04.初めての城下町 前編
雛㮈にとって、自分がなんの制限も無く、屋敷の外にいるという事実は、どこか不思議で、現実感が無いことだった。
外に出たいということは、何度も思ったが、いざそうなってみると、違和感がある。
しかも。
カーダルは、この場にはいないのだ。
外に出る時は、必ず彼が一緒なのだと、そんなことを思っていた。無論、監視役で、であるが。
そんな訳で(どんな訳だろうか)、休日二日目、雛㮈はニキとラルクと共に、城下町に来ている。
ショッピング街であるようで、道の両端には所狭しと露店が並んでいる。人がごった返す通りでは、意識をしなければすぐにはぐれてしまうだろう。どこからともなくいい香りのする道をなんとか前に進みながら、初めての街の様子に、圧倒される。まるでお祭りのようだ。
「いつもこんなに活気があるんですか?」
「そーだよ。てか、本当に全然外に出たことないのな、お姉さん」
「はい、初めてです!」
呆れた視線にすら気付かず、雛㮈は輝く瞳を周囲に向けた。呉服屋もあれば、雑貨屋、書店、クレープ屋、射的、雛㮈の知らない食べ物を扱っている店もある。この世界ならではの武器屋、防具屋もあって、驚いた。いや、考えてみれば当然なのだが、大通りで当たり前のようにそういった店があるというのは雛㮈の“常識”とは違っていた。
「ニキさん、あれはなんでしょう!」
「あー、あれはププリの実だね。甘酸っぱくて美味しいよ」
「我は果物よりも肉が食いたいのう。あっちにあるリト肉の串はどうじゃ?」
ラルクは雛㮈の肩の上で、ぱたぱたと尻尾を振っている。主食は魔力なので、あくまで普通の食事は嗜好品のはずだが…。精霊獣になる前は、雛㮈たちと同じ食事だった訳なので、その名残りかもしれない。
結局、どちらも買って食べてみることにした。来る前にカーダルから渡された財布(中身の金は雛㮈のものであることは確認済みだ)から、たどたどしく代金を支払う。食べ歩きの技術は無いので、近くのベンチでもぐもぐと頬張る。
リト肉は、ひとつひとつの肉が大きくて、ボリューミーだ。甘ダレも美味しい。対するププリの実は、さくらんぼよりも更に小さい実で、何個かを一気に放り込むと、口の中でプチプチいって面白い食感だった。
三人で分け合いながら食べた。
「ふー。美味しかったぁ。昼は城下町名物でも食べに行くか?」
「行きたいです!」
名物! キラキラと目を輝かせる雛㮈に、ニキがケラケラ笑う。
「でも、昼まではまだまだ時間あるからなー。お姉さん、行きたいところとかある? 気になる店とかさ」
気になる店、と復唱する。個人的には、どこも気になる。という考えが顔に出ていたのだろうか。ニキはぶはっと噴き出し、いーよいーよ、と笑う。
「とりあえず、気になるとこは全部行こうぜ」
そう言い、真っ先に入ったのは、武器屋だった。ドキドキしながら、入る。買うものは無いから、冷やかしだが。
「オレ、あっち見てくる」
ニキは入るなり、メンテナンス用品を指差し、ととと、と走って行った。
雛㮈は肩にラルクを乗せながら、店内をうろうろする。壁に掛けられているのは、剣、レイピア、バトルアックス、弓矢、銃と、様々である。物によって、金額が大きく違う。杖は無いんだな、と思う。別に店があるのだろうか。
「何かお探しですか?」
「ひ! や、あの…」
店員さんは、無表情だ。表情があまり変わらないことが、別の人物を彷彿とさせる。
「あの、ごめんなさい。こういうところ、入ったことが無かったので。何かを探していた訳じゃないんです」
「そうなんですか」
会話終了、である。そのまま立ち去ってくれればいいのに、店員の青年はジ、としたまま動かない。
「あ、えっと…杖とかは置いてない、んですね」
「杖は扱ってないですね。あれは、特に人を選びますから、専門の店があります」
「そ、そうなんです、ね…」
再び会話終了。
(や、やりにくい…!)
くっ、と心の中で唸る。
どうしようー、と頭を抱える。「そんなに悩むなら離れればいいじゃろうに」とラルクがぼそりと呟いたが、雛㮈の耳には届かなかった。
「や、やっぱり、初心者の人はスタンダードなものを買っていくんですか?」
「はい」
簡潔な返答だった。
実はこの人、自分と話したくないだけなんじゃあ。ここに立っているのも、自分が怪しいから監視されているからでは。と雛㮈が疑い始めた頃、青年が思い出したように口を動かし始めた。
「すみません、自分、口下手でして」
「は…い?」
「自分としては、特に困っていないのですが、相手を困らせるらしく。店を出して、かれこれ三年になるのですが、未だに要領が分かりません」
無表情のまま、ぺこりと頭を下げられる。何か困っていそうだったので(実際は違う理由で困っていたのだが)もう少し傍についていた方がいいと、思ったらしい。分かりにくい。
疎まれたり、疑われたりしていたのではないのだ。そう思うと、自然にふにゃりと笑ってしまう。思い浮かべたのは、違う人物。あの人にも、嫌われたくないなあ、と思う。
「ありがとうございます」
「?」
「あの、お話してくださって」
「お気になさらず。仕事ですので」
生真面目な返答。
「お兄さーん、これ買いたいんだけど」
「少々お待ちを。―――失礼します」
ニキが何かを片手に声を上げた。青年は雛㮈に一礼すると、ニキの元へ向かう。
「ありがとなー」
礼を言ったニキが、「お待たせ!」と雛㮈のところへ走ってくる。「何か買いたいものあった?」と訊ねられたので、ふるふると首を振った。
「じゃ、行くか」
「はい!」
元気良く返事をして、青年に向かってお辞儀をする。彼は無表情のまま「ありがとうございました。またお越しください」と言った。どうでもよさそうな顔と声だが、きっと心の内は違うのだろうと想像すると、思わず微笑んでしまう。
「さて、次はどこに行こうか」
「もう昼でいいのではないか?」
「ラルクさん、さっき食べたばっかりですよ〜」
飽きてきたのか、ぐったりしているラルクを指先で突ついた。
「いいにおいがします」
「お姉さん、フラフラ寄っていって逸れないようにね」
「あ、は、はい!」
「あとキョロキョロしすぎてぶつからないよーに」
「気を付けます…!」
どちらが年上か、分からない光景。
見た目年齢はさておき、実年齢は結構離れているんですけどね。




