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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ4.迷宮の魔法使い
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09.説得します 後編

「―――それは、違います!」

 雛㮈の力強い否定に、フェルディナンは皮肉げに笑う。君に何が分かるんだい、と。その視線を受け止め、見つめ返す。

「たとえ貴方にとっての世界に価値が無くても、貴方がいること自体は、価値があるんです」

 す、と息を吸う。雛㮈にとっても、ここは引けないのだ。未だ戻らないカーダルを想う。

「アイレイスさんは、貴方に目覚めて欲しいと願いました。光眠り病の治療法を見つけるためには、貴方の力が必要だと、彼女は思っています。―――それに、カーダルさんだって、ご両親を知る貴方がいることは、光になるはずです」

「…それは、“僕様が”目覚めたいと思う理由には、ならないんじゃないかな?」

「貴方が戻る“理由(必要)”にはなります」

「…そこに僕様の意思は関係ないと言いたいわけか」

 その嫌味に、雛㮈は満面の笑みで「はい!」と答えた。あまりに真っ直ぐに肯定されて、フェルディナンの顔が引き攣る。言い訳のひとつやふたつ、飛んでくるかと思っていたら、アテが外れたのだ。

「いい性格してるね、君」

「?」

「天然!? 嫌な天然だな!」

 珍しく、フェルディナンがツッコミを入れた。ああ嫌だ嫌だ、と嘆くフェルディナンを、雛㮈が不思議そうに見つめる。

「でも、フェルディナンさん」

 もうひとつだけ、と雛㮈は言った。

「フェルディナンさんは、カーダルさんのご両親がいない世界に価値は無いって仰いましたけど…そんなこと、無いと思います」

「それはまた。テンプレ的な説得に戻ったねえー」

 小娘にツッコミを入れてしまったことが恥ずかしいのか、誤魔化すようにペラペラと本を捲りながら、フェルディナンは気のない返事をする。

「だって、フェルディナンさん、カーダルさんのこと大好きですよね」

「…うん?」

「ご両親のこと、本人に訊くのが一番確実なのに、わざわざいなくなったところで、私に訊きました。思い出させることで、痛い想いをさせたくなかったんじゃないかな………って、私は、思うんです、けど!」

 途中でアタフタと両手を上下左右に振りながら、言う。「ごめんなさい偉そうな口きいてごめんなさい!」とあまりに今更な謝罪に、フェルディナンはポカンとした。次第にその上半身が前に倒れ、終いには腹を抱えて笑うに至った。

「あーはっはっは! そうか、そうか! 僕様ってば、そんなにカーダル君を愛していたか! それは気付かなかった! はっはっは!」

「気色悪いこと叫ぶな、おい」

 隣の扉から、糸塗れになったカーダルが、重い身体を引き摺りながら出てきた。途中で防御魔法が切れたらしい。鬱陶しそうに、髪にベタリとついた糸を腕で払っている。粘着性故、それも上手くいっていないようだが。

 同じく糸によってぐるぐる巻きにされたニキとラルクを、片手で引き摺っている。ラルクは雛㮈を背に乗せる時の大きな姿ではなく、大型犬ほどの大きさに変わっている。

「いやいや! 誤解だよ! 僕様が作った流れじゃない! はははっ! こいつはいい! 面白いじゃないか!」

 ひとしきり大笑いした後、フェルディナンはニヤリとした。

「いいだろう。僕様は戻るよ。そうだね、“君の言う通り”、空論を並び立てるだけのこの世界には、退屈していたんだ。―――さあ、そうと決まれば、さっさと戻してくれたまえ。僕様は忙しいのでね、やることがたくさんあるのだよ」

 ドスン、と椅子に座り、ふんぞり返る姿は、王様のようだ。アイレイスとも通ずる部分がある、と雛㮈は少し失礼なことを考えた。事情が分かっていない他の三人は、「急に何言い出したこいつ」という目で彼を見ている。無論、本人はその視線を一切気にしていない。

「あー、えっと、ではその、始めますねー」

 まだー? ねえ、まだー? と待っている精霊を呼び寄せ、魔力を注ぐ。きゃあきゃあと笑いながら、雛㮈の周囲を飛び回る精霊たち。風が起こる。雛㮈を中心に。暖かい風。精霊の姿が見えずとも、それは神秘的な光景だった。

