11.逆上せそうです 後編
ふー、と息を吐き、火照った頬を扇ぎながら、部屋から出る。
ちょうど同じくらいのタイミングで出たのか、部屋の前でカーダルとばったり出くわした。旅装束から軽装に着替え、寛いだ格好をしているので、普段とは受ける印象が異なる。
眠たげな表情の所為なのか、いつもよりもリラックスしているように見えた。
というか。
「髪、乾いてないですよ!?」
短い髪の先から、ポタポタと落ちている水滴を見て、慌てて手に持っていたタオルをばさりとかける。
「…放っておいても平気だ」
「風邪ひきますって!」
「そんな柔じゃない」
そういう問題でも、無い。
問答無用とばかりに、雛㮈はガシガシと頭を拭く。カーダルは眠くて抵抗する気力も無いのか、珍しくされるがままになっている。
拭いて拭いて拭きまくった結果、ようやく満足ができる域に達した。「あー」とか意味不明な言葉を使っているカーダルは、へなりと笑い、「ありがと」といつもより砕けた、子供っぽい言動をした。
「か、かーだるさん?」
「んー?」
明らかに平時ではあり得ない口調で、カーダルは笑顔を振りまいている。なにこれ。そして先程よりも更に眠そうだ。
(どうしよう、逃げていいかな…!?)
ぶっちゃけ、怖いです。
がくがくと震える雛㮈は、そのままそっと距離を取ろうとした。そう、取ろうとしたのだ。半歩下がった瞬間に、がっしりと肩を掴まれて、それ以上下がれなくなったけれど。ひい、と思わず悲鳴を上げたのが、彼に聞こえていないことを願う。
「………」
「………」
「………………」
「………あのう?」
人の肩を掴んだまま微動だにしないカーダルに、雛㮈は恐る恐る話し掛ける。ずるずると落ちた彼の頭が、雛㮈の肩に乗った。
耳元で、切なげに、それなのに幸せそうに囁く声。
「リリィ…」
「へ?」
リリィこと、リリーシュは、彼の妹だ。今は、光眠り病の回復を待っている、寝たきりの女の子。雛㮈がこの世界に来てからの、初めての友人。
彼女と、自分を、間違えていたのか。
考えてみれば、そうでも無い限り、あんなことを自分にしたりしないだろう。雛㮈は、危うく勘違いしそうになった自分を戒めた。
大切に思ってもらっている、と。
そんな風に思うなんて、おこがましいことだ。
護る対象であることは確かだが、護りたい対象ではないと、理解している。
でも。
「…髪の色も、目の色も、性格も、体格も、年齢も。何もかも違うのに、なんで間違えるんですかー」
少しくらい、恨み言を言いたくなる。
期待、してしまったではないか。
「あ、まさか…」
これまでの頭を撫でたり、密林で……したりした、あれらも、リリーシュと重ねていたのだろうか。いや後者に関しては、まさか、と思う気持ちがある。それとも、実はこの国はそういったことに関して開放的なのだろうか。
思考はぐるぐる回ったまま、彼の身体を退かすこともできず、はー、とため息を吐く。
「…え、何この状況。何してんの?」
遅れて風呂から出てきたニキが、心底驚いている声を発するまで、雛㮈はその場から少しも動けずにいた。
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「それでは、フェルディナンさんが目覚めましたら、よろしくお伝えください」
猫を被ったカーダルが、しかしそれでもにこやかとは言い難い、むしろ真顔の状態で、別れの挨拶を述べた。
「ありがとうございます。道中、お気をつけくださいませ」
執事が恭しく頭を下げた。執事に見送られながら、フェルディナンの屋敷を後にする。
一晩休んだお陰で、どうにか体力は回復できた。昨日は寝ぼけていたカーダルも、今日はしっかりしている。
街を抜けると、ラルクがチラッと雛㮈を見た。
「ヒナの足では辛い道じゃろう。我の背中に乗っていくかのう?」
なんだかんだで、馬に乗る練習は一切できていない。「あ、じゃあ」と答えようとしたところ、横から腰を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
「お前はこっち」
軽々と馬に跨ったカーダルは、ぽかんとしている雛㮈を馬上から引っ張り上げる。
「…ふーん?」
ニヤニヤ笑うニキを、カーダルが睨んだ。
「なんだ?」
「べっつにー。大事にしてるなあ、って思っただけだよー」
「―――そんなの、あり得ないです!」
雛㮈は、反射的に叫んだ。
叫んでから、他の三人が面食らった顔をしていることに気付き、気まずくなって顔を俯かせる。
「あ…えっと、そういうのじゃなくて、あの…そう、乗馬の練習を…」
振り切るように顔を上げ、笑った。
「ほら! 私、一人で馬に乗れるようにならなくちゃですし!」
頑張ります、と握り拳を作ってから、ふらふらと危なげに、馬に足を回そうとする。グラリと傾いて、流石に危ないと判断したカーダルが、雛㮈の身体を支える。一回目程ではないにせよ、まだまだ危なっかしい様子に、カーダルがため息を吐いた。
「確かに、練習が必要だな」
「…はい!」
へにゃり、と雛㮈は背中の温もりを感じ、笑った。
「人の在り方はそれぞれじゃからのぅ」
「…まー、お姉さんがいいなら、いいけどさー」
とことこと、自分の足で歩いている二人も、仕方がなさそうに笑った。
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パチリ、と目を覚ます。
今はいつだ。どことなく“現実”に焦点の合っていない頭を振りながら、身体を起こす。
自分は何をするべきか。
その答えは理解っていた。
ガチャリ、と音がした。ゆるゆると、そちらに目線をやる。
驚いている、久しい顔。
「やあ、久々だね」
「…お久しぶりでございます、フェルディナン様」
執事は、頭を上げる頃には、平常通りの表情に戻っていた。
「なんだい、反応が薄くてツマラナイな」
文句を零すと、「当然でございます」と彼は言った。
「必ずお戻りになると、ずっと思っておりました。それが、今、そうなったという、ただそれだけのことですから」
その噛みしめるような言葉に。
ある少女の言葉を思い出す。
「…僕様が起きる理由が、こんなにも身近にあったとはね」
「何か仰いましたか?」
「いや、別に何も」
クスリと笑いながら、身体を起こす。ひどく重いのは、それほど長い間この身体を動かしていなかったからか。ふらつく身体を支えようとするが、腕も使っていなかったのだ、上手くいかない。執事である男が、さり気なく手を貸した。
「伝えなくてはいけないんだ」
「どなたにですか」
問われ、フェルディナンは答えた。
「僕様が仕える、王へ」
前を向く。
「彼は、ファンクスは、生きている。“あの時”、死んでなどいなかった」
顔を隠していたって分かる。カーダルの母とも長い付き合いだが、彼とも付き合いは長いのだ。
それならば。それが、真実であるのならば。
「―――精霊王との契約は、まだ続いているのかもしれない」
“我が友”は、長い年月を経てもなお、まだ何かを願っているのかもしれないのだ。
これにて、第四章は閉幕です。
ようやっと、お互いに意識したり、それを素直に表に出すようになってきた…か、しら。どきどき。
四品目、楽しんで頂けたら、とても嬉しく思います!
次回は、ちょっとした箸休め?に、裏レシピをご紹介!
拙い小説ですが、どうぞ最後までお付き合い頂ければ幸いです♪




