04.幽霊が出ました
雛㮈の予想は、おおよそ当たっていた。誰とも話さない生活。侍女も、あの老人も、義務的な挨拶はするが、それだけだった。三食はきっちり出て来るが、それも部屋に運ばれるので、外の様子はさっぱり分からない。
まるで、牢屋に入れられているのと同じだった。見極めよ、という王の言葉を思い出す。続いて、自分を引き受けた、冷たい顔をしたカーダルを思い浮かべ、彼は“見極める”つもりなど無いのではないか、と思った。あるいはもう、“見極めた”後なのだ。
当初はここで生活する術を学ぼうと思っていた雛㮈だったが、ここに来て、それが難しそうだということに気が付いた。しかしそうは言っても、現状を打破する方法など思い付かない。部屋から抜け出そうとしたこともあったが、外側から鍵が掛かっているらしく、扉はビクともしなかった。ならば、と窓を見たが、この部屋は三階にあるらしく、下手したら死んでしまう。死にたくは、ない。
よしんば逃げ出せたとしても、その後の計画も何も無い。見つかって、もっと酷い待遇になるのでは、と思うと、怖くて身動きができなくなった。
「はあぁ〜」
大きく溜め息を吐いた。そのまま、ぽすん、とベッドにダイブする。
「暇だ…」
『じゃあ、あそぼー!』
突然、声が響いた。慌てて上半身を起こすと、馬車で見た精霊がふよふよと浮いていた。
また幻覚? 雛㮈は戸惑ったが、しかし、一人でいるくらいなら、幻覚でも誰かと話したい、という気持ちが勝った。
「火遊びは駄目だよ」
『がーん』
しゅるるるる…、と精霊は見てすぐに分かるほど、消沈した。『ぼく、すごいのにー』と言っているところを見ると、どうやら力を誇示したかったらしい。大人が優劣を付けるためにやる類のものではなく、子供が親に自慢したくて行うソレだった。
『じゃあ何してあそぶー?』
「私は…勉強がしたいなあ」
『べんきょー?』
「うん、この世界で生きるための常識。精霊さんは知ってる?」
いつの間にか数が増えていた彼らは、顔を見合わせると、口を揃えて言った。
『わかんなーい』
大体、予想はついていた。それでも、がっくりと項垂れる。誰も自分の話なんて聞いてくれない中の、唯一の光。…もしかしたら、自分が作り出した幻覚かもしれないけれど。それでも、縋れるなら縋りたかった。雛㮈は、自分がひどく疲れていることを自覚した。
『べんきょー、ってヒトのべんきょーかなあ?』
一匹(単位はこれであっているだろうか)が、身体を傾けた。人間でいうところの、首を傾げた、という状態だろうか。なにせ彼ら、丸いから、首が無いのだ。
『そうかもー?』
他の個体が、同意する。会話できているということは、個性があるのだろうか。やはり、わからない。話はどんどん進んでいく。
『じゃあ“あの子”がいいんじゃない?』
『“あの子”かー』
『んー、いいんじゃない?』
『でも“あの子”はどこ?』
『さがす?』
『さがそうか?』
『さがそー』
ぽぽぽぽん、と精霊たちが一斉に消えた。雛㮈は呆気に取られた。
さがす、と言っていた。あの子をさがす、と。…あの子って誰だろう。自分の知らないことを知っているらしい彼ら。
本当に、自分の幻覚なのだろうか。
―――幻覚じゃなければいい、と祈った。
そうでなければ、雛㮈はいずれ壊れてしまいそうだったから。
精霊と再会してから、数日が経った。雛㮈の生活は、当然のように変わってはいない。窓から外を眺めるだけの生活。食事が少ないため太ることはないが、筋肉が衰えている気がする。雛㮈は室内でできる簡単な運動を始めた。とはいえ、ドレスだ。汚すわけにはいかないし、汗を掻くと痒くなる上、着替えは無い。そう大したことはできなかった。本当に気休めレベルだ。
せめて、外を歩きたい。そう思った。
窓枠に顎を乗せ、身体を弛緩させる。
後ろで、ぽん、と音がした。精霊だ、と思う。
『連れてきたー』
誰を、と問い掛けようと振り返り、固まる。そこには確かに、精霊以外がいた。十歳くらいの、可憐な少女。全体的に色素が薄い。
というか。
透けている。
弁明するが、怖かったわけではない。ただただ、驚いたのだ。
「きゃああああああああああっ!!!」
耳をつんざくような悲鳴が、屋敷を震わせた。