表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/100

02.休暇の始まり 後編

 こんなに、城は静かだっただろうか。

 ぼんやりした頭で、考える。

 窓からは、木漏れ日が入り、こんな時でなければ心穏やかにいられただろう。今の雛㮈は、膝の上で手を握り締め、医務室の扉をジッと見つめることで精一杯だ。

 時が経つのが、やたらと長く感じる。

 ガチャ、と音がした。慌てて立ち上がる。中から出てきたのは、駆け付けてくれた医師だった。

「あの…!」

「ああ、きみは…アイレイス殿と一緒にいた…」

 医師の方は、雛㮈を憶えていたらしい。ぽむ、と手を打つと、彼女の容体を教えてくれた。

「ま、なんというか、あれだね、…過労、というやつかな」

「過労…」

「うん、まあ、そうだね。だからまあ、しばらくしたら、うん、起きると思うから、うん」

 うんうん、うんうんと言いながら、医師はにっこり笑った。不思議とその笑顔に、心が落ち着いていく。強張っていた身体から、不必要な力が抜けていく。

「もう入っても大丈夫だから、うん、起きるまで傍にいてあげてくれるかな」

「は、はい!」

「僕は外にいるから、何かあれば呼んでね」

 医師の後ろから、ルークもひょっこりと顔を出し、にこりと笑う。段々と落ち着いてきた雛㮈は、ようやく笑顔を浮かべることができた。

 中に入ると、白いベッドに寝かされたアイレイスがいた。

 透き通るような金の髪が、ベッドを飾っている。疲れが溜まっていた所為なのだろうか、血色はあまり良くない。いつもは瑞々しい唇も、今日はどこか、青かった。

「過労って」

 椅子に座りながら、眉尻を下げる。

「無理しすぎですよー」

 本当に心配したんですから、と唇を尖らせた。

 それから、どれだけ経っただろうか。ただぼんやり過ぎるだけの時。

「ぅ、ん………」

「アイレイスさん?」

 人形のようだったその顔が、歪められる。それすら、彼女が無事な証に思えて、嬉しくなる。

「目、覚めました?」

「…ええ。ここは…医務室、かしら」

「そうですよ! 急に倒れて、本当に心配したんですから! あ、待ってください。お医者さん呼びますから」

 ぱたぱたと扉の向こうに駆けていく雛㮈を見送って、アイレイスは、手を顔の前に掲げた。少し寒い気がするが、他には何の変哲もない身体。彼女は、自身の指先をただ見つめた。

 医師を呼んで戻ってきた雛㮈は、「迷惑を掛けたわね」と声を掛けられた。素直な言葉を聞き、意外だなと思って、笑う。

「なんですの」

「や、なんでもないですよ!」

 慌てて取り繕ってから、「でもなんともなくて良かったです」と破顔する。

「あ、過労は良くないですけどね! 無理しすぎゃ駄目ですよ!」

 腰に手を当てて、怒ったような顔をする。

「分かっているわよ」

 にーっこり、とアイレイスは笑った。本当だろうか。怒らずに笑うあたりで、裏がありそうで怖い。彼女はチラリと外を見た。

「さあ、もうそろそろ堅物騎士が迎えに来る頃じゃないかしら」

「でも…」

「さっさと行きなさいな」

 アイレイスからは、拒絶の意思が見られた。これ以上、踏み込んでくれるな、と。それは致し方ないことだと思いながらも、寂しくなる。

 ふ、と息を吐いてから立ち上がる。

「お大事になさってくださいね。早く元気になって、こき使ってください」

「言いましたわね。その言葉、あたくし、忘れませんわよ」

 ふふふ、とアイレイスは笑う。仕方なさそうに、雛㮈も笑う。

 医師が部屋に入ってきた。彼はにこっと笑うと、雛㮈に会釈をする。それからアイレイスに向き直った。

「また貴女は無理をなさる」

 どうやら、アイレイスとは知り合いのようだった。それから、頭痛はするか、など診察を始める。手持ち無沙汰となった雛㮈は、そのまま下がり、部屋の扉に手をかける。

「よい休日を」

 背後からアイレイスの声がした。肩越しに振り返り、微笑む。

「はい。ゆっくり休みます」


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「アイレイス殿、もうそろそろ、ご療養をね、うん、した方がいいんじゃないかな、うん」

「不要ですわ」

 異界の少女が去った瞬間に、顔を歪めて頭に手を当てた。ふう、と吐かれる息は、少し辛そうだ。

「あたくしには、休んでいる時間なんて無いのよ…」

 すう、と細められた瞳には、確かな決意が見えた。




「うん、あれだね、なんというか、君も相当頑固者だね。まあ、うん、分かってたことだけどね」

「…喧嘩を売ってますの?」


 うんうん、うんうん、と笑いながらのお医者様攻撃。

 アイレイスさんはイライラしている!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