服屋を巡り、雑貨屋へ入る。

「ここ回ったら、昼にして帰るかー」

「そうですね」

 そろそろ、足が痛い。

 雑貨屋には、可愛い髪飾りも置いてあった。元いた世界のものとは違うが、どこの世界でもお洒落は大事! ということだろうか。アイレイスも、相当お洒落だ。

「お姉さん、こういうの買わないの?」

「や! 私はうん、大丈夫!」

 何がどう大丈夫なのか。自分でもよく分からない返事だ。

(ああでも可愛い…)

 可愛いものは好きだ。これでも女の子なので。くしゅくしゅ加工が施されたリボンを手に取る。髪は短くなってしまったが、飾りとしてなら付けられるだろう。

「欲しいなら買っちゃえばいいのに」

「や、でも、ね…」

「お姉さんの年齢なら、髪飾りつけてる人なんていくらでもいるよ。見た目的な年齢の(ほう)でも」

 ニキも、男の子っぽい見た目(彼女の場合、顔立ちがというよりも、格好が男の子っぽい)だが、こういう会話をしていると、やっぱり女の子だ。ニキに似合うものは、どれだろう、と視線を彷徨わせた後で、ん? と首を傾げる。

 “お姉さんの年齢なら”。

 “見た目的な年齢の方でも”。…見た目的な年齢?

「…ニキさん、私、いくつだと思います…?」

「ん?」

 ニキが、耳をぴこんと動かした。

「見た目からすると、10代半ばくらいだけど、実際は…んー、20代前半?」

 バレてる! いや、隠していたつもりは無いけれど。ピキン、と固まった雛㮈に、ニキは首を傾げる。

「あれ、違ったか?」

「や、違わない…です。23歳です。あのでも、よく分かりましたね」

 これまでの人は、みんな揃いも揃って勘違いしたままだろう。結局誤解を解くこともできず、そのままズルズルと続いたまま、今に至っているのだが。

 ニキは、獣の鼻をヒクリと動かした。

「“ニオイ”っていうか…感覚でなんとなく。狼さんも分かってるんじゃねー?」

「当然じゃの。ま、我からしたら、たかが5年から10年のズレ、どうでもいいことじゃがの」

 確かに、数百年と生きている身にとったら、大したことではないだろう。

 それを聞くと、なんだかどうでもいいことに思えてくるから不思議だ。たかが、か。そうか。肩から力が抜ける。

「買おうかなぁ」

「うん、こっちの赤いのも似合うんじゃねぇの?」

 ニキがにこにこしながら、リボンを持ってきたので、お返しに大きなリボンを、頭の上に装着してみる。

「え、オレ、こーいうの似合わない」

 耳が怯えた時のようにぺたんとなっている。似合っているのにな、と思う。

「…服も全部揃えちゃうとか」

「は!? 嫌だよ!」

「まあまあまあまあ…」

「いーやーだーっ!」

 リボンは一度(売り物なので)外し、シャーッ、と牙を向くニキの背中を押す。

「…ここ出たら、ご飯じゃなかったのかのぅ」

 ラルクの悲しげな呟きは、興奮気味の雛㮈とニキには届かなかった。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 結局、フリフリの格好はニキの断固拒否によって、諦めた。機動性は必須だと主張するニキの発言に、確かにそれはそうだと頷き、音の鳴らないよう、アクセサリーを選ぶのにも注意を払う。

 自分の手で組み合わせを選ぶのも久し振りなので、楽しくて仕方がない。付き合わされているニキは、遠い目をしていたが。

 あーでもないこーでもないと、考えに考え抜いた結果、髪が赤系なので、落ち着いた茶色系を主にした、ボーイッシュな格好になった。細かい部分で、落ち着いたレースや刺繍が入っているものだ。

