07.ようやく見つけました
「ほら」
ザッ、と草を掻き分けたところに、重々しい鉄の扉があった。密林とはミスマッチな割に、草に隠れて全く分からない。
「お、おお…!」
気まずかった空気を忘れ、雛㮈は目を輝かせた。ぱちぱちぱち、と小さく手を叩く。
「カーダルさんすごいですっ!」
「あ〜…」
カーダルは、自分の髪を掻き揚げた。照れている、というよりかは、鬱陶しいと思っている様子だ。
「まあ、経験則的に…」
「そう、なんですか…」
どんな経験だろうか。気になったが、ヤブヘビだろうと感づき訊かなかった。
「これで終いだといいんだけどな」
やれやれ、と呟きながら、カーダルは鉄の扉を蹴り開けた。何を、と顔を青褪める雛㮈に、「こっちの方が安全だ」と持論を展開する。
扉の向こうは、城の中のようだった。
「洞窟に、密林に、城内…もはやこれは、遺跡ではないような」
「今更だな」
一歩踏み出そうとした雛㮈を、カーダルが腕で妨害して止める。
「?」
不思議そうに見上げた雛㮈には注意を払わず、カーダルは、密林側の蔦をブチリと千切ると、扉の向こうへ放り込んだ。
―――ヒュンッ………トス
雛㮈たちの前を、とても勢いのある弓が、通り過ぎた。
「へ!?」
「昔よくやられた手だ…」
「カーダルさんは、どんな幼少時代をお過ごしだったんです…?」
下手したら、死んでいる。上手くいっても、生傷が絶えないだろう。さて、と一歩踏み出そうとすると、また止められる。蔦投入。弓矢再び。
「え、これリターンズあるんですか?」
「ある。だから、“もしかしたら”を考えるよりも先に、安全だと思うまでは、出ない」
三回連続で蔦を投入しても大丈夫になった頃に、ようやく密林から城内へと移動した。赤い絨毯に、緑の蔦が散乱している。変な光景だ、と思いながら、辺りを見回す。
「王都のお城みたいです」
「そうだな。そうなんだろ」
カーダルは短く答え、迷いなく歩き始めた。
「えっと、次の扉を探しますか?」
「いや、おそらくここが終着だ。あとは、アレの部屋だった場所を目指す」
「部屋?」
隣に並んだ雛㮈を一瞥してから、カーダルは首肯した。
「五年前、アレが王宮魔法使いだった時の部屋だ」
窓から差し込んでいた光が、一気に傾く。時が早く進んで行く。そこで雛㮈はようやく、“ここ”が“本人が構成する世界”であることを、再認識した。
心の主が昼がいいと願えば昼に、夜がいいと願えば夜に。すぐに反転する。太陽が勢いよく沈み、夜に差し変わった頃に、早送りモードは終了した。
夜の城はとても静かで、どことなく不気味だ。カン、カン、と二人分の靴の音が響き渡る。言葉を発していい雰囲気でもなく、雛㮈はひたすらカーダルに付き従った。
「ここだ」
扉の隙間から、光が漏れ出ている。
「フェルディナン」
カーダルが、扉の向こうへ声を掛ける。
「いるんだろ? 開けるぞ」
一言断りを入れると、返事を待たずに扉に手を掛ける。もう片方の手で、剣の柄を握りながら。
案の定というべきか、扉を開けた瞬間にヒュッと飛んできた投擲物を斬り落とし、不機嫌そうな色を浮かべた碧眼を、部屋の奥へ向ける。
「はーっはっはっは! 流石は僕様の一番弟子! そうでなくては! こうでなくては!」
やけにテンションの高い声が、部屋の奥からやってきた。雛㮈が、ちらりと部屋を覗く。まるでアイレイスの部屋を彷彿とさせる内装だった。奥には、前髪を掻きあげながら笑う一人の男性。
綺麗に靡く茶色の長い髪。寝ている時とは違い、後ろでくるりと巻いてある。赤紫の瞳は、現在爛々と輝いていた。王宮魔法使いの制服を纏い、高笑いする彼こそが、フェルディナンなのだろう。カーダルの冷たい視線が突き刺さっているが、気にしている様子は無い。
「一番、弟子? 弟子だったんですか?」
「アレが師匠だと?」
ふざけるな、と言わんばかりの眼光にさらされ、思わず「ごめんなさい! 勘違いです!」と謝った。トバッチリを受けた気分だ。
「いやいや、そちらのご令嬢、勘違いなどではないよ。僕様ことフェルディナンは、カーダル君を弟子と認めているのだからね!」
「黙れ。俺が認めていないんだよ」
何が彼の神経を逆撫でしているのか、フェルディナンが口を開くたびに、カーダルの機嫌が降下していく。
「なんだい、なんだというんだい。小さい頃はもっと素直で可愛げがあったというのに。フェルおにいたま、なぁんて言って後ろをくっついてきたじゃないか」
「…上等だ。今すぐにその口、利けないようにしてやる…」
否定しない、ということは、真実ではあるのだろうか。そういえば、カーダルの母とも知り合いだと言っていた。ならば、幼い頃のカーダルも知っているのだろう。
とてとてと歩く小さなカーダルを想像してみるが、上手くイメージできない。今の雛㮈の中にあるカーダルの顔が、仏頂面ばかりだからだろうか。
「傷心の僕様に向かって、その言い方は無いんじゃないかい、カーダル君!」
嘆かわしい、いつからそんなに捻くれてしまったのか。と目元にハンカチを当てながら泣き真似をするフェルディナンに、カーダルは「傷心だ?」と冷ややかな目を向ける。
「そうだよ! 僕様会心の作品であるあの遺跡を、こんな短時間で攻略されてしまうなんて。僕様がどれだけ悲しいか! まだまだ使われていないルートもたくさんあるんだ。どうせならもう一度入り口からやってみないかい?」
「御免被る」
にべもない返答に、そんなああああ、とフェルディナンが絶望の淵で絶叫する。
「全く、つれないね! さっきは随分と美味しい思いをしたみたいなのに…」
「なっ…」
ピタ、とカーダルの動きが止まった。
「その点、僕様に少しくらい感謝してもいいんじゃない?」
「………お前」
お前じゃなくてフェルお兄様がいいー、とぷくりと頬を膨らませる三十代男性を完全にスルーして、カーダルは据わった目で彼を見た。
「どこから、どこまでを、見てた?」
「ん? 大体全部だね。なにせほら、ここは僕様の世界なのだよ?」
ケタケタと笑いながら言うフェルディナンに、それなら初めから出てきてくれればいいのに、と雛㮈は心の片隅で思う。もっとも、そんな性格であったなら、アイレイスもカーダルもここまで警戒しなかったのだろうが。
「………今すぐ、忘れろ」
地を這うような低い声も、フェルディナンにとっては可愛らしい声に変換されるらしい。「そんな恥ずかしそうな声出さなくても〜」と能天気に笑っている。
「いや〜、それにしても、カーダル君も“大人”になったんだねえ、“大人”に。大人なんだから、舐めちゃ駄―――」
チャキ、と。
フェルディナンの首元スレスレのところに、鋭い剣先が在る。流石のフェルディナンも、笑いを引っ込めて両手を上げている。
「ハハ、僕様、ナニモミテナイヨー」
保身に走ったようだった。
「なんなのだねー。ちょっとした冗談じゃないかあー。ぶーぶー」
「………………」
チャキッ
「あ、ごめんなさい。調子乗りました、ハイ」
カーダルさんの目は、結構真剣です。




