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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ4.迷宮の魔法使い
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07.ようやく見つけました

「ほら」

 ザッ、と草を掻き分けたところに、重々しい鉄の扉があった。密林とはミスマッチな割に、草に隠れて全く分からない。

「お、おお…!」

 気まずかった空気を忘れ、雛㮈は目を輝かせた。ぱちぱちぱち、と小さく手を叩く。

「カーダルさんすごいですっ!」

「あ〜…」

 カーダルは、自分の髪を掻き揚げた。照れている、というよりかは、鬱陶しいと思っている様子だ。

「まあ、経験則的に…」

「そう、なんですか…」

 どんな経験だろうか。気になったが、ヤブヘビだろうと感づき訊かなかった。

「これで終いだといいんだけどな」

 やれやれ、と呟きながら、カーダルは鉄の扉を蹴り開けた。何を、と顔を青褪める雛㮈に、「こっちの方が安全だ」と持論を展開する。

 扉の向こうは、城の中のようだった。

「洞窟に、密林に、城内…もはやこれは、遺跡ではないような」

「今更だな」

 一歩踏み出そうとした雛㮈を、カーダルが腕で妨害して止める。

「?」

 不思議そうに見上げた雛㮈には注意を払わず、カーダルは、密林側の蔦をブチリと千切ると、扉の向こうへ放り込んだ。

 ―――ヒュンッ………トス

 雛㮈たちの前を、とても勢いのある弓が、通り過ぎた。

「へ!?」

「昔よくやられた手だ…」

「カーダルさんは、どんな幼少時代をお過ごしだったんです…?」

 下手したら、死んでいる。上手くいっても、生傷が絶えないだろう。さて、と一歩踏み出そうとすると、また止められる。蔦投入。弓矢再び。

「え、これリターンズあるんですか?」

「ある。だから、“もしかしたら”を考えるよりも先に、安全だと思うまでは、出ない」

 三回連続で蔦を投入しても大丈夫になった頃に、ようやく密林から城内へと移動した。赤い絨毯に、緑の蔦が散乱している。変な光景だ、と思いながら、辺りを見回す。

「王都のお城みたいです」

「そうだな。そうなんだろ」

 カーダルは短く答え、迷いなく歩き始めた。

「えっと、次の扉を探しますか?」

「いや、おそらくここが終着だ。あとは、アレの部屋だった場所を目指す」

「部屋?」

 隣に並んだ雛㮈を一瞥してから、カーダルは首肯した。

「五年前、アレが王宮魔法使いだった時の部屋だ」

 窓から差し込んでいた光が、一気に傾く。時が早く進んで行く。そこで雛㮈はようやく、“ここ”が“本人が構成する世界”であることを、再認識した。

 心の主が昼がいいと願えば昼に、夜がいいと願えば夜に。すぐに反転する。太陽が勢いよく沈み、夜に差し変わった頃に、早送りモードは終了した。

 夜の城はとても静かで、どことなく不気味だ。カン、カン、と二人分の靴の音が響き渡る。言葉を発していい雰囲気でもなく、雛㮈はひたすらカーダルに付き従った。

「ここだ」

 扉の隙間から、光が漏れ出ている。

「フェルディナン」

 カーダルが、扉の向こうへ声を掛ける。

「いるんだろ? 開けるぞ」

 一言断りを入れると、返事を待たずに扉に手を掛ける。もう片方の手で、剣の柄を握りながら。

 案の定というべきか、扉を開けた瞬間にヒュッと飛んできた投擲物を斬り落とし、不機嫌そうな色を浮かべた碧眼を、部屋の奥へ向ける。

「はーっはっはっは! 流石は僕様の一番弟子! そうでなくては! こうでなくては!」

 やけにテンションの高い声が、部屋の奥からやってきた。雛㮈が、ちらりと部屋を覗く。まるでアイレイスの部屋を彷彿とさせる内装だった。奥には、前髪を掻きあげながら笑う一人の男性。