 最後に一度、ふわ、と見守る者たちの頬を撫でると、雛㮈の周りを囲んでいた独特の空気も消える。

「終わりました! もうすぐ戻る気配がするので、私の周りに…って、糸だらけ!」

 約2名は、自分の意思で動けない。仕方が無いとばかりにため息を吐いたカーダルは、ニキを片手で持ち上げ、もう片方の手で、ニキよりも小さい糸の塊となっているラルクを雛㮈に持たせると、そのまま雛㮈を抱き込む。

 いつもとは違う体勢に身を固まらせる雛㮈を見て、フェルディナンが笑った。

 彼は椅子から立ち上がると、雛㮈の前に立った。

「君の名は?」

「あ、と、雛㮈です」

「ヒナ君ね」

 フェルディナンはにこりと笑うと、一切迷うこと無く、耳元に顔を近付けた。

「ヒナ君、君は僕様が彼の光になるのだと言ったけれど、それは違うよ。僕様は過去を共に語れはするが、彼の隣に並び、未来を共に歩むことはできない。僕様は、彼に必要な光は―――」

 ―――君であれば、いいと思う。

 優しく囁くと、フェルディナンは雛㮈の頬に軽い口付けを落とした。リップ音を立て、す、と離れる。

「お前…っ」

「はっはっは! 心が狭い男は嫌われるよ、カーダル君!」

「なっ、誰が…!」

 ぽん、と。

 フェルディナンは、カーダルの頭に手を置き、ぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「―――本当に、大きくなったものだ」

 その時の彼の表情を見ることは叶わず、気付いた時には、フェルディナンの自室に戻っていた。

「………っ、と」

 くらり、と目眩がしたのは、魔力を急に大量に消費したからだろう。倒れなかったのは、訓練の成果と、カーダルの腕による支えのお陰だ。

 前に切った髪が戻らなかったことと同じ理由だろう、振り向いた先にいたカーダルも、ニキも、それから自身の腕にいるラルクも、糸に塗れたままだ。

「執事さんを呼んで、お風呂をお借りしましょう」

 この状態で歩き回るのは、通った場所を汚すのと等しい。かくいう雛㮈も密林を歩き回った為、ところどころ汚れている。他の三人程では無いので、雛㮈が執事を探しにいくことになった。

 腰に巻きついていた腕が離れる。それは別に不思議なことではないのに、不意に、残念だな、と感じた。

(………。いやいやいや、残念、じゃ、 ないよ、自分!)

 妙な思考回路に入り込んだ自分を叱咤するように、頭をゴンゴン打ち付ける。

「…何を、してる?」

 雛㮈の突然の奇行に、若干引き気味のカーダルが控えめに訊ねた。

「あ、や! せ、精神統一を!」

「…頭を打つのが?」

「頭を打つことで、余計な思考を吹き飛ばすんですよ!」

「………ふうん」

 イマイチ納得していなさそうな(当然だ。逆の立場なら雛㮈だって納得しない)カーダルの前で、愛想笑いをして、雛㮈はパタパタと走って部屋を出た。




『いい加減にしなさい!』

 蘇る声があった。フェルディナンは、静かに目を瞑る。

 思い出されるのは、自分がよく訪れた、あの屋敷。

『貴方ね、仕事はどうしたのよ』

『僕様がやらなくても、誰かがやるさ』

『あのねえ…あ・な・た・の! 仕事なの! 貴方がやった方がいいと、やるべきだと、判断されたんだから!』

『違うね。()は僕様が嫌がる仕事をわざわざ回してるのさー。まったく、やんなっちゃうね!』

『嫌になってるのは、彼の方よ…』

 彼女は、仕方がなさそうにため息を吐いた。

「ララ…」

 返事は、当然のように無い。この先も、一生、無いのだ。

 それでも、進むと決めた。だが。

「これが彼が僕様に与えた最後の仕事なら、彼は何を望んでいるのだろうね…」


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 さてさて、四章も終盤を迎えつつあります。どうぞ最後まで、お付き合い頂ければと思います。


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