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03.俺の頑固な同僚

「カーダル!」

 医務室を離れて騎士団の棟に向かっている最中、数日ぶりに城内で見掛けた同僚の姿に、ルークは思わず声を掛けた。

 従来の仕事に加え、異界の少女の護衛も勤める彼は、多忙を極める生活を送っている。だから、最近は気軽に話すことすら躊躇われる程、ピリピリしている。

 現に自分以外は「自分から爆弾に火を付けたくないでーす」とコソコソしている。カーダルだって、そこまで見境なく怒るわけではないと思うのだが。

 しかし。

「久し振りだな、ルーク」

「…ん?」

 ルークは、微かに疑問の声を上げた。以前のようなトゲトゲしさが、なくなっている。それに、少し驚く。

「なんだよ」

 眉を寄せる彼に、いやいやなんでもない、と笑って誤魔化す。これは、出掛けている間に何かあったに違いない。

 出掛ける前に不安そうにしていた少女の顔を思い浮かべて、にこりと笑う。

「機嫌良さそうだね」

「俺が?」

 いつもの仏頂面を顰めさせる。どうやら不本意であったらしい。

「ヒナさんとは仲良くやってる?」

「………別に」

 これは、本格的に“何かあった”という気配がする。素直では無い同僚は、引き受けた時はともかくとして、最近は少女のことを意識している様子だった。同時に、それを自分自身にすら隠そうとしている節が見受けられる。

 それが故に、必要以上に素っ気ない対応をして、話し難い空気を醸し出している気がする。それを少女が怯えて、カーダルが無意識に苛立つ、という悪循環。

 抜本的な解決がされている雰囲気は無いが。

 つーん、と顔を背けているカーダルを見て、苦笑する。

「はっはっは、可愛いなー」

「はああ? どこがだよ。可愛くねぇよ。子供扱いすんな」

 ギッ、と睨まれることも気にせずに、ルークは笑う。彼よりも五つ歳上のルークにとっては、カーダルは可愛い弟みたいなものだ。

 そんな風に言うと、必ずと言っていいほど、他の団員は顔を青褪める。

「あんな鬼のような人を、年下に見れません」

 まあ確かに、多少、気性は荒いが。

「それに、立場的に…そんな不遜な」

「あー」

 確かに、自分ほど図太くないと、話し掛けるにも気を遣うものか。ルークはカーダルの肩書きを思い出し、苦笑する。その肩書きは、彼が一人で生きるための助けになっているところもあるだろうが、同時に足枷にもなっているのだろう。

 異界の少女は、きっと知らない。カーダルが、何を背負っているのかを。

 もし知ったらどうなるだろう。

「…おい、ルーク? お前、どうしたんだ。急に笑ったり黙ったり、なんかおかしいぞ」

 ああ、自分はそんな不審だったか。ルークは自分の記憶を掘り返し、確かにおかしかったかもしれない、と思う。

「ごめんごめん、ボーッとしてた」

「お前がか? 珍しいな。体調でも悪いのか」

 途端に心配そうな顔に変わる彼は、やはりなんだかんだいって優しい人間だ。

 できることなら。

 彼女には知って欲しくない、というのが、自分の紛れもない本音だ。距離をおかずに、“カーダル”と接して欲しい。そういう人間が、彼の傍にいて欲しい。ただ、彼自身の気性に怯え、怖がりながら、望んで欲しい。

「俺は体調は、割といいよ。大丈夫。カーダルこそ平気なのかい? 戻って来てから、しっかり休んだ?」

「…まあ、それなりにな」

 これは休んでいないな。

「この機会に、休みを取りなよ。ヒナさんも長期休暇に入るんでしょ?」

「あいつが?」

 カーダルはまだこの情報を知らなかったようだ。微かに目を開いているが、それ以上は興味が無いと言うように、必死に平静を装っているところが笑える。

「一緒に出掛ければいい」

「なんで俺が」

「だってヒナさんを一人で家から出す訳にはいかないでしょ?」

「………今は別の護衛がいる」

 それは、初耳だ。不貞腐れたような顔のカーダルに、これは彼が雇った訳では無いのだな、と悟る。それにしても、分かりやすい。何故本人もあの少女も気付かないのだろう。

「でも、自分がついてた方が安心、でしょ?」

 一緒に出掛けたいと思ってるんじゃない? とは訊かずに、言い訳を与えてやる。カーダルは無意識にソレに気付いているのだろう、視線を泳がせて落ち着かない様子だ。

「それにヒナさん、あんまり外出をしてないんでしょ。たまには遊びに連れ出してあげたら?」

「遊びって、言われても…」

 カーダル自身がストイックすぎて、遊ぶということをあまりしないおかげで、何をしていいのか分からないのだろう。

 ぽん、と手を打つ。いいものがあった。ポケットからチケットを一枚取り出した。

「じゃーん! 王立動物園のペアチケット。前に貰ったんだけど、一緒に行く相手もいないし、期限も近いんだ。俺は行けそうもないから、貰ってくれるとありがたい」

「は? 動物園? 俺が、あいつと?」

「そう。カーダルが、ヒナさんと」

 からかうように繰り返して、くすくす笑う。「使わなくても文句なんて言わないから、とりあえず貰っておいて」と無理に握らせる。戸惑い顏のカーダルは、どうしたらいのかわからない、と言わんばかりに、チケットを握る自分の手を見ている。

「あ、そうだ。ヒナさんを迎えに行くところだよね?」

「ああ」

「彼女、多分今、医務室だと思うよ」

 一拍おいてから、カーダルが低く呟く。

「…医務室?」

 ほら、やっぱり心配そうだ。慌てて誤解を解く。

「そ。アイレイス様の付き添いで」

「魔法団長様がどうかしたのか」

「過労で倒れた、らしいね」

「…へえ」

 カーダルの瞳が細められる。こういう時のカーダルは、集中して考えを巡らせている時だ。ルークはその隙に、すすす、とその場を離れた。

「じゃ、そういうことで、よろしく」

「………は!? おいちょっと待てこれは!」

「しっかり休めよー」

 ヒラヒラと手を振りながら、チケットを突き出すカーダルに笑い掛ける。後で会った時に、もしかしたら機嫌を損ねているかもしれないが、気にしない。

 どうしても素直にならない彼への、ルークからの最大限のエールのつもりだ。今はまだ狭い世界で生きている少女だが、今後もそのままである保証はどこにもない。羽ばたいていく時がいずれ来るだろう。その時に、しっかりお互いを認められていればいい。

 そう、願った。




「え? なんだかんだで楽しんでいるんじゃないかって? いやいやいや、誤解だよ。誤解、誤解。はっはっは!」


 誤解かどうかは少し怪しいルークさん。

 彼なりに、カーダルさんを心配しているのは本当ですよ!

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