 ちなみに、お金は雛㮈持ちだ。流石にここまで付き合わせて買わないというのは、気が引けたので。

「…満足そうだね、お姉さん」

 疲れた表情をしたニキに、「うん、すごく楽しい!」と返した雛㮈は、先程の雑貨屋に戻ると、黒い布製のカチューシャを付けて、「完成!」と笑った。

「…じゃ、お姉さんにはオレからプレゼントするよ」

 彼女は、はあ、とため息を吐くと、雛㮈が熱心に見つめていた白フリル付きの緑のリボンを手に持った。髪の両側に結んで付けるタイプのものだ。

「貰ってばっかりは嫌だから、せめて」

「………ありがとう」

 自分が楽しんでいるだけなのだけれどな、と目をぱちくりさせながら礼を述べた雛㮈を見て、ニキは苦笑した。

「オレもなんだか、本当のお姉さんができたみたいで嬉しかったから、お礼」

「〜〜〜っ、ニキさーん!」

 がばり、と抱き着くと、ニキがビクッと震えて耳をピンと立てた。すぐに落ち着いたのか、通常時に戻ったが。

 ラルクが吠えた。

「ご飯ー!」

「あ…」

「あー…」

 忘れていた。

 ぐう、とお腹が鳴った。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「まああ! 可愛い格好をしてますのね、お二人とも!」

 カーダルの屋敷に戻ると、セパスが雛㮈とニキを見るなり、パッと顔を輝かせた。

「街巡りは楽しめました?」

「はい、とっても!」

「それは良かったですわ」

 うんうん、と頷いたセパスは、思い出したように、ぽんと手を打った。

「坊ちゃんもお城からお戻りです。積もる話もあるでしょうし、夕飯は少し早めにしましょうかね。さ、休んで休んで」

 カーダルはもう帰ってきているのか。雛㮈は手の中にある袋を見下ろした。カーダルへの手土産。渡すのは、夕飯後でもいいか。

 部屋に向かっていると(ようやく部屋までの道を憶えた)、カーダル本人とばったり会った。

「あ…」

「…帰ってきたのか」

「え、あ、はい。今さっき。あ、夕飯、少し早めにするってセパスさんが」

「そうか」

 それだけ言って、横を通り抜けたカーダルを、慌てて腕を掴んで止める。すぐに振りほどける力だろうに、彼は素直に足を止めた。心なし、いつもの仏頂面が驚いているように見える。

「あ、の! これ、よかったら…」

 手の中の土産を、ぐいっとカーダルに押し付ける。反射的に受け取ったのを確認して、「失礼します!」と踵を返したところを、逆に掴まれる。

 驚いて振り向くと、何故か掴んだ本人も驚いた顔をしている。

「あ、いや、………………ありがとう」

「ど、ういたしまして」

「………………」

「………………」

 無言。あのう、とそろりと声を掛けると、ぱっと腕が解放された。

「………………」

「………それ、買ったのか?」

「あ、はい、今日ニキさんがプレゼントしてくれたんです」

 変かな、とリボンに手を掛けて気にしながら、へらりと笑う。伸びてきた指が、リボンの先をすくった。

「…似合ってる」

 どくん、と心臓が跳ねた。ありがとうございます、と言おうとしたが、口から漏れたのは、最初の一文字だけだ。

 手が離れた。普段は高さに違いがある視線が、正面から合う。カーダルが背を屈めているからだ。

「…明後日」

 目の前に、小さな紙が掲げられる。

 動物園、の文字が飛び込んでくる。

「チケットが、余ってたんだ。だから、その、行くか?」

「え…」

 突然のお誘いに、戸惑っていると、「嫌ならいい」とチケットを引っ込めようとしたカーダルに、思わず「行きます!」と答えた。

「楽しみです。この世界にも、動物園ってあるんですね」

 キリンとかゾウとかいるのかな。いやでも異世界だから、全く違う生き物ばかりかもしれない。モフモフふわふわな生き物もいるだろうか。

「………楽しみなら、いい」

 柔らかい声。時折聞ける声だ。

 とくん、と鳴る心臓の音を、聴いた気がした。




「………………」

「嬉しそうじゃの〜?」

「………うっさい」


 着せ替え人形と化すニキさんの巻。

 でも本人は、何気に喜んでおります。ニキさん自身も言っていましたが、お姉さんができた感覚みたいです。


 さてさて、お次は雛㮈さんとカーダルさんの初デート!


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