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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ4.迷宮の魔法使い
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08.説得します 前編

 殺伐とした空気が、二人の間に漂っている。カーダルは、捕虜に対する時のように、フェルディナンを扱っている。剣を収める気は無いようだ。

 雛㮈はどうしたものかと悩み、とりあえずは、フェルディナンのご機嫌を取ってみることにした。

「えええっと、お二人はその、仲良しなのですね」

 少なくとも、なんだかんだいっても、そうは見える。カーダルは心を許していなければ、きっとこんな戯れ(?)すらしないだろう。

 たとえ、言葉を受け、心底嫌そうな顔をしようと。

 対照的に、フェルディナンの顔はパアッと輝く。

「そうなんだよ! 分かっているね、君! それでこそ我がカーダル君の想いび―――」

「喉をかっ斬られたいか」

「おー。黙ります、今すぐに」

 見間違いじゃなければ、剣先が、確実に喉に当たっているように見える。

 より悪化させてしまったか…?

 雛㮈はだらだらと冷や汗を流した。

 しかし、フェルディナンは強かった。つい先程、黙る、と言ったことなど忘れたように、明るい顔でペラペラと喋り始める。

「しかしだね、僕様にも言い訳をさせておくれ! 君たちはあの遺跡をあまり苦労も無く抜けてしまって、僕様としては非常に、誠に、この上なく残念なのだけれどもね、あれは別に僕様の実力不足というわけでもないのだよ! 魔力不足で多くの仕掛けやルートを撤去せざるを得なかったんだよ! この苦しみ、挫折が君には分かるかい? ああ、我が子のように可愛い僕様の道具たちが………!」

 よくもまあ、口が回るものだ。

 カーダルは、冷ややかな目で彼を見て、「お前は魔力が多少不足している方が、周りの被害が減るんだな。よーく分かった」と吐き捨てた。

「まっさか。娯楽を提供しているのだよ。それを被害だなんて」

「主にはお前の娯楽だろうが」

 その言葉に、フェルディナンは何も答えなかった。

「そうだ、カーダル君。君の連れだという獣も、ここに来たんだけどね」

「ニキさんとラルクさんですね!」

「…ああ、そんな名前だったかな」

 こてん、とフェルディナンは小首を傾げた。憶えていない様子だった。特に興味が無いのか、パラパラと手元の本を捲りながら、続ける。

「君が来るまで待ちたいと言ったから、隣の部屋に放り込んでおいたんだけど」

「…隣の部屋は、何がいる?」

「んん、なんだったっけなあ」

 チッ、と舌打ちしたカーダルは、斬る対象をフェルディナンから外すと、隣に続く扉を蹴り破った。

 直後に防御魔法を扉とカーダルに張ったのは、咄嗟の判断だった。ビュッと飛び出てきた白く粘着性のあるものが、防御の壁に当たる。

「ほおう」

 フェルディナンが、“初めて”雛㮈に目をやった。

「なかなかのモンだね、君」

「…ありがとう、ございます?」

 褒められたのだろう、と辛うじて判断して礼を返す。それから再びフェルディナンから視線を外し、隣の部屋に続く扉を見やった。

「カーダルさん」

「…大蜘蛛の糸だな」

 じろ、とフェルディナンを見据え、なんてものを飼ってやがる、という顔をする。フェルディナンはといえば、いやん照れちゃう、と言わんばかりにテヘッと笑っている。温度差が激しい。

「防御魔法の対象を俺にできるか?」

「はい、任せてください!」

 初めてカーダルから、何かしらを頼まれた気がする。気分が高揚した状態で、カーダルに対して魔法を掛ける。調子に乗って、攻撃力と移動速度向上の補助魔法も付与した。…繰り返すようだが、調子に乗っていたのだ。

 掛けられた本人も、自身の変化に気付いたらしい。不思議そうに剣を一振りしたが、まあいい、と思ったのか、隣の部屋へ乱入した。

 ギーッ、やらなんやらの叫び声。

 大蜘蛛というのは、どのくらい大きな蜘蛛なのか、扉から垣間見た脚は、少なく見積もっても雛㮈の身長以上はあるように思う。蜘蛛を特別怖がる性格ではなかったが、アレは流石に…見たくない。

 ここはカーダルに任せよう。そうしよう。うん。

『あ、ひなだー』

『ほんとだ、ひなだー』

 ぽぽんっ、と精霊が現れた。やはりと言うべきか、心の主(魔力の供給源)の近くにいたらしい。

「こんにちは、精霊さん。あなたたちに用があったんだけど、二匹で全員?」

『違うよー』

『もっといるよー』

『ひなは、みんなと会いたい?』

『ひなが会いたいなら連れてくる』

『みんなもひなに会いたいもの』

 二匹は歌うように言って、その場でくるくると回り始めた。すると、ぽんぽんと精霊が出現する。あの動きは、仲間を呼ぶ動きなのだろうか。

 集まったのは、結構な数だった。

「君は、精霊使いなのか」

 フェルディナンには見えていないのか、視線は精霊がいるであろう方向をふわふわ動いている。

「はい。あなたの中にいる精霊に魔力を与えるために来ました」

「ああ、僕様を目覚めさせたい訳か」

 ふむ、と頷く。彼自身、“魔力不足”だと自覚しているようだった。起きられない理由も、大体分かっているのだろう。

「…時に、ご令嬢」

 はい、と返事をして向き直り、目を見開く。唯我独尊を地で行くようなふてぶてしい表情はなりを潜め、ただ虚空を見つめるかのような、感情の抜け落ちた表情を、フェルディナンはしていた。

「ララは…カーダルのご両親は、ご存命かな?」

「…いえ、五年前に、亡くなった、と」

「………そう」

 空耳で無ければ、ポツリ、と。「それなら、起きる理由が無いな」という呟きが、聞こえた気がした。それが気のせいではないことを示すように、フェルディナンは続ける。

「ここでの暮らしは悪くないしね。罠に引っ掛かってくれる人はいないが、考えるだけでも楽しいことだ。何も不自由は無い訳だし、無理に僕様が起きる理由は無いと思わないかい?」

「…フェルディナンさんは、先程、ご自分の遺跡すら保てない、と仰いました。その状態では、“考える”こともままならないのでは。それに、私たちをもう一度入り口に戻したいと思う程、退屈しているようにも…」

 控えめに意見してみると、フェルディナンは雛㮈を一瞥した。

「でも僕様はね」

「フェルディナンさんは、カーダルさんのご両親が好きだったんですか?」

 言葉を遮って被せると、多少面食らったような顔をされた。視線を泳がせると、「…そうだね、僕様にとって、非常に大事な人だよ」と答えがあった。

「彼らがいない世界なんて、僕様にとって、なんの価値も無い。だから戻る必要が無い」




 ちなみに、雛㮈さんの目測通り、大蜘蛛さんは本当に大きいです。

 脚の長さはおそらく雛㮈さんの2倍。高さは1.5倍。

 本体も、多分雛㮈さん一人なら丸呑みにできる程度には大きいです。

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