 綺麗に靡く茶色の長い髪。寝ている時とは違い、後ろでくるりと巻いてある。赤紫の瞳は、現在爛々と輝いていた。王宮魔法使いの制服を纏い、高笑いする彼こそが、フェルディナンなのだろう。カーダルの冷たい視線が突き刺さっているが、気にしている様子は無い。

「一番、弟子? 弟子だったんですか?」

「アレが師匠だと?」

 ふざけるな、と言わんばかりの眼光にさらされ、思わず「ごめんなさい! 勘違いです!」と謝った。トバッチリを受けた気分だ。

「いやいや、そちらのご令嬢、勘違いなどではないよ。僕様ことフェルディナンは、カーダル君を弟子と認めているのだからね!」

「黙れ。俺が認めていないんだよ」

 何が彼の神経を逆撫でしているのか、フェルディナンが口を開くたびに、カーダルの機嫌が降下していく。

「なんだい、なんだというんだい。小さい頃はもっと素直で可愛げがあったというのに。フェルおにいたま、なぁんて言って後ろをくっついてきたじゃないか」

「…上等だ。今すぐにその口、利けないようにしてやる…」

 否定しない、ということは、真実ではあるのだろうか。そういえば、カーダルの母とも知り合いだと言っていた。ならば、幼い頃のカーダルも知っているのだろう。

 とてとてと歩く小さなカーダルを想像してみるが、上手くイメージできない。今の雛㮈の中にあるカーダルの顔が、仏頂面ばかりだからだろうか。

「傷心の僕様に向かって、その言い方は無いんじゃないかい、カーダル君!」

 嘆かわしい、いつからそんなに捻くれてしまったのか。と目元にハンカチを当てながら泣き真似をするフェルディナンに、カーダルは「傷心だ?」と冷ややかな目を向ける。

「そうだよ! 僕様会心の作品であるあの遺跡を、こんな短時間で攻略されてしまうなんて。僕様がどれだけ悲しいか! まだまだ使われていないルートもたくさんあるんだ。どうせならもう一度入り口からやってみないかい?」

「御免被る」

 にべもない返答に、そんなああああ、とフェルディナンが絶望の淵で絶叫する。

「全く、つれないね! さっきは随分と美味しい思いをしたみたいなのに…」

「なっ…」

 ピタ、とカーダルの動きが止まった。

「その点、僕様に少しくらい感謝してもいいんじゃない?」

「………お前」

 お前じゃなくてフェルお兄様がいいー、とぷくりと頬を膨らませる三十代男性を完全にスルーして、カーダルは据わった目で彼を見た。

「どこから、どこまでを、見てた?」

「ん? 大体全部だね。なにせほら、ここは僕様の世界なのだよ?」

 ケタケタと笑いながら言うフェルディナンに、それなら初めから出てきてくれればいいのに、と雛㮈は心の片隅で思う。もっとも、そんな性格であったなら、アイレイスもカーダルもここまで警戒しなかったのだろうが。

「………今すぐ、忘れろ」

 地を這うような低い声も、フェルディナンにとっては可愛らしい声に変換されるらしい。「そんな恥ずかしそうな声出さなくても〜」と能天気に笑っている。

「いや〜、それにしても、カーダル君も“大人”になったんだねえ、“大人”に。大人なんだから、舐めちゃ駄―――」

 チャキ、と。

 フェルディナンの首元スレスレのところに、鋭い剣先が在る。流石のフェルディナンも、笑いを引っ込めて両手を上げている。

「ハハ、僕様、ナニモミテナイヨー」

 保身に走ったようだった。




「なんなのだねー。ちょっとした冗談じゃないかあー。ぶーぶー」

「………………」

 チャキッ

「あ、ごめんなさい。調子乗りました、ハイ」


 カーダルさんの目は、結構真剣(マジ)です。

